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異空転記~異なる空の下へ~  作者: 鵬 龍稀
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第一章 第一話 兄2人の決意と弟妹の心配事

第一章:誕生は慶びと困惑と共に


どのくらいの文字数で投稿すれば良いのか……。

試行錯誤状態です。


少し兄弟で甘えてます。

 豪奢な繭に包まれた大きな卵の前、険しい表情の青年が一人立っていた。

 卵の大きさは子供であれば簡単に入ってしまえる程。五年の歳月を掛け、ゆっくりと成長していったものだ。

 癖が強い短めの真紅の髪に指先を突っ込み、溜息を堪えるのはルクルケツァクル・シュラ・グラディニア。グラディニア帝国皇帝、ロスティグクス・キャラ・グラディニアの第一子にして、帝位第一継承権を持つ、第一皇子。

 すっきりと切り揃えられた髪は、彼の精悍さをハッキリと表に出す。

 目の前の繭で包まれた卵の中には、ロスティグクスの末子であり、己の妹か弟が産まれる時を待っている。

 この仔は正妃・リスティーナ・キャラ・グラディニア待望の第一子。リスティーナの血族にすれば望みに望んだといっても過言ではないほどの仔。大切に護り、万難を廃し、無事に産まれて来る必要がある。だが、現状は厳しい状態が続いていた。

 第一に、リスティーナの血筋、魔属性に分けられる竜属なのだが、本来であれば三年程度で孵る卵が五年経った今でも、沈黙を保っている事。成長する為の龍力は数日前から弾かれている為、誕生が近付いていると言う見方もある。

 第二に、帝位を狙う第二皇子の母、エイリーシャ・ジスカーンが卵の破壊を密かに企てている事。だが、実子である第二皇子はルクルケツァクルの影でその手腕を発揮し、帝位には何の執着も無いと言い切っている。

 そして最後に、卵を護る為の砦とも言われる皇帝夫妻が定期的な領地視察の為に帝都を離れざるを得なかった事。

 この三つが重なり合い、城は現状、ピリピリとした緊張感に包まれていた。

「ここに居られましたか。兄上」

 ノックもせず、扉を開き入って来たのはエラルディート・コォル・グラディニア。

 すぐ下の弟で、帝位第二継承権を持つ、第二皇子。そして今回の騒ぎの原因にもなっているエイリーシャの実子、微妙な位置に立たされている張本人。

「エル。こんな所に来て大丈夫なのか?」

 意外な人物の登場に思わず瞠目する。エイリーシャはエラルディートがルクルケツァクルや末子に近付く事を喜ばない。むしろ禁じてさえいた。気付かれれば手酷く扱われると解っていて尚、すぐ下の弟は様々な情報を携えてやって来る。

