母と子(7)
「さて、これで次の話が出来ますね。」
「次の話?」
ファラが怪訝な表情を陛下に向けると同時、今度は私が陛下と目が合いました。
「あなた方を呼んだ理由はもう一つあるのです。ユナウさん。」
「は、はい!」
いったい何でしょうか。
ここまでの話は確かに私には関係ありませんでした。
私まで呼ばれたということは、私にも何か役目を与えようということでしょうか。
私に出来ることなんてあまり無いように思いますが。
「今回の件、貴女には幾度となく助けられました。貴女がいなければ、レクロリクス王家は何れ闇に葬られていたことでしょう。」
「そんな、私はそこまで大層なことは――」
「しかし、それは禁を犯してのこと。相応の罰を下さないわけにはいきません。」
陛下にお褒めいただいて私は一瞬気持ちが逸りました。
昂った気持ちは徐々に鎮静され、逆に冷めた空気が身を蝕みます。
「陛下それは……。」
「この国を救ってくれた貴女の行動には勿論感謝はしています。しかし、何事においても良い結末を迎えれば禁を破っても良いことにはなりません。」
「いや、でも母さん、それは――!!」
「陛下。」
「へ、陛下……ユナウの功績は、禁を破ったことも払拭するくらいのことだろ!今回は大目に見てくれよ!」
「良い結末を迎えたのは結果論でしかありません。今回の件を良しとしてしまえば、無茶無謀に禁を破る者が今後出て来てしまうかもしれません。」
「でも――!!」
執拗に食い下がってくれるファラに涙しそうになるも、私はぐっとこらえてファラを止めました。
「良いのファラ。私、罰を受けるよ。」
「良くねえよ!せっかく全部丸く収まってるのに、ユナウだけ……。こんなのあんまりだ。」
納得いかない様子のファラを何とか押さえ、私は再び陛下に頭を下げました。
「陛下、私は陛下の判断を受け入れます。」
納得いかない部分は私にももちろんあります。
けれど、陛下のお考えも理解出来ます。
それに陛下もこの判断を下さないといけないことに心を痛めておられるのはその口調や声のトーンから肌に感じます。
これ以上陛下を困らせてはいけない。
陛下にとってこれが示しを付けることになるのであれば――。
そう思えばこそ、私はどんな罰でも甘んじて受け入れます。
「すみません。」
「いいえ、陛下のお気持ちを尊重します。それで、罰と言うのは?」
禁足の森に幾度となく侵入し、卒業前に学院を抜け出し、法廷で場を混乱させてしまい、その規律を乱してしまった。
どんな罰が下されるのか、怖くて震えそうになります。
喉の奥に溜まった唾を飲み込んだのと同時に、陛下は仰りました。
「ファラを【下界側の公大使】としたように、貴女には【上界側の公大使】になってその務めを果たしてもらいます。」
陛下のご発言の意味を私は直ぐに理解が出来ませんでした。
もっと罰らしいものを想像していただけに唖然としてしまいます。
「ロースハイム家やエリメラ達はこれまでに多くの下界人を殺してきました。先の戦争でも死者こそ出ませんでしたが、上界側も下界側も多くの負傷者を抱えました。その者達を始め、上界にも、下界にも、双方ともに良く思わない者がまだまだ数多くいるでしょう。上界と下界が手を取り合い、助け合っていく為にも、あなた方二人にはその手本――懸け橋となって欲しいのです。」
陛下のお考えは分かりました。
でも、それって――。
「ええっと……それはつまり、ユナウも俺と同行したり、上界と下界を好きに行き来していいってことだよな?」
ファラの問いに、陛下は微笑んで頷かれました。
「い、いいんですか?それじゃあ罰にならないんじゃ……。」
「これはこの国千年の歴史を遡っても、まだ誰も担ったことのない役目です。その苦労、責任は誰にも計り知れないでしょう。罰と呼ぶには十分です。」
それは、罰という名の事実上は褒美でした。
ファラとずっと一緒にいられる。
