第154話「松下巧介」
8回表、ノーアウト1.2塁。クロ高は再三のチャンスを作っていた。打席には3番の田中。カウントは1ストライクノーボール。次に投げられたのは、高めのストレート。
(ぐっ!)
強くバットを振るが、完全に振り遅れた空振りになる田中。冷や汗をにじませる。
(や、やべえ……)
(もう、もらったよな)
松下が投げた三球目、低めに外れたシンカー。インローに落ちてくる球で、少し遅く、タイミングが合ったと思って振ってしまう田中――外れたボール球がバットに当たるわけも無く、しっかりとワンバウンドで捕球した村松に背中をタッチされ、三振に倒れた。
「よし……」
帽子をかぶりなおす松下。投球の勢いでずれているのだ。
(さっきまでは帽子をあんなにいじらなかったのに……松下の野郎、本気で何か掴みやがったか?)
センターの中島が訝しそうに外野から眺めている――打席にいる大滝も同じだった。
(田中さんがなすすべなくと言った感じの三振……俺はどうする?)
先ほどホームランを打っている男。バッテリーが警戒しないわけがない。初球、様子見で高めに外した球を要求する村松。しかし、あまりのストレートのノビに、空振りする大滝。
(結果オーライ……さっきの3番の三振が効いてるッ!)
(最低限仕事しねえと……)
大滝はバントの構えをする――しかし、当たらない。
(バントすら……させてもらえないのか?)
一気に不安に叩き落される大滝――そのままインコースのストレートに手が出ず、見逃し三振となる。
「このまま三者連続三振は、流れを与えちゃうよね」
打席に向かう山口。対するバッテリーは、クリーンナップの二者連続三振を受けて、自信ありげな様子だ。
(このまま流れもらっちゃいましょう)
初球のストレート。インコースに入ってくる速球は見逃す山口。
(こんなの振ったら、当たったとしても前飛ばないでしょ)
松下が投げる二球目、次は高めに浮いた球。見逃してボール。
(全く……僕は一か所狙い撃ちだってのに……)
そして投げられた三球目――インコースにシンカー。これはカットしてファウルになる。
(全く……厄介だよ……タイミングがようやくあってきたってところでさあ)
追い込まれながら、投げられたアウトコースに外れたストレート。これも150km/hを裕に越えた速球である――
(外!? 狙いッ)
ベースに向かって大きく踏み込む山口。鋭くバットを振りぬく。
(力のある重い球は――逆らわない)
ライト方向に打球を流す。弱い打球だが、しっかりとライト前に打球が落ちる。
(逸らさないッ!)
ライト原はしっかりと捕球し、今宮の本塁帰還を阻止した。
「ナイスバッティング!!」
「すげえなあ山口さん」
満塁の状況を作り出した山口。しかし、松下は全く動じていない。
(次で抑えな、どっちにしろ負けるねん)
続く伊奈が打席に立つも、ストレートの力押しに負け、三振に倒れる――
「っしゃおらぁ!!」
ヒットを許してもなお、ピンチをしのぐ松下。取ったアウトは3つすべて三振によるものである。
「なぁんか……ヤバいやつ調子に乗せてしまった感じするなあ」
今宮がベンチでグローブを手にしながら呟く。それを聞いていた金条。
「打線も乗ってくるかもしれないっすね。様子を見ながら慎重に行こうと思います。……行くぞコドー」
「あったりめえよ」
古堂はすっかりと準備ができている。速球派右腕鷹戸の次であるが故、タイミングをずらして慎重に攻めていくことをたくらむ金条。
(先頭打者は塚岸――普段はやる気ないけど、やる気あるときはヤバいからなあ……アウトコースで様子見かな)
アウトコースに構える金条。構えたところに投げる古堂。ミットが鳴り響く。
「ストライクッ!」
(ほぉ……思ったよりいい球やん?)
腰を少し低くし、バットを構え直す塚岸。
(やる気スイッチ俺のはどこにあるんだろ~?)
続いて投げられたのは、インコースに切り込んでくるシュート。手が出ない塚岸。
「ストライクッ!」
(ガンガン攻めるじゃん)
塚岸の思っていることに対し、金条も同感であった。
(古堂の野郎、慎重さが欠けるなあ……もう少し低めに投げてほしいぜ)
(松下サンのあんな球見て……抑える方が無理だぜ!)
そんな古堂の様子に、さすがに呆れた金条。諦めて投げさせたインコースのストレート。
(アツい球じゃねえかッ!!)