「別に、どうという事はありません。

 それより、卵の方に何か変化はありましたか? 孵る前兆のような……」

 いつもは冷静な弟の、心なしか焦っているように思える口調に、それほど時間が残されていないのだと気付いた。

「……あの女、そろそろ仕掛けるようですよ」

 兄の変化に気付いたのか、忌々しげに吐き捨てる。

 母子の仲は完全に冷え切っており、母方の血筋を嫌ってすら居る弟に、なんとか抑えていた溜息をついに吐き出した。

「お前は、もう少し嫌悪というものを隠せ。それでなくとも危うい立場に居るだろうが」

 髪に突っ込んでいた手を下ろし、帯剣している柄に置く。

「そんな事、今は関係ありません。優先すべきはこの仔の誕生。リスティーナ様の御子が無事に、そして元気に誕生する事こそが最大の悲願。

 そんな事も解らず側室に在るなど、無知も甚だしい」

 エラルディートがリスティーナに向けるのは子供の母親への愛情そのものだ。

 ロスティグクスの子全員がリスティーナによって育てられたといってもいい。

 ルクルケツァクルの場合は母であるケーラルーンが出産直後に体調を崩し、発熱。数日間に渡り生死の境を彷徨い、かろうじて命は取り留めたものの両目の視力を完全に失った。

「俺の母上もそうだが、お前の母上も家には逆らえまい」

 エラルディートの場合は産まれてすぐ、母親が新たに皇の寵愛を欲したが為に捨て置かれ、見かねたリスティーナが王妃の権限でエラルディートを引き取ったのだ。

 下にも妹と弟が一人ずつ居るが、妹の母もまた男の子を産めと言う実家の圧力に屈し、寵を強請った為に産まれた子は捨て置かれた。

 そして悲惨なのは一番下の弟の母。男の子を産んだという理由だけで、他の側室に嫉妬により謀殺された。

 そんな経緯もあり、ロスティグクスの子は総てリスティーナが育て上げた。それぞれの能力を最大限に生かせるよう、性別など関係なく実力を示せるように。

 本当の母のように愛情を注いでくれた、育ての母の待望の仔が卵の中に居る。

「兄上の母君は優しい方です。それに、立場を弁えておられる」

 公の場で、皇の寵を欲しがるような真似はしない。むしろ、リスティーナの傍に控え、害意や悪意を払う場面すらある。

「それに比べ、あの女は……」

 握り締めた拳に力が入る。どんな手段を使おうと護りきらなければ、後ろ髪を引かれる思いで視察に発った皇帝夫妻に申し訳が立たない。

「そう、ピリピリするな。御子の前だ」

 取り巻くオーラが殺伐とした物になっていくのを感じ取り、仕方なく柄に置いた手をあげると、弟が強く握り締めている掌を解き、傷を確かめる。赤く走った線を一撫ですると、傷は跡形も無く消えた。

 そのまま手を離す事無く紫紺の髪を撫でる。幼い頃からの習慣であり、嫌がる素振りも見せず髪を梳かれている。魔族は長命が故に子が出来難い。その為、エラルディートが産まれた時にはルクルケツァクルは父皇の片腕として働いていた。

「今は考えても仕方がないだろう。出来る限りの事をする。それが、今の俺達に出来る最大の事だ」

 父皇の側で政に介入していたからこそ、エイリーシャの謀略を見抜けたし、ようやく出来た弟を護れた。皇帝であるロスティグクスが表立って動けない分、ルクルケツァクルがその手足となって動いたといっても過言ではない。

