第129話「遠征開始」
荷物の準備を終え、バスに乗り込むのは、クロ高の野球部の選手たち。GWを返上して、大阪に遠征に向かう。
「……わくわくしてきたぁ……! 大阪ァ!!」
「楽しみだな」
古堂と林里は盛り上がっている。横で伊奈は、携帯電話を触りながら呟く。
「でも……遊びに行くわけじゃねえだろ。練習試合の相手はどこも強豪ばっかだし……俺たちだって1軍の立場危ういんじゃねえの?」
「伊奈は硬いことばっか言うんじゃねーよ。たこ焼きかお好み焼きどっち食おうかな~」
「おいおい、三馬鹿よ、何に盛り上がってんだ?」
田中遊が奥の方に座り込んだ。
「遊さんはたこ焼きかお好み焼きどっち派ですか?」
林里は嬉々として質問している。
「……さてと。今回の遠征は5日間、毎日練習試合。初日は開盟学園、二日目は知廉和歌山、三日目は龍宮高校、四日目は知廉学園、最終日に……大阪桐陽高校……」
今宮は新田の隣に座った。
「……まるで夏の予選みたいなハードスケジュールだな。俺のスタミナ練習には持ってこいだ」
嬉しそうにしている新田。しかし、少し汗を掻いているのを見て、今宮は疑念を抱いた。
(無理してるのか……?)
後ろから山口と小林が顔を出す。
「多分、新田一人には投げさせないよ。いくら何でもしんどすぎ」
「鷹戸や古堂、伊東にも投げさせると思う。一人9回は少なくとも投げさせる、って絹田監督が言ってたぜ」
「……面白そうだな」
新田はにやりと笑った。
「とりあえず、お前は多分、大本命の桐陽にぶつけるだろ。知廉や龍宮のリリーフも考え解いた方がいいかもな」
「僕らバッティングの課題も見つかりそうだね」
今宮と山口は、息を呑む。こうしている間にも、バスは大阪へと近づいていく。
「松下サン。今日調子悪いスか?」
「なんでや、村松」
桐陽高校の松下と村松バッテリーが投球練習をしながら話していた。
「いや、クロ高と戦ったこと無いやろ。せやから緊張してるだけや」
「そういうことスか。なら安心ス」
「松下サンって、何をそんなに緊張するンスかね」
サードの塚岸球平は、ぼんやりとしながらティーバッティングをしている。
「んなもん巧介に聞いてみなわからんじゃろ」
広島弁のこの男はショートの白銀世代、浦部丈一。隣の白銀世代のセンター、中島勇吾は無言でうなずく。
「でも、この時期に開盟と試合して大丈夫なんやろか……県予選前に巧介の球見せたくないやろ……」
中島の心配をよそに、松下は今日もストレートを走らせる。
「はは、153km/h。投球練習で出すスピードじゃないでしょ」
スピードガンの数値を見ながら、村松は苦笑いした。
「はあ……クロ高だけやなく、開盟に知廉、龍宮までくるって聞いたら意外としんどいわ……」
(だから緊張してる人の球じゃないでスやん)
松下の不安をよそに、今日の練習試合をする高校6校が出揃おうとしていた。
「どーも、知廉学園の堤俊也です」
「知廉和歌山高校のキャプテン、和賀頼二や」
「龍宮高校の岸田鳴です……よろしくおねがいします」
「大阪桐陽高校の松下巧介です……」
「黒光高校キャプテン、今宮陽兵です」
「開盟学園高校キャプテン、野淵藍平です」
6校の主将が一同に会して挨拶をしている頃、クロ高の絹田監督の元に、1人の若い男が寄ってきた。
「絹田監督! お久しぶりです!!」
「井達。元気そうじゃないか」
彼こそ、絹田監督の元教え子で、黒光高校OBの、井達誠二。かつて6.7年ほど前に黒光高校が甲子園に出たときのキャプテンであった男だ。
「うちの後輩たちの活躍、耳にしました。昨年の夏は凄かったですね」
「去年は去年だ。今年は今年で苦労しているよ」
「……いや、監督のことですから、きっと強いチームを作り上げているんじゃないですか?今日は胸を借りるつもりで挑ませていただきます」
「何を言うか……お前は激戦区の大阪2位のチームを作り上げた男だろう」
「……飛んでもありません。ウチは選手が凄いだけです」
井達監督が頭を下げ、へこへこしている間にも、開盟学園の選手たちはぞろぞろと集まっていた。
「監督があんなに頭下げてんの初めて見たぜ」
「黒光の監督ってそんなにすげえ人なん?」
「イタチの選手だったころの監督やろ? やったらやべえやん」
「なるほどな……」
そんな中、1人黙って少し列の後ろを歩く男。
「烏丸くん!! ちゃんと列についてきなさいよ!!」
マネージャーに呼びかけられ、俯いていた顔を上げる。
「集中してるンス。呼び止めんといてください」
「……はあ、何やってんねん……。キャプテン黙っとらんで」
「……それならキャプテンに伝えといてください、俺からまともに打ってから言えって」
「……はあ……まったくもう……」
彼の名前は、烏丸智雅。暗黒世代の投手で、本日の先発である。
「自信家なんはいいけど……もうちょいチームの輪大切にしてほしーわ」
「智雅にそんな高度な技無理ですって」
