第二章 第六話 課された戒め
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審議は順調に進んでいた。徐々に罪の軽い者から重い者へと移っていっているのか、刑に処刑が混じる事も少なくない。
助命嘆願があるかと思えば、その様子も殆ど無い。ただ、刑を言い渡された者が意味ありげにフィリスティアロスをみて、諦めたように視線を伏せる事が気になった。
魔族の中には、竜属に手を出す事は禁忌だと暗黙の了解にある。他者との実力差を無意識に計れる為、自然界の頂点に君臨する竜属に手を出さないのであり、己の力に驕る人族などは無謀にも竜属に挑み、その命を散らしていた。
だからこそ、魔属竜に手を出した時点で大事になる事は覚悟をしていた。しかも手を出した相手は現魔属竜皇の直系の血筋。怒り狂った魔属竜によって帝都が焦土となっても誰も文句は言えない。それだけの謀を安易に行ったのだった。
ここで反抗などしようものなら、城に滞在している魔属竜皇によって帝都が消滅する事は目に見えている。
「次の者達を呼べ」
昼食の休憩を挟み、朝からぶっ通しで審議を行っている。今までの中にはルクルケツァクルやナラフラレクトが助命を請い、許された者も居た。
何か言いたげなキャスティーヌに配慮し、処分を後回しにした者も居る。審議が終わった後に開かれる皇族だけの話し合いの場で、真意を問う事になるのだ。その場で皆が納得できる説明があれば、晴れて無罪放免の身となった。
「はっ」
連れてこられる者達は皆、簡素な服を身に纏っている。フィリスティアロスが一番に目にしたのは、楕円形。思わず我が目を疑い、何度か瞬きした後にもう一度見るが、残念な事に楕円形。醜く肥えた男が不満も露わに入ってくる所だった。
「シェルクル家は元々、子爵の地位に居ました。先代の当主は勤勉で、堅実に家を守っていましたが、代替わりをしてからの変わり様は先代や周りが嘆くほどだと聞いています」
全員の経歴を覚えているのだろうか。優しい声音が連れて来られる人物の説明をする。その説明を聞き流しながら、無感情に眺めていた。
楕円形の男の後ろから泣き叫ぶ楕円形の女。続いて二人に比べて細身の壮年の男に同じく細身の青年。そこまで認識した瞬間、フィリスティアロスは思わず体を乗り出した。
「フィス?」
全く興味を示さなかった審議に対して初めての確かな反応に、説明を止めたリスティーナが声を掛ける。その声も聞こえていないのか、視線は枷を嵌められた青年に向いていた。
見間違えるはずが無い。目覚めた時に初めて目にした第一近衛の隊服を身に纏っていた青年。己を害す意思も無く、ただ傍に控えた存在。
思わずルクルケツァクルを見ると、苦い表情で首を振られた。この場に居ると言う事は『真偽華』が反応したと言う事であり、第四皇子暗殺に加担していたと言う事なのだ。
「そんな訳が……」
一目しか見えていない。言葉を交わしたのも僅かである。だが、確信を持って言える。彼は己の暗殺に加担していないと。『真偽華』が反応した理由さえ突き止める事が出来れば青年を解放出来る。跪く青年を見て、目を細めた。
「フィス。父上の邪魔をしてはダメよ」
力の流れが変わったことを感じ取り、フィリスティアロスを抱き直す。それは目の前の事に集中する事が出来る様にする為で、邪魔をする意志は無い。ただ、審議の邪魔にならないようにとだけ釘を指す事は忘れない。
「ありがとうございます。母上」
視線の先には青年。その後ろにも続々と一族が連れて来られている。権力に身を浸し、思うが侭、傲慢に振舞った結果だと思われた。
楕円形……シェルクル元子爵には何の興味も湧かない。勿論、その妻にも。興味を惹かれたのは先代のディファメンティス・シェルクル元子爵と、己が言葉を交わした青年、ティグクレアルス・シェルクルの二人である。二人の名はリスティーナの説明の中で知った。
本能的に知っていた気の流れを可視化する。普段は封具を使って封じているものだ。
はじめにティグクレアルスを見る。両腕は後ろで拘束され、賜っていたピアスは無い。軽く息を吐き、一度目を閉じると、彼が纏う気を見つめ始めた。
