第128話「投手の闘志」
「新田……最近頑張りすぎじゃねえか? 投げ込みたいって気持ちはわかるけど……」
相も変わらず居残り練習をする新田に、今宮からの言葉があった。
「ふう……何が良いたいの?」
相変わらずの涼しい顔で、新田は今宮の方を向いた。
「……まさか……監督からの差し金とか言わないよね?」
「(あれ……新田ってこんなに鋭いやつだっけ?)そんなこたねえよ。俺はチームメイトが心配なだけさ。ましてや、チームを背負うエースが無理してるかもしれないなんて思ったらさ……」
この今宮の言葉に嘘はない。
「……でも、正直不安でしょ。今のままじゃ。打たれ弱い俺ができる最大の強化って……打たれない球を投げ続けることだと思うんだ」
そして、新田の言葉も嘘ではない、と今宮は感じた。
「……そのためにもスタミナは必要。だから投げ込んでるってか?」
「そう。今から無理しないと、夏には間に合わない」
「ケガでもしたらどーすんだ」
「……しないよ。するつもりなんて毛頭ない」
「そんなこと言ったってするときはするだろうが」
「うるさい」
「……!」
新田が我を強く押しだしたのを目の当たりにして、今宮は思わず仰け反った。
「……こんな程度がケガする練習っていうなら、俺はとっくに肩も肘も壊してる……」
今の新田の言葉には、さすがの今宮も返す言葉が無かった。
(いや、違う……監督はきっと……練習じゃなくて、今のこの精神状態を危ういと感じてるんだ。エースとしての重責が、ピッチャーとしての優秀さが、メンタルの未熟さが……現在のこいつを作ってるんだ)
新田は今宮の目を一瞥すると、振り返り、また投げ込み練習を再開する。今宮はその背中を見ながら言葉を探す。
「切り替えたくなったら言えよ。OFFの打診くらいなら監督にいくらでもしてやるからな」
「さんきゅ」
「ま、今度テニス部の新井ちゃん紹介してくれよ。飯いこーぜ」
「……別に彼女でも何でもないんだけど……」
新田の顔が綻んだところで、今宮も同じ顔をし、別れを告げた。
――今宮が帰ったところで、新田は顔を歪ませた。
(今立ち止まるわけにはいかないんだ……肩も肘も痛くないから……きっと球は投げられるはずなんだ)
彼の自主練習は、夜まで続いていた。
「ナイスボール! やっぱり、良い球を投げようとすると、浮いちゃうよね」
「うーん、球速は?」
「141だな。速い速い」
古堂と金条は、室内練習場でずっとコントロール練習をしていた。
「まあ、だいたい高めは140オーバー。低めは130後半を安定して出せてるから問題はない。あとは、アウトコースとインコース。コドーはここの投げ分けについてはかなり上手い方だと思うから、変化球だね」
「変化球のコントロールには自信がある方なんだけどなあ」
「まあね……コドーは肩肘柔らかいから、リリースポイントを無理せずに安定させられる。そこが強みだね」
投げ込むのはスローカーブ。左打者のインコースを想定した球。金条は思わずうなる。
(左バッターはまずこれに初見で手をだすのは無理。右バッターにはクロスファイヤーとシュートを巧みに使って十分戦える。鷹戸が不調の今、コドーがここまで成長したのは嬉しい誤算だ)
もちろん、鷹戸も黙っていなかった。
「ぐっ……いってー!!」
「……無理はするなよ、返田」
近所の公園の街灯の下で、返田は鷹戸の球を捕っている。
(鷹戸から捕ってくれ、って誘われるなんて思ってなかったけど、どうしてこんなところで……)
鷹戸が投げたもう一球。沈むジャイロボール。球威は相変わらず。キャッチャーミットを着けていても手が痛い。
「ナイスボール……」
(返田は良く俺の球を捕ってくれるよな……まあ金条は元々慣れてたらしいから驚かなかったけど、コイツの場合中学時代レギュラーだったわけでもないのに殊勝なもんだ)
鷹戸は思い返している。閑谷の「ポップジャイロを封印しろ」という言葉を。