マネージャーの不見城佳蓮が呆れているのを、隣を歩く大柄な男が宥めていた。
「あんな……烏丸くんも根津くんもわかってへんのやろうけど、野淵キャプテン怒ったら怖いねんで?」
「ノブさんに限ってそれは無いです。だってまず怒らないじゃないですか」
根津くんこと、根津光明は高笑いした。もやもやする不見城は首をぷいっと傾けて早歩きになった。
そして、初日――開盟学園VS黒光高校の練習試合がある。今宮や絹田監督が挨拶を終え、クロ高の面々が集まるグラウンドに戻ってきていた。
「ミーティング及び、対策会議を始める」
絹田監督の言葉に、全員がぞろぞろと集まる。
「まず、1番ショート、野淵藍平。キャプテンで長打も狙うリードオフマン。ウチのショートの田中と同じような選手だ。守備力も高い」
「……またイケメンショートかよ。うぜえ」
田中が悪態をつく。
「打って走る、おまけに守れる……厄介な選手ですね」
今宮の言葉に全員がうなずく。
「次、2番センター、臼井昇。俊足で小技をしっかり決める実力と渋さがあるバッターだな。俊足を生かした守備範囲の広さにも警戒すべきだろう」
「……足の速いセンターって本当に羨ましいよ」
山口は目を細めて笑った。
「ヒッティングでも要所では打つバッター。内野の間を確実に抜くミート打法で来ると思うよ」
彼のアドバイスに、全員がうなずく。
「3番キャッチャー、根津光明。強肩強打のキャッチャー。ピックオフはガンガンしてくるから気をつけろ。引っ張り方向に強い左バッターだ」
「……リードはその分、正直です。塁に出てから、が厄介ですね」
金条は眼鏡をかけなおしながら言った。同学年のキャッチャーに、少し対抗心を抱いている。
「……左の引っ張りってことは……ライト方向、俺の方に強いのが飛んでくるんだな」
小林は顎をさすりながら警戒している。
「4番ファースト、多田常興。パワーヒッターというよりは、短打量産のアベレージヒッターって感じだな。でも、長打は“狙わない”だけだ。気を付けろ」
「白銀世代ですね……。野淵さんや臼井さんを出塁させた後に回したくはないバッターです」
伊奈は冷静に分析しているようだった。
「5番レフト、笹田恭平。とにかく粘るバッターで、当たれば鋭い打球をライナー性で飛ばしてくる。多田の後ってこともあるから、十分に気を付けろ」
「……肩や守備に関しては、そこまで警戒すべき選手じゃないと見ました。でも、バッティングはかなり凄そうですね」
佐々木は自分に持っていないものを憧れるかのように言った。
「6番ピッチャー、烏丸智雅。バッターとしては癖のないアベレージヒッターと言った感じだが、こいつのアンダースローはかなり厄介だ。ひざ下ぐらいから胸元まで、浮き上がる球筋のストレート――球速は120km/hと半端に遅い分、引っかけやすいし気をつけなきゃな。シンカー、スライダー、スラーブを巧みに使ってくる軟投派でもある」
「変化球やらしいですね。アンダースローっていうのも一癖あって……」
「暗黒世代だけど、間違いなくポテンシャルは高い……気を付けましょう」
新田や伊東が全員に言う。
「7番サード、都築忠治。一発があるバッターだな」
「とにかく大振りですね。変化球振らせても面白いですが、事故には気を付けないと」
大滝が言う。投手陣、金条も頷く。
「8番セカンド、白波永嗣。多分守備力を買われてスタメン入りしているな。ただ、とにかくこいつのポジショニングは大胆だ。気を付けろ」
「……白銀世代ではないみたいだな……。こんなにうまいのに……」
今宮が小声でつぶやく。それを聞いた林里は息を呑んだ。
(今宮さんが上手いっていうって相当だよな……)
「9番ライト、足立和樹。足の速い9番打者だな。とにかく塁上に出たらかき乱してくる。気を付けろ」
「送球もなかなかいいですし、ポジショニングも上手いです。あとは粘って塁に出るっていう意識が高い良いバッターですね」
小林は足立を高く評価していた。
「投手、捕手が暗黒世代……。大阪2位がすげえな」
「……それぐらい暗黒世代が無視できない存在になってきたってことじゃん?」
田中の言葉に山口が応える。
「白銀世代に数えられているのは野淵と多田だけだが、他の選手も地力があって強いチームだ。絶対に負けないぞ」
「おう!!」
今宮の言葉に、チーム全員が鼓舞された。
「練習試合の一日目ということもあって、ここでの結果が明日以降に繋がる。というわけで、先発は鷹戸。リリーフは伊東メインに行く」
「……はい」「はい!!」
鷹戸と伊東が返事をした。
(相手のエース烏丸のストレートに比べたら、鷹戸や伊東さんの球は20km/h以上速い。タイミングは合わせづらいだろうな)
古堂は絹田監督の采配に納得している様子だった――が、拳をぎゅっと締めていた。
(今日は投げられないのか……)
大阪GW遠征、練習試合一日目。開盟学園VS黒光高校、開幕――




