第138話「傲慢」
(そろそろスローカーブ使っていこうか。通用する内はガンガン使っていこう。後ろには新田さんが控えてるし、思いっきり。全力で飛ばしてけ!)
金条はインコースにストレートを要求する。しかし、岸田は初球から振っていく。
「ストライークッ!」
(予想以上に伸びたか)
続くアウトコースのカットボールもカットし、早くも追い込まれる岸田。そして、古堂も追い込んでいた。
(……ここで、低めにスローカーブ。タイミングが取れずに空振り三振――)
金条のリード通りの箇所に投げ込む古堂。しかし、岸田はタイミングをギリギリで合わせてカットする。
(あ、あぶねえ……ここであのカーブ使ってきたか)
岸田はもう一度素振りをし直し、崩れたスイングをもとに戻す。次のストレート――これをセンター返しで綺麗に打ち返す。
「っし!」
センター山口は逸らさない。それでもヒット。先頭打者が出塁した。
(くそ……上手く合わされたな。カーブを見せ球にしたのが良くなかったか? んで、次が鷲尾――コドー、しんどいと思うけど、頼むぞ!)
金条のサインにうなずく古堂。
「だりゃッ!」
初球厳しいストレート。内角ギリギリの球。見逃す――ボールだ。
「くっ!」
(いい球だな……追い込まれていたらやばかったな)
そして二球目、シュートがアウトコースに決まってストライク。
(古堂……変化球までしっかりとコントロールしようという気概がみられる。良いピッチャーだ)
そして、外角にストレートを投げ込む。
(だが俺には遠く及ばないッ!)
あっという間に鋭い打球が外野へ。小林の頭を超えていく流し打ち――
(広角打法かよ……!)
(引っ張りも流しも強打――厄介な野郎だ)
岸田は三塁を蹴って一気にホームを狙う。小林が送球する先は、二塁ベース。しかし、鷲尾はスライディングして滑り込み、セーフになる。
「先制タイムリー!!」
「ナイス鷲尾!!」
龍宮高校は盛り上がる。しかし、当の鷲尾自身は、当たり前と言わんばかりに澄ました顔をしている。
(……ふん、これが四番だ。苦手なコース、苦手な球種が存在しないという強み。これを活かしてこその“強打者”なんだよ)
(すげえ、鷲尾ってやつ……単純なパワーヒッターってよりも、巧さも兼ね備えてやがる)
古堂は、心のどこかで鷲尾を尊敬しながら、次の鉛野を浅いライトフライに、遠藤と石島を三振に倒し、4回を一失点で終えた。
「後がさすがだ、コドー」
「お前はそれでいい。及第点及第点」
田中と今宮が寄ってきて古堂を励ます。
「俺は全然大丈夫っす。点取られた分は申し訳ないっすけど、後は俺にはどうしようもないんでお願いします」
「(開き直ってるな……いいことだけど)任せろ」
田中は胸を張って打席へと向かう。
(ふん、所詮俺の前で扇風機してろ)
鷲尾は初球からスプリットを投げ込む。低めに行く球を見逃す田中。
(うお……手出るかと思った……)
何とか踏みとどまる田中――しかし、次の高めの釣り玉を振ってしまい、1ストライク。
(えげつなくノビやがる……これでスラとカーブもあるって考えたら、やっぱ暗黒世代とは思えねえ化け物だな)
田中は心の中で、鷲尾というピッチャーを高く評価する。しかし、鷲尾は田中を強く睨みつけている。
(さっきの打席で打ったからって、調子に乗るんじゃねえ!)
スライダーが打ちに切り込んでくる。田中は振るが当たらない。
「ストライークッ!」
(なんつー!!)
そして、4球目、カーブで田中を三振に取る。
「っしゃあーッ!!(暗黒世代舐めんなッ!!)」
鷲尾の咆哮を聞き、大滝は武者震いを一つ。
(すげえピッチャーだよ。バッターとしても優秀とか……ずるいって)
「変化球、スプリットは鷹戸ほどじゃねえけど、思ったより切れるぞ」
「……はい!」
打つイメージを脳内で作り上げる――福富の白銀世代、高月広嗣の球速と球威、そしてクロ高のジャイロボーラー、鷹戸のジャイロボールの回転を頭の中で描く。
(変化球は……カーブとスライダーは江戸川さんのがちょうどいい仮想相手だな。スプリットは鷹戸――)
頭の中で、これまで戦った投手を仮想相手としてイメージを膨らませると、ますます鷲尾の化け物具合を思い知る。
(実力はほぼ白銀世代じゃねえか)
初球のスライダーを空振りして大滝は気づき、二球目のジャイロボールも空振りする。
(当たらねえ……)
「所詮、クロ高の4番なんて、その程度だ」
(……傲慢だな)
鷲尾の小言が聞こえていた大滝は、真ん中高めにきたストレートを狙いに行く。しかし――タイミングが合わず、振り遅れて空振り三振した。
「――ッ!!」
言葉にできない悔しさを、黒土の上にバットをたたきつけることでぶつける。
(……完全になめてやがった……! クッソ!)