 下の弟妹に関してもそうだ。弟妹が生まれる前に近衛と親衛を任されたルクルケツァクルと、その影で右腕として動いていたエラルディートにより護られた。

「……そうですね。申し訳ありません」

 髪を梳く手に甘えるように擦り寄りながら、疲れた様子を隠す事も無く溜息を吐き出すと、殺伐とした緊張感はいくらか和らいだ。

「一人で無理をするなと言ってるだろうが……」

 新たな溜息と共に、髪を梳いていた手を後頭部に回して引き寄せる。

「……わ……っ」

 突然の出来事にバランスを崩して兄へと倒れ込む。思わず服を掴み、しがみ付く形になるが、近衛、親衛を纏め上げるルクルケツァクルが動じる様子は無い。

「お前は、見ていて危なっかしい」

 エイリーシャの陣営に見られればややこしい事態に陥る。

「兄……上」

 片腕で抱きこまれ、そのままあやす様に髪を梳かれる。抵抗しなければならないが、今はそんな余裕も無い。肩口に額を預け、されるがままに力を抜いた。

「俺が付いている。無理はするな」

 暫くあやされた後、ポンポンと背を叩かれ離された。それだけの事であるはずなのに、焦燥感が嘘のように小さくなっている。

「僕達が出来る事を、しなければなりませんね」

 口惜しいのはリスティーナだろう。己の仔の誕生を見届ける事が出来ないのだ。正妃であり、母である。それは時に身を裂くような選択を強いて来た。

「リスティーナ様に代わり、御子を護る事が俺達の使命」

 帝国の近衛と親衛、そのどちらをも手中に収めるルクルケツァクルが低く唸る。

「はい。その為にはどのような犠牲も」

 妹も弟も、それぞれの分野で動いている。

 年の離れた末子。おそらく、最後の弟妹になるだろう。その仔の誕生が平和なものであるよう、祈らずには居られなかった。


▽   ◇   △   ◇   △


 皇帝を補佐する者に与えられる執務室で、華やかな女性と、柔和な雰囲気を纏う青年がソファーで寛いでいた。

「兄上方の纏う気配が、徐々に殺気を帯びてきましたね」

 紅茶を片手に、書類に視線を落とすのはナラフラレクト・レイリ・グラディニア。第四子であり、第三皇子として皇族に名を連ねる。

「仕方ないわ。ルク兄は親衛、近衛両隊のトップだし、エル兄は……、ねぇ?」

 エイリーシャの所為でどれだけエラルディートが肩身の狭い思いをしているのか、兄弟のみならず皇帝夫妻も知っている。その能力も知っているからこそ、埋もれたままにしておくのは惜しい人材なのだ。

 だが、己が動く所為でどんな弊害が出るか恐れるからこそ、エラルディートは殆ど表舞台に立った事が無い。その事を父皇や長兄をはじめ、弟妹達も勿体無く思っていた。

「姉上も、最近気を張っておられますね?」

 魔術、魔導両師団を預かるキャスティーヌ・サラサ・グラディニア。第三子であり、第一皇女。兄弟唯一の女という事もあり、上の二人からは甘やかされた。

「何の事かしら?」

 指摘に首を傾げながら惚ける様子に、溜息を織り交ぜつつ問う。

「魔力感知装置の感度が、最大にまで引き上げられている理由をお聞きしても?」

 城内に張り巡らされている侵入者防止装置の警戒レベルが最大まで高められている。魔法具と呼ばれる品を扱うそれは、魔術、魔導両師団の管轄になる。

 警備体制を他人に知られないように強化する兄二人だけではなく、姉も神経を最大限に研ぎ澄まし、万難を排する体勢を取っていた。

「最近、弱い魔力を持った虫が異常発生している所為ね。感度を少しでも落としたらすぐに増えるから最大まで上げているだけよ」

 紅茶と共に出された砂糖菓子を摘み、キャスティーヌは何食わぬ顔で窓の外を見る。

 表面上何事も無いように語られるが、常にその状態を保つ事は難しい。師団内の力のある者で持ち回っているのだとしても、それ程危険な状況になっているという事を如実に表していた。

 近衛、親衛両隊を任されるルクルケツァクル。その影に隠れるように暗躍するエラルディート。そして魔術、魔導両師団を配下に置くキャスティーヌ。

 この三名に喧嘩を売り、無傷で居られるはずが無かった。

「貴方も、今回は同行しなかったじゃない」

 己ばかりでは分が悪いと思い至ったのか、ナラフラレクトにも水を向ける。

 皇帝が城を空ける場合、余程の事がない限り弟は大抵同行する。内政の大部分に入り込んでいる事情もあるが、領地を実際に目の当たりにし、何が足りないのか、何が多いのか父皇と相談して判断を下す必要がある。長兄が武で父皇を支えているのであれば、末弟は文で父皇を支えていた。

「父上と帝妃様の心情を考えれば、残る事が出来る者は残った方が最善かと」

 目を通し終わったのか、持っていた書類を机に置く。

「御子の誕生は、おそらく近いでしょう。私は殆ど力を持ちませんが、多少はお役に立てるかと思います」

 長兄の母親は公爵家、次兄の母親は侯爵家、そして姉の母親は子爵家と、貴族の出である。その為に強大な魔力を有し、前線で戦っている。

 だが、ナラフラレクトにそんな力は無い。母は元踊り子。皇の前で舞う機会に恵まれ、そのまま側室へと迎えられた。

 魔力への耐性が弱かった母の身体が、無事に子を成す事が出来るよう、ロスティグクスが母体に流し込む力を抑えたと聞いた事がある。

 母の身体を気遣い、子を成し、そしてナラフラレクトが産まれた為に母は殺された。

「馬鹿ねぇ。刃を合わせて、魔力をぶつけて戦うだけが戦いではないわ。貴方は貴方の戦場で戦っている。兄様達が兄様達の戦場で、私が私の戦場で戦うのと同じ様に。

 方法は違うけれど、それは貴方にしか出来ない戦いよ」

 弟が力の事で悩んでいる事は知っている。だが、殆ど力を持たない踊り子であった弟の母であるネラシェルトの事を考えれば、今保有している力は異常とも言える。上を見ればきりが無いが、下を見てもきりが無い事も確かだった。