全身を縛り付ける様に渦巻く紫と、それに対抗する様に発せられる薄緑と淡蒼の力。闇の鎖と抵抗する風と水。風と水はティグクレアルスが元々持っている力だろう。
彼にとっては闇が余計なもの。そしてその闇は心臓付近から流れ出し、心臓へと戻ると言う循環を繰り返している。おそらく『真偽華』が反応したのは闇の部分だろうと推測する。『真偽華』が反応した時点で有罪。弁解の余地は無かったはずである。
術が施されている事も告げられず、罪人として引き摺り出された。言うチャンスはあったはずだが、ディファメンティスにも同じ呪が施されている事から、互いが互いの質となっていたのだろう。
「母上。彼の所に行きたいです」
リスティーナにだけ聞こえるように言ったつもりだったが、事の他大きく響き、皇族全員の視線が集まる。
「だが、フィス。『真偽華』は彼に反応したぞ」
「はい」
そうでなければ此処にはいない。ロスティグクスを見れば、渋々ながら頷いた。
「ありがとうございます。父上」
膝から下ろして貰い、二人の第一近衛が護衛として張り付く。ティグクレアルスを見ている間に何か言われたのだろう、喚き散らす楕円形と泣き叫ぶ楕円形を完全に無視し、ティグクレアルスの前に立つ。
「皇子……」
簡素な服がしっかりと鍛え上げられている体を見せ付ける。左の耳朶にピアスが納まっていない事が残念でならなかった。
「枷を」
「しかし皇子」
「外せ」
煌く黄金に気圧されたのか、立会人が枷を外す。自由になった両腕を前に回し、擦り切れた手首を摩る。フィリスティアロスの真意が解らず、見上げる事しか出来ない。
「立て」
反論する事は許されない。言われるがままに立ち上がり、見下ろした。
「何を……すれば?」
「脱げ」
「は……」
「上だけでいい。脱げ」
周りが困惑する中、ただ淡々と紡がれる言葉。それは命令となり伝わる。
「はぁ…………」
意図する事は解らないが、言われた事には従わなければならない。服を止めている紐に手を掛けた瞬間、激痛が心臓を中心に広がった。
「……は……! ぐっ…………ぅ」
「ケール殿!」
心臓を押さえ崩れ落ちるティグクレアルスに動じる事無く、ケーラルーンの名を呼ぶ。事前に打ち合わせがあったのか、守りの膜がフィリスティアロスを中心に展開される。
「あ……く……、はっ…………はぁ……は……ぅ」
ケーラルーンの力が闇を抑えている。だが、これは一時しのぎにしかならず、ケーラルーンの力が尽きれば再びの苦しみが待っている。
「姉上。『水鏡』を」
キャスティーヌを振り返れば、どこか困惑した様子で立ち上がる所だった。
「苦手……なのよ……ねぇ……」
守護や補佐に特化したケーラルーンの方が得意とする術。だが、今は闇を抑えるだけで余力は無い。
「なら、私が見ましょう」
失敗が許されない場面で苦手な術を使いたく無い。それは誰にも言える事で、呟いたキャスティーヌにリスティーナが助け舟を出した。
「よろしいのですか?」
立ち上がった状態でリスティーナを見る。
「えぇ。波動も安定しているし、問題ないわ」
ニコリと微笑むと立ち上がる。手を前に翳せば、氷華が嵌め込まれた杖が顕現した。
「水の系統は、私が最も得意とする力よ」
現れた杖を手中に収め、集中の為に目を閉じる。様々な力が渦巻いている中を縫って術を発動するのは相応の集中力が要る。やがて、ゆっくりと目を開けると呪文を紡ぎ出した。
§ 空に宿る龍力の精霊達よ 我 汝の助力 欲する者なり
我が望むは真実の鏡 水を纏いし者達よ 我が言葉に耳 傾け給え
龍力を糧とす水の精霊よ 我が願いに応じ その力貸し与えよ 『水鏡』 §
リスティーナの前に『水鏡』が出現する。それを覗いた瞬間、思わず口元を押さえる。予想を超えた禍々しさに気持ちが付いて行かなかったのだ。横から覗き見たキャスティーヌとナラフラレクトも眉根を寄せる。
「解呪……お願いしても?」
「勿論です」
震える声音に、力強い声が応じる。前線に立たないリスティーナには酷な物だが、前線に立つキャスティーヌには耐性があった。