続く山口も凡退し、1点差を追う状況のまま、5回になった。
しかし、クロ高のピッチャー、古堂はそんな彼らの間にある因縁も知らず、いつも通りのピッチングで下位打線と黒田を封じ込める。
「ナイスピ古堂!」
「いつも通りじゃねえか!!」
絶好調の古堂にチームも乗りたいところだが、鷲尾の投球の前になかなかヒットが出ず、伊奈がレフト前にポテンヒットした以外は、凡退に終わっていた。
「コドーくん、絶好調ですね」
記録員を務めていた小泉が絹田監督に尋ねる。
「ああ、いつも通りができるって言うのは、凄いことだな」
絹田監督も、古堂の投球を褒めてはいたが、逆に、鷲尾という投手の脅威と、それを攻略しあぐねている打撃陣に不安が少々あった。
(にしても……鷲尾理知……幸村監督はよくこんな選手を見つけてきたものだ)
「さすがね鷲尾くん……。伊達にエースで四番にしないと推薦受け入れません、と私に啖呵切っただけのことはあるわ……」
「えっ、鷲尾くんってそんなこと言ってたんですか?」
龍宮高校ベンチは、女子二人が鷲尾の話で盛り上がっていた。
「当たり前じゃない。あの横暴で傲慢な性格……きっとものすごい才能を持っているに違いないと思った。思った通りだったわ。まるで、暗黒の中から、綺麗に光るダイヤの原石でも見つけたかのような気分だった――」
(幸村監督って、たまにポエミーなんよなあ)
6回に入り、先頭打者の関が三振に倒れる龍宮高校。岸田が打席に立つと、龍宮高校も自然と声が出る。
「鳴! 行けッ!」
「もう一点入れてやろうぜ!!」
プレイでチームを引っ張るキャプテンに、驕りはない。ゆえにストイックにバットを振り続けてきた。その成果を見せるときだった。古堂も、ストイックに投げ続けてきた成果を見せる時だった。
(打ち取る!)
(打つッ!)
カットボールに合わせて打ち返す岸田。しかし、今宮が跳ね際――の前に、落下地点にグラブを滑り込ませ、キャッチする。
「あ、アウト!!」
審判も一瞬ためらうほどの好プレイに、クロ高は沸き上がった。
「ナイスキャプテン!!」
「さすがだぜ今宮ぁ!」
「惜しいですね岸田さん」
「お前がそういうこと言うの、初めて聞いたわ」
岸田が笑ってみる先には、鷲尾が立っている。
「一応、岸田さんのおかげで自由にバッティングさせてもらえているところはあるので」
「……ふん、古堂はそうそう簡単に自由にやらせちゃくれないぞ」
「十分わかってます」
打席に立つ鷲尾。古堂は彼をしっかりと見ている。
(俺の全力をぶつけたくなる――暗黒世代で、バッティングもピッチングも上手い人なんか、なかなか見れないからね……)
古堂がむき出しにしたライバル心に、金条も応える。インハイのカットボールを要求。打ち上げる鷲尾。しかし、レフト方向のファウルスタンドに入っていく。
「……タイミングずらしてきたか」
そして、次の投球――ストレートが低めにばっちりと決まってストライク。追い込む古堂。
「よしッ……」
しかし、追い込んだ気すら漂わせない打者の風格――驕りがあるが故の余裕――そんな彼の威圧感に、思わず金条も逃げのリードを取りたくなるが、古堂に首を横に振られる。
(ガンガン勝負ってか……? 全く、打たれても知らねえぞ)
金条は折れ、古堂の思うがまま、インコースのストレートを要求した。古堂は全力で、白球を鷲尾の胸元に投げ込んだ――