塚岸は引っ張り込んで打ち返す。ライト方向に深く打球が飛ぶ。
「んなッ!?」
全員がライトスタンド側を見る――フェンスに強く跳ね、ラインぎりぎりに打球が転がる。
「フェア!」
「クソッ!!」
ライト小林が拾うも、塚岸は二つを回っている。
(暴走してんじゃねえかッ! 肩なめんな!!)
小林の鋭い送球――滑りこむ塚岸。ショート田中がカットで受け取る。
「ふん、スリーベースヒットってやつ?」
「んなッ……」
三塁ベース上から古堂を見る塚岸。
(暗黒世代……着実にどこの高校も強いのが育ってやがる……)
そして、松下がスクイズを試みる。
(仕掛けてきたッ!!)
バント処理に走る古堂。転がる打球は伊奈の方へ。
「俺がいくっ!」
伊奈は打球を拾って金条に投げるが、塚岸が上手く滑り込んでセーフになる。
(ふぅ……ま、松下サンの為にも点返したらなな)
(次ッ!)
しっかりとファーストのベースカバーに走っていた古堂。そこへ投げる金条。バッターランナーの松下は何とかアウトにし、1点を取られるも1アウトを取る。
「っしゃおらああ!!」
塚岸はベンチに戻ってきてハイタッチを交わす。岡田が塚岸の頭を掴む。
「良いんじゃね。あのスリーベース。俺は泥臭くて好きよ」
「俺もじゃ」
「俺もやな」
浦部と中島も続く。
三年生の先輩たちに褒められ、少し得意げになる塚岸。そんな彼に一言物申す村松。
「やる気出すの遅すぎでしょ。何回凡退してんのそれで」
「るせーなぁ。俺はこれでいいの」
この塚岸の態度には、さすがの尾月監督も頭を抱えている様子だった。
しかし、対するクロ高。金条が一応タイムを取ってはいるものの、全く動じていない。
「大丈夫だコドー。持ち味活かしていけ」
「一点勝ってるんじゃねえの? まだ」
「いや、追いつかれてる」
「最終回で勝ち越せばいいっしょ」
「そうですね。コドーの仕事はここをぴしゃりと抑えること」
「そうだな」
内野全員が守備に戻る。
「さあ、おしてこーぜコドー!!」
「うおっしゃあー!!」
田中の声に叫んで返す古堂。武月が打席に立つ――が、ボールがバットに当たらない。
(あれ、コイツの球、軌道変!?)
古堂のスローカーブも駆使し、武月を三振に取る。そして、続く8番原もアウトにし、8回を終えるクロ高。
9回、尾月監督が腰を上げる。背番号11の男、東山に話しかけようとしていたところだった。
「東山、準備はできていr――」
バシンとキャッチャーミットが鳴り響く音。
「いや、いい」
立ち上がろうとしていた東山を下げ、尾月監督は腰を落とした。
(まあいい。負け試合でもこいつらなら何か掴んでくるだろう)
先頭打者は金条。
(速い球には見慣れている――凡退してばっかじゃいられない)
バットを短く持ち、とにかくカットしていく。2ストライク2ボールと追い込まれる。
(いいぞ……カット打法効いてるッ!!)
(んじゃ、松下さん、ここで)
村松のサインにうなずき、松下はインハイにストレートを投げた。
「うっ!」
思わず顔を遠ざけた金条。ギリギリに入ったボールに、バットの端が当たる。
「おっ、打ちあがった」
村松は落ちついて浅いフライをキャッチし、金条をアウトにする。
(下位打線はそこまでっス、落ち着いていけば俄然打ち取れるっすね)
続いて打席に立つのは、佐々木隆――本日ノーヒットの男である。
(速い球は得意……ってわけじゃあないんだけど、そりゃ曲がる球よりは曲がらない球の方が打ちやすいってだけで……)
そんな初球。ストレートがアウトコースに入ってくる。ストライクになる。
(うげっ……はええ……)
完全に自信を無くす彼に、先ほどの山口の打席が勝手に脳内に降りてきた。
(ああ……そういえば……あの人、打ち返すとき、バット引っ張り込んでなかったような……)
バットを構え直す佐々木。ここで松下は間を取る。
(こいつ……ちょっと面構え変わりやがったか?)
途端に雰囲気の変わった彼に対し、松下はインコースにストレートを投げた――