「……ありがとうございます…」

 他国に比べ、兄弟仲は良い。産まれた瞬間から既に兄であり、姉であったし、飴と鞭も兄姉から教わった。帝位継承権が有る無しに関わらず、リスティーナによって公平に育てられた事も争いを避ける理由だった。

「素直なのはいい事よ?

 ホント、勿体無いわ。エル兄も政に参加すれば、ナフの負担も減るのにねぇ?」

 エラルディートが中央に関わって来ない理由は明白だ。母親の影が大き過ぎる。

 その影を払拭する為にロスティグクスは時間を割く訳には行かず、ナラフラレクトでは反対に呑み込まれてしまう。

「今、エル兄上をお守り出来るのは、ルク兄上以外、この城には居ません。そして、御子を護る事が出来るのも、ルク兄上だけでしょう」

 無力な己が恨めしい。無意識に噛み締めていたのか、奥歯が嫌な音をたてた。

「エル兄は強いわ。実の母相手に怯まない。それに比べて、私は……」

 キャスティーヌの母も貴族の出だが、アベンテテラ子爵家とジスカーン侯爵家、どちらが権力を持っているのか言うまでもない。

 そして、今回の騒動に加担させられた。

 キャスティーヌが気付いた時には既に遅く、母を助け出す事は不可能な状況に追い込まれていた。

「私は、姉上も強いと思います。姉上も、視察に同行出来たはずでしょう? それを未だに渦中に居る。強くなければ出来ません」

 護衛として優秀な魔導師の同行は必須。キャスティーヌが名乗りを上げれば間違いなく選ばれる。それにも拘らず、視察に同行する事無く城に留まっている。

 それが何を意味するのか、解らない訳ではなかった。

「己の母の不始末は見届けなければ、申し訳が立たないわ。私がここに残ったのは、それだけの理由よ」

 行動を起こすとすれば、皇帝夫妻不在の今。

 武力の要・ルクルケツァクル、参謀・エラルディート、魔力の要・キャスティーヌ、法を繰る事が出来るナラフラレクト。

 夫妻が居なくても、四兄弟がその力を振るえば公正に裁く事が出来るのだ。

 そして、それだけでは済まない粛清の波が遠くから近付いて来ているのが解る。

 父皇と長兄。二人だけの、誰の干渉をも赦さなかった密談。次兄を信用していない訳ではない。むしろ、次兄ほど敵方の内部の情報に精通している者もいない。

 だからこそ、あえて外した。相手の目を眩ませる為に、そして次兄を守り抜く為に。

「ルク兄上は無茶をする方ですから、何も無ければいいのですが…」

 長兄は弟妹に甘い。それはもう、リスティーナが呆れるほど甘やかす。勿論、躾けるべき所は厳しく行うが、普段は殆ど怒る事も無い。

「そうよね…。私も母が関わっている以上、絶対に頼ってくれないわ」

 ルクルケツァクルが頼るのはロスティグクスのみ。頼るというより弱さを見せる。といった方が良いだろうか。

 一人で背負い込み、ボロボロになり、水面下で傷を癒す。気付いた頃には全て終わった後というのは一度や二度ではない。

 頼って欲しいとも思うが、家の柵が自由にさせてくれない。

 家の柵が無くとも、隣に立てるだけの力を持っていない。

 己で己を護れない以上、足手纏いにしかなりえない。その事を解っている為、弟妹は大人しく兄二人の動向を探っているのだった。


 御子の誕生という知らせと、暴走という知らせが、共に帝都を発つまで、後僅か。

頼りになるお兄ちゃんっていいよね。

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