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目立ちたくないそんな彼女の事情-6

それから数日間、絵麻にとって穏やかな日が続いた。

と言っても2日間だけで、純の依頼があったのが火曜日、叔父の依頼があるのが金曜――つまり今日だ。



(明日が休日だからって、少し遅めの仕事らしいけど…今日の家事は夏音に全部任せて、先に寝るように言わなくちゃ)



叔父が車で迎えに来るのは17時、それまで図書館で勉強して、待ち合わせの裏門に行けばいい。

5限目が終わった後、絵麻は弟にメールを打ちながら図書室に向かった。



この学校の図書室はかなり広い。

地区一番の進学校ということもあり、公立高校でありながら所蔵冊数が地区の図書館以上に揃っているなど設備は充実している。

また、。オープンスペースには何十人も座れる机があり、さらに集中して勉強できるよう個別のブースも数多く用意されている。

絵麻はその個別のブースを使いたかったが、放課後に勉強する生徒に人気で今日はどこもいっぱいだった。



(仕方ない、今日はオープンスペースで勉強しようかな……あれ?)



絵麻は、オープンスペースの隅っこで見慣れた人物を発見した。

その女子生徒は、熱心に分厚い本を読みながらも難しい顔をして考え込んでいる。

絵麻が近づくと、その顔が上がり目と目が合った。



「おお、絵麻。君も勉強か?」

「そう、これから用事があるんだけど、それまで宿題でもやってようかと思って。秋良は塾の宿題とか?」

「いや、今度全国模試があるからな。家だと落ち着いて勉強できないから、最近は図書室でやってるんだ」

「毎回全国10位以内なのに、まだまだ勉強必要なの?」

「上を目指すのに限界なんてないんだよ」



口端を上げて秋良は答えた。

伊本秋良あきらは、絵麻が中学生からの時の友人である。

ショートカットで身長170cm、男言葉を好んで使い、生徒会副会長を務めており人望も厚い。

そのさばさばとした性格と見た目から、並みの男よりも男らしいと女生徒に絶大な人気を誇っている。

絵麻が一緒に勉強したりグチを言い合ったり出来る数少ない友人だ。



「最近はどうだ、仕事も順調か?野宮と鷹村も特に目立ったことはしていないようだから、問題ないとは思うが」

「この間、急な依頼に付き合わされたけどね。今日はこれから叔父さんの仕事があるのよ」

「相変わらず人気者だな。そうだ、うちの父も今度お願いしたいと言っていたぞ。あれは護衛というよりも、単に君と話がしたいだけだと思うけれどな」



ちなみに秋良は、絵麻が純と琥狼のボディーガードをしていることも知っている。

秋良も表立っては知られていないが、有名な政治家一家の娘だ。

絵麻は秋良の父親や兄姉のボディガードも依頼されたことがあるので、伊本家とは家族ぐるみで付き合いが深い。



「私が政治家になったら必ず絵麻を専属で雇ってやる。それまで頑張れ」

「…気持ちはすごくうれしいけど、それってかなり先の話だよね?その時はさすがにこんな仕事してないって」



嫌な顔をする絵麻に対して、天職だと思うけどなと肩をすくめながら、秋良は分厚い辞書をめくる。

絵麻も秋良の向かいの席に座り教科書を開くと、それからしばらく二人はそれぞれの作業に没頭した。




>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>




順調に宿題も終わり、秋良と別れて図書室を後にした絵麻は、そのまま裏門へと向かった。

あまり人目につかないよう、人が少ない校舎を歩きながら携帯電話で時間を確認する。



(叔父さんは17時には来るって言ってたから、今から行くとちょうどいいかな)