「ディファメンティス殿も映す事は出来ますか?」
ティグクレアルスを映していた鏡が僅かに角度を変える。予想通り、そこには同じ様な枷が存在していた。
「さて……」
手を翳すとリスティーナ同様、杖が顕現する。その杖には焔玉と雷玉が鎮座していた。
§ 大気に遊びし魔力の精霊達 求むるは汝等の助力
望むは禍々しき鎖焼き切る焔 焔の力を持ちし者達 此の言葉に耳 傾けよ
魔力を糧とす焔の精霊 求めに応じ その力振るえ 『浄焔』 §
焔玉が淡い光を放った瞬間、ディファメンティスとティグクレアルスの体が焔に包まれた。焔は闇を侵食し、燃やし尽くして行く。
「……浄化系だけは無駄に上手いですよね。姉上」
その様子を見ながら、ナラフラレクトがキャスティーヌを見る。
「煩いわよ。ナフ」
補助系全般を苦手とするキャスティーヌだが、浄化に関してだけは群を抜いている。様々な苦い経験から、浄化に関しては怠ける事無く腕を磨いた証であった。
その光景を『水鏡』を通して見つつ、リスティーナはフィリスティアロスに視線を移した。何の呪か特定出来ないまでも、何らかの工作がされていると見破った我が仔。今思えば些細な違和感は在った。だが、これまでに裁いた心労が蓄積されていたのか、その違和感を黙殺してしまった。おそらく、それはロスティグクスも同じだろう。
気付き、止めなければならない審議を行おうとしていたのだ。
やがて、目的を果たしたのか焔が唐突に消えると同時にキャスティーヌが崩れ落ちた。
「姉上」
咄嗟にナラフラレクトが伸ばした腕に収まったものの、自力で立っていられる状況ではなく、ぐったりと椅子に体を預けていた。
「さすがに、食われるわね……」
解呪した物は贄を必要とする強力な呪い。本来ならば幾つかの工程を経て行うのだが、今回はそれを一回で行った。その分魔力の消耗は激しい。しかし、掛けられた呪いの完全な解呪までは至っていないのが現状である。
「一応、表面に出ている物は成功したようね」
『水鏡』には闇の鎖は映っていない。
「後は核の破壊……。暫く押さえ込む必要があるわね……」
《それは妾が引き受けよう》
ナラフラレクトの腕を借り、立ち上がろうとしたキャスティーヌに届いた念話。それは裏側に控えているケーラルーンの声だった。その声と同時に二人に幾つかの封印がされた事に気付く。
《これで暫くは時が稼げよう……。なるべく早く、事を終わらせる必要はあるがな》
《ありがとうございます。ケール様》
ケーラルーンとキャスティーヌの遣り取りを見ていたのか、話が終わりフィリスティアロスを見ると小さく頷いた。
「『真偽華』を」
後から作られた『真偽華』二つは既に空に還された。残されているのは始めに創られた『真偽華』のみ。ロスティグクスから『真偽華』を受け取った第一近衛の隊員がフィリスティアロスに渡した。
「持て」
『真偽華』が曇った事を思い出したのだろう。二人の表情が強張るが、差し出しているのは皇族。命令に逆らう事はできない。
恐る恐る伸ばした手の先。指先が触れるが何の反応も示さない。ディファメンティスが安堵の息を吐く。ティグクレアルスも腕を伸ばし、『真偽華』をその手に取るが、ディファメンティス同様、何の反応も起こらなかった。
「お二人を控えの間へ」
「はっ」
警備に就いていた第一近衛の隊員二人が、それぞれ肩を貸し審議の場から出て行く。その後姿を見送り、フィリスティアロスはリスティーナの膝に戻った。
「ルクル兄上。彼は私が貰います」
無実が証明されても第一近衛には戻り難いだろう。呪で縛られていた体が、何処までダメージを受けているか解らない。それも心配の一つだった。
「解った。手配しよう」
有能な者が引き抜かれるのは悔しいが、もう一度ピアスを渡す訳には行かない立場。先に宣言された事で、肩の荷が下りた事も確かである。
「ありがとうございます」
呪いの核の浄化と言う根本的な問題は残っているが、ケーラルーンの力で抑えられる状態。ディファメンティスとティグクレアルスの浄化が終われば、勅命が下されるだろう。
シェルクル家は代々有能な武官を輩出していた。落ちぶれた原因は取り除かれる為、今後の建て直しが最重要課題になるだろうと思われた。
