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目立ちたくないそんな彼女の事情-8

純が黒幕と対峙している少し前のこと――。



絵麻は純の指輪につけていた発信機を頼りに、郊外のとある雑居ビルの前にいた。

すでに日は落ちており、元々街灯も人も少ないためより一層ひっそりと静まりかえっている。

浩司は絵麻を車から降ろすと、そのまま事務所へと戻って行った。

今夜絵麻が受けていた仕事の代役を探しに行ったのだ。

その依頼は“一見か弱そうに見えるアジアの黒髪の少女”というものだったため、簡単に絵麻以外の適任が見つかるものではなかった。

実は、浩司の会社には女性社員は絵麻を除いて2人しかいない。

しかも、彼女たちは基本的に海外勤務だ。

浩司は最終手段として「誰かに女装させよう」と言っていたので、きっとたまたま手が空いていた運の悪い社員が被害を被るのだろう。

せめてマッチョではない、華奢な若い社員が捕まることを祈るしかない。

絵麻は心の中でその哀れな同僚に謝りながら、雑居ビルの中へと足を踏み入れた。



ビルの中は普段使われている様子がなく、外のわずかな街灯と月明かりだけだったため、かなり薄暗かった。

絵麻は暗がりでも人の動きが分かるように訓練されているが、椅子や機械のようなものが床に散乱しているのでなかなか歩きにくい。

ビルは5階建てで、今絵麻がいる1階には誰もいないようだ。

おそらく、純を攫った人物は後継者争いの関係者だろう。

この間のパーティーには特に怪しい動きは見せなかったが、それは純たちを油断させるためだったのだろうか。

普段の純であれば、こうも簡単に連れ去られることはないはずだ。

それが、放課後のボディーガードたちの目をかいくぐって裏門に一人でいるなんて、後継者問題も収束していないのに油断し過ぎるにも程がある。

絵麻は、手に持っている濡れたスポーツタオルを握り絞めた。

これは、純の鞄に入っていたものだ。

裏門に散らばっていた純の持ち物を回収したのだが、その中にあったこのスポーツタオルは武器として役に立つと思い持ってきた。

絵麻は基本、身体ひとつで護衛にあたる。

人によっては銃やナイフ等、自分の能力を最大限に発揮出来る武器を持っている者も多いが、絵麻はとっさに人を傷つけたくないので武器は持たないようにしている。

ただし、今回のように明らかに人数で分が悪い時は、何かしら武器になるものを持つこともある。

己の身ひとつでも対応出来るが、武器があった方が少しの力で済むからだ。

今は身の回りにあるものでとっさに使えそうなものといったら、このスポーツタオルしかなかった。

水に濡らすことで相手の口を塞いだり首を絞めたり等、ダメージを与えることが出来る。

そういえば昔、琥狼に暴漢が襲いかかった時には手持ちのシャーペンを使ったこともあった。

相手はナイフを持っていたのに、よくあれで対抗出来たものだと昔のことを思い出しながら、絵麻は周りを見渡す。

先ほど階上から複数の足音が聞こえてきた。

おそらく10人はいるだろう。

さすがにいっぺんに相手をするのは危険なので、まずは分散させて倒していくことにしよう。

絵麻は、近くにあったドラム缶を蹴り倒した。

ゴオオオンと大きな衝撃音がビル全体に響く。



「さあ、さっさと早く来てよね……早く終わらせて、早く家に帰りたいんだから」



絵麻は来たる敵に備えて、物陰に身を顰めた。




>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>




「おい、今派手な物音がしたよな?」



最上階に純を転がしておき、ビル全体の見回りに行っていた黒服の男たちは、階下の異常に気が付いた。

この時間に、使われていないビルの中に入る人間などいないはずだ。

野良猫か、廃墟ビルを面白がって肝試しに来る若者か――どちらにせよ、一度確認しておくに越したことはない。



「誰か見に行って来い」