夏音にはメールもしたし、宿題は図書室で終わらせた。

あとは叔父の仕事が終わればひと安心だ。

本当は夜遅くから始まる会食に同席なのでこの時間に行かなくてもいいらしいのだが、着物に着替えるため余裕をもって準備するという。

着物だといざという時に動きにくいからなるべく避けたいが、依頼者の希望には応えなくてはいけない。

そろそろ叔父の車が見えるかもしれないと思い、絵麻は何となく裏門を見る。

すると、その目に思いもよらない光景が飛び込んできた。



黒ずくめの男3人に抱えられて、裏門から連れ去られる純の姿が。




「ちょ…!あのバカ……!!」



そう叫ぶと同時に、絵麻は猛スピードで走りだしていた。

窓からは裏門が見えるのに、校舎3階にいるためいちいち階段を降りるのがもどかしい。

3段飛ばしで一気に駆け降りると、1階の廊下である人物の姿を目の端にとらえた。



「琥狼!」



そこには、実験室から出てくる琥狼とその友人数人が歩いていた。

けだるそうにズボンのポケットに手を突っ込んで歩いていた琥狼は絵麻の声に気付くと、友人との会話を止めてそちらを見た。

普段なら決して学校では話しかけてこないはずなのに、しかも友人たちと一緒にいる琥狼に名前で呼びかけることなどないので、軽く目を見開いて訝しんでいるよ


うだ。



「どうした」

「純!やられた!あとよろしく!」



それだけ言うと、絵麻は校舎から飛び出していった。

残された琥狼は眼鏡の真ん中を中指で押さえながら、片眉を上げる。



「……あれって、うちのクラスの高津だよな」

「何で鷹村のこと名前で呼び捨てにしてるんだ?」

「つか、あいつ大声出すところなんて初めて見た…」

「でも言ってる意味全然分かんなくね?」



クラスメイトたちが呆気にとられている中、琥狼はひとり離れて携帯電話を取り出した



「……ああ。純が誘拐された。今、絵麻が追っている。後で連絡がくるだろうから迎えを寄越してやってくれ。…頼む」



それだけ告げると琥狼は電話を切り、何気ない顔でいまだ首を傾げている友人たちの元に戻る。

ひと言「気にするな」と言うと、用事があるから先に帰ると下駄箱に向かって歩いて行った。




(くそっ、間に合うか!?)


絵麻が裏門にたどり着き辺りを見回すと、道路の向こうに黒い車の小さな後姿が見えるだけだった。

ここからではもうナンバープレートも見えない。

裏門から出てすぐの道路には純のカバンと、散乱した教科書やノートが散らばっていた。

どうやら裏門を出て瞬間を見計らって、黒ずくめの男どもに捕まえられたようだ。

携帯電話もそこに落ちていたので、GPSで位置を特定することは出来ない。

絵麻は息を切らして額の汗を袖で拭った。



「ちょっと、何で学校でそんな簡単に攫われちゃうのよ…!自分の身ぐらい自分で守りなさいっつーの!」



今までの経験上、身代金や会社に対する交換要求だと考えられるため、きっとすぐに純の命をとることはないだろう。

しかし、それまでに取り返しのつかない大怪我を負わされるかもしれない。

今、絵麻が立っているのはちょうど裏門の真上――本当ならば学校の敷地から出たことであれば、自分の契約範囲外のことだ。

あとは純の父親に連絡をしてあちらで対応してもらえば済む。

先ほど琥狼に連絡をお願いしたから、すぐに警察や優秀なボディーガードたちが動くだろう。

でも。



「目の前で連れて行かれたら、さすがに気分悪いのよね……」



絵麻は車が去った方向を見据えながら、感情の読み取れない表情でペロリと唇を舐める。

その時、後ろから車のクラクションが鳴り響いた。

絵麻が振り向くと、そこには叔父のシルバーの車が止まっていた。



「お、時間通りに待っているなんて珍しいなぁ。明日は雪か?」

「おじさん!ちょっと乗せてって!」



絵麻は助手席のドアを開けて乗り込むと、スカートのポケットから携帯電話を取り出して何かを調べ始めた。

浩司はそんな絵麻の様子にただならぬものを感じて、そのまま車を走らせた。



「おい、どうした?」

「純が誘拐された」

「何だ、あいつまたか?本当に毎回懲りないやつだな」



浩司は大通りに向かってまっすぐに車を走らせながら言う。

絵麻はそれに答えず、相変わらず手元の携帯電話をいじっていた。



「で、お前は何やってるんだ?」

「GPSで位置を確認してるの」

「さっき裏門に、あいつの携帯落ちてなかったか?」

「携帯のじゃないわよ。これは指輪につけてる発信器から……あ、そのまま大通りまっすぐに行っていいから」



火曜日にパーティー会場へ行く車の中で、純がチェーンで首にかけている指輪を見せてもらった時。

会場で何かあったらと思い、純も内緒で小型発信器を指輪につけておいた。

純は監視されているのが嫌な性格なので、学校内や放課後はGPSをわざと切っていることが多い。

絵麻はそれを知っていたので、あえて本人には内緒にしておいたのだ。

パーティーの途中で、護衛対象が美女とどこかへ消えてしまっては困る――今までの経験から学んだことが、こんな時に役に立つなんて。



「現場には私ひとりで行くわ。叔父さんの依頼までにはちゃんと戻るから。あ、あと琥狼にも声かけといたから、後処理はしなくてもいいよ」

「はいはい、根回しのいいことで…俺が手伝ってやってもいいんだが、まあこんな誘拐の仕方する奴らなら、お前ひとりでも十分だな?」



浩司の何とも楽観的な発言に、絵麻は肩をすくめて答える。



「当たり前でしょ」



自分ひとりで解決して、それを恩に着せて臨時手当をふんだくろう。

そう意気込む絵麻を乗せた車は、まっすぐに純を追って郊外へと走って行った。


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