(白銀世代のバッターになってくると、上からしっかりとバットを出したうえで振るから、浮き上がるような球でもしっかり合わせられるんだとか……。んで、ノビる分球威が落ちるから飛ぶ――。レイモンドさんには、確かにそれで長打を打たれた)
今度はツーシームを低めに投げ込む。
「低めばっかりでいいのか?」
「ああ」
返田の言葉にも、無愛想に返す鷹戸。
「アウトローが理想だが……そこまで隅に投げるだけのコントロールが無いからな。今は低め意識で十分だ」
「なるほど……」
「伊東、また走り込みに行くのか?」
トレーニングルームでバットを素振りしていた芝が、軽装している伊東を見つけ、話しかけた。
「まあな……。新田のスタミナ不足、鷹戸はいつ荒れるかわからん、古堂だって撃ち込まれる可能性がある。そう考えたら、俺がいつでも投げれるようコンディションを整えなくてはならない。そのためにはまず基礎体力。いかなる状態でも万全でいられるよう、体力をつけなければならない」
「晩飯までには帰って来いよ」
「わかったァ!!」
走ってトレーニングルームを出て行く伊東を、芝は目で追っている。
(無理はするなよ……ここでピッチャー故障は、俺たち野手の士気にも関わる……)
後日、監督から遠征の打診があり、全員が集まった。
「遠征先は大阪。練習試合の相手は、大阪桐陽高校を含めた5校。大阪桐陽高校、開盟学園、京都の龍宮高校、奈良の知廉学園、和歌山の知廉和歌山高校」
監督の言葉に、全員が驚いた。
「よく呼んでもらえましたね……(強豪ばっかじゃねえか……甲子園でも結構勝ち上がるやつらばっかり……)」
「何でも、龍宮高校の監督が、新田に非常に興味を抱いたらしくてな……。気を付けろよ」
「あ、あの……どういう意味ですか?」
絹田監督は、新田の言葉に咳払いを一つする。
「まあ、深い意味はない。あとは、昨年の夏、秋大会、ともに大阪の準優勝校の開盟学園の監督が、甲子園に出ていたころのクロ高のOBだ、ってだけだ」
「な、なるほど……」
「俺の教え子でもある」
(す、すげえ……)
「……監督、ちょっと鼻高いんじゃね?」
「……自慢入ったよな?」
林里と古堂がひそひそしている。
「まあ、何より、昨年甲子園に出たのが一番の理由だろう。鉄日――黒鉄から点を取れる数少ないチームだとも言われた。お前たちのことは、そういうチームだと思って掛かってくる、という意識を忘れないように」
「はい!!」
「……はああああああああああああああああああああああああああああああああ。新田くん素敵ッ! 素敵ッ! ヤバいッ!!!」
「幸村監督……いい加減黙ってもらっていいスか」
幸村監督こと、幸村小陽という女監督が率いる異色の高校が、京都にあった。キャプテンの岸田鳴の言葉に、幸村監督は咳払いを一つした。
「もー。鳴くんは嫉妬しなくていいの」
「黙ってください」
若干24歳で強豪校の監督を務めるこの女性は、今年から龍宮高校野球部の顧問及び監督を務める体育教師。女子野球の経験者で、無類の投手マニアであった。
「……だって、新田くんってこんなにイケメンなんだよ!!? それでエース。凄い、マンガみたい!! 彼を見つけてきてくれた理知くんには感謝しないとねえ」
理知くんこと、鷲尾理知は、幸村監督の視線に身震いした。
(ったく……落ち着きのないアマ監督が……)
彼の向ける冷たい視線も、幸村監督には逆効果である。
「はぁ……理知くんの冷たい視線もなかなかGOOD……」
「やっぱ、ウチの監督ってかなり変態ですよね」
「So Crazyだよ」
黒田有征、鉛野=リチャード=太陽も同じようにうなずく。
「まあ、そのおかげでクロ高と練習試合ができるようになったと思えばプラスじゃないか? なあ鷲尾」
キャプテンの言葉に、鷲尾は頷く。
「白銀狩りに頑張った甲斐があったね」
「だな」
鷲尾は、陰ながら闘志を燃やしていた。
(新田静……絶対に投げ勝つ。そしてカッ飛ばす。そして、田中遊……俺からツーベースを打った男――こいつも捻り潰す。俺が最強だッ……)
並々ならぬ熱意を感じ、岸田は思わず苦笑いした。胃が痛む思いである。
GW大阪遠征まで、残り3日――