結局、シェルクル家で難を逃れたのは二人だけであり、元子爵は妻ともども死罪を言い渡された。その他の者も財産没収の上国外追放や、辺境伯預かりとなった。
▽ ◇ △ ◇ △
あの後、処刑の人数が大幅に増え始めた。それは徐々に騒動の中心人物に近付いている事を示していた。
「シェルクルの二人だけれど、ディファメンティス殿の浄化は私でも可能よ。ただ、ティグクレアルス殿の浄化は、不可能では無いけれど出来れば遠慮したいわ」
夕食を終え、ティータイムを楽しんでいる時にキャスティーヌが話を切り出す。
審議の後、食事の前に二人に会った。慣れない拘留生活の所為で多少の体調不良はあったものの、数日もすれば回復すると医療班に言われていた。
二人に施されていた呪いの核だが、ディファメンティスは比較的容易な場所に在る為、この後キャスティーヌ自身が浄化する手筈を整えていた。
「ティグの何処に問題が?」
実際に会っていないルクルケツァクルが不思議そうに問う。
「核の場所の問題よ。ディファメンティス殿の核は心臓の近く。まぁ、ほぼ心臓に刻まれていると変わりは無いと思っていいわ。ただ、ティグクレアルス殿の核なのだけれど……」
ティーカップを持ち、言い難そうに視線を伏せた。
「浄化できない場所にあるのか?」
核を刻む事が出来たのであれば核を浄化する事も可能。それが常識。
「浄化出来る場所にはあるわ。ただ、私が浄化出来るかといえば、ちょっと……その……」
「はっきり言え。お前らしくない」
痺れを切らしたルクルケツァクルが溜息と共に先を促す。
「もう! ルク兄上達が毎夜頻繁にやってるような事をしないと浄化出来ない所に刻まれてあるのよ! しっかりくっきりはっきりと! 言わせないでよこんな事!」
一息で言い切ったキャスティーヌの頬は赤く染まっている。その言葉を受けて不意打ちを食らったエラルディートも狼狽していた。
「アイツにそんな趣味は無かったはずだが……」
「論点はそこなの!?」
部下の嗜好を思い出しながら首を傾げるルクルケツァクルに、キャスティーヌが吠える。
「とにかく、浄化が出来る男の寝所に呼ばないとダメという事ですね?」
兄姉の漫才にこめかみを押さえながら、ナラフラレクトが確認するように問うた。
「……そういう事よ。何でも使っていいって言うなら私でも可能だけれど、これ以上プライドを傷付けるような事はしたくないし……。
同性に寝所に呼ばれるのと、私が浄化するのと、どちらが傷付けないかしら……」
「……女に見られるのはキツイと思うぞ」
本気で悩む妹に、長兄は思わず口を挟む。このまま放置すればやりかねない。
「やっぱり、そうよね」
「…………何故、私を見るのですか」
考えながらも、視線はナラフラレクトに向いている。その視線をかわす事も出来ず、確実に続く言葉に身構えた。
「ティグクレアルス殿の浄化はナフがお願いね」
キャスティーヌのような焔の浄化は扱えないが、光の浄化のレベルは高い。
ロスティグクスやルクルケツァクル、リフィルロギュナーと言った浄化を扱える者の中で、消去法で残ったのがナラフラレクトであった。
「……解りました。今夜中に済ませておきます」
他に方法がないのであれば仕方がない。溜息を堪えつつ了承の意を返す。
「では、今宵は散ずるとしようか。明日もまだ審議は続く。しっかり休め」
「解りました、父上。ほらエル。行くぞ」
先程の衝撃から立ち直れて居ないエラルディートを引き上げ、二人仲良く退室した。
「……休めという意味を知らぬのか。……本当に、仲がいいと言えばいいのか……」
その様子にロスティグクスが頭を抱える。ルクルケツァクルにエラルディート以外映っていない事は気付いていたが、暗殺未遂事件から遠慮というものが欠落した。そしてそれを本気で嫌がっていないエラルディートにも気付いていた。
「お嫁さん探し、大変そうですね」
リスティーナの言葉に耐えていた溜息が零れる。いつかは娶らなければならない。その時エラルディートがどういう行動を起こすのか、今から頭痛の種になりかねなかった。