「分かりました」



リーダーの男に指示され、3人の男たちが下へと降りて行った。

1階に着くと、大きなドラム缶が階段の前を塞ぐように倒れており、辺りには何かがいる気配はなかった。

何かの拍子にドラム缶が倒れただけだろうかと思いつつも、男たちは暗闇の中を念のために分散して見回ることにした。


雑居ビルといっても、倉庫代わりに使われるくらいなのでそのフロアは広い。

男のひとりは、暗闇の中を警戒しながらも、柱の裏や積み上げられた机に異常がないか目を凝らす。

さすがに窓から入る月明かりだけでは遠目から判断出来ないため、ゆっくりと机の山に近付いた。

その時。



「うっ!?」



声を上げる間もなく、背後から何かに口が塞がれた。

足を足で絡められ固定され、そのまま口を塞ぐもので頭が後ろに引っ張られる。

首が思い切り反らされ、声が出ない。

呼吸もほとんど出来ないため、意識が朦朧としてくる。

男はろくに抵抗も出来ず、しばらくして意識を失いその場に崩れ落ちた。



「……まずは一人」



絵麻は、男が意識を失ったことを確認して、他の黒服たちを仕留めるためにほぼ何も見えない暗闇に目をやった。

足音からして1階に下りてきた犯人たちは3人。

ここで3人を片づけてまた派手な物音を立てれば、さらに数人が様子を見に下りてくるだろう。

そうやって人数を減らしていけば、後に残るのは黒幕だけだ。

おそらく黒幕は純の側にいて、何かしらの交渉なり脅迫なりをしているに違いない。

だが、純は飄々とした態度であしらって相手を逆撫でしているような気がする。

より悪い展開になる前に、早く最上階にたどり着かなければと、



しかし、今回は暗くてよかった。

制服で暴れたらスカートの中が丸見えになって、気になって満足に動けなくなってしまう。

いつもだったらスカートの下に短パンを穿くが、今回はもちろんそんな余裕はなかった。

ちなみに、純は学校外の護衛の時はよく絵麻の服を着替えさせる。

この間のパーティーでは秘書姿だったが、それ以外にも着物やフリフリのレースワンピース、水着なんて時もあった。

もちろん制服で護衛するわけにはいかないので、どの依頼でも毎回着替えているが、純のはコスプレに近い衣装を着させるのだ――依頼主の指示であれば絵麻が断れないことを知っていて。

さすがに水着の時は上にパーカー、下にショートパンツを穿いたが、今でもその時の屈辱は忘れていない。



『ねえ…俺がお願いしたのは水着で、だったよね?こんなの着てちゃあダメじゃない』

とあるリゾートホテルのプールサイドパーティーでの依頼があった時のこと。

純は自分もハーフパンツタイプの水着を着て、恥ずかしさで俯きながら出てきた絵麻に近付いた。

絵馬は「大胆なビキニ姿で護衛なんて出来るわけないでしょう!」と叫びたかったが、いかんせん腐っても彼は依頼主で、絵麻はその依頼内容に反することは出来ない。

純は笑顔で下を向いたままの絵麻の腰に両手を回すと、しばらく絵麻の頭のてっぺんを眺めていた。

そして、絵麻のパーカーのジッパーをゆっくりと下ろし、肩からするりと落とす。

両肩は露わになったが腕には服が引っかかったままで、その手はショートパンツへと伸びだ。

チャックを下ろされ、そのままショートパンツが脱がされる段階になって我に返った絵麻は、見事な回し蹴りで己の身の危機を回避したのである。



(今回のことと言い、何でこんなに毎回純に振り回されなきゃいけないのよ。私が困ってたり恥ずかしがっているのを見て、ストレス解消してるんだわきっと…ああ腹が立つ!)



絵麻はあの時と同じような見事な回し蹴りを黒服たちに食らわせ、床に沈めた。

この物音で、さらに上にいる黒服たちが様子を見に来るだろう。

絵麻は同じ手順で残りの黒服たちを次々に片付けていき、難なく最上階へとたどり着いたのである。





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