上界でも、下界でも、何処までもファラと一緒に行けるということ。
「やったな、ユナウ!これでずっと一緒にいられる!」
「うん!うん……!!」
気づけば私は目に涙を浮かべて笑っていました。
ファラも満面の笑みで喜んでくれています。
「ありがとう、母さん!」
「ありがとう御座います、陛下!」
私とファラはお礼を述べると、深々と頭を下げました。
そんな私達を見て陛下は玉座から立ち上がり、段差を下りて私達の前まで歩み寄られました。
「さて、では行きましょうか。」
そう言って陛下は玉座の方を向かれました。
「行く?行くって何処に?」
ファラが小首を傾げるのも構わず陛下は再び段差を上がり、私達はその後ろをついて行きました。
玉座の後ろには通路があり、そこを下っていくと最奥に白い光が見えてきます。
更に進んで行くと光の正体が陽光であると分かり、私達は外へと出ました。
「ここって……。」
そこは見晴らしが良く、どこまでも続く青い空はもちろん、遠くの建物までよく見えます。
「うわっ、何だよこの人だかり!?一体何人いるんだ!?」
ファラの声に下を見てみると、そこにはどうしたことでしょう。
この国の人口の過半数は占めそうなくらい視界いっぱいに人々が私達を見上げ、騒いでいました。
「そっか、ここって啓示の間だ!でも、どうしてこんな沢山の人が……。」
「あ、あそこ!ガイラ達がいるぞ!」
ファラが指差した方に視線を送ると、確かにガイラさんとクリスちゃんの姿がありました。
「公爵様達も一緒だよ!」
「おいおい、あっちにはモルガフの爺さん達もいるぞ。」
上界の皆はもちろん、帰れずにいた下界の人達までいるとなると、下の広場にいるのは数百人どころではないのかもしれません。
「ここにいる皆には重大な公表をすると、あなた方とは別に招集を掛けていました。」
「いつの間に。」
「全然気づかなかった。」
私達が驚いて眺めるのを尻目に、陛下は前に出て大声で叫ばれました。
「皆の者よ、今ここに、上界と下界を繋ぐ懸け橋が生まれました。ファラ=レクロリクス、ユナウ・レスクレイズ=アルバートン、以上の二名をそれぞれ下界の公大使、上界の公大使として任命することをここに宣言します。彼等はその責を全うし、尽力することでしょう。ヘイルベンの民よ、下界の民よ、皆そのことを胸に刻み、ゆめゆめ忘れることなきよう努めなさい。」
陛下の宣言に、民衆は一瞬の沈黙の後、賛同の意として拍手の嵐でそれに応えました。
「凄い……。」
陛下のその堂々たる姿に、私は思わず見惚れてしまいました。
「さあ、次はあなた方が皆に応える番ですよ。」
そう言って陛下は後ろに下がり、私達の背中を押しました。
「ええっと……。」
応えるといってもどうすれば――。
陛下のように何か宣言すればいいのでしょうか。
でも、何を言ったらいいのか思いつきません。
「ユナウ。」
その声に横を向くと、笑顔で左手を差し出すファラがいました。
そっか――。
ファラの考えを察して私も気がつきました。
何かを言う必要なんてない。
言葉が無くても、こうするだけで皆にも私達の想いはきっと伝わる。
「ファラ!」
私は右手でファラの手を取り、そして一緒にその繋いだ手を天高く掲げました。
〝 これが、私(俺)達の想い――。 〟
同時にそう呟いた瞬間、さっきよりもずっと大きな拍手喝采と歓声が広場を包み込みました。
その拍手と歓声だけで皆にも届いたのだと確信できます。
「すべての上界人、下界人が、手を取り合うことに肯定的なわけではないでしょう。あなた方二人を待ち受けているのは、天災よりもどうにもならない困難ばかりかもしれません。ですが、少なくともここにいる民達は、私も含めてあなた方と同じ気持ちです。あなた方二人ならきっと素晴らしい未来を築ける、とそう信じていますよ。」
殿下の言葉に、私達は二人で頷きました。
「さあ、皆のものよ!お固い啓示はここまでです。遅ればせながら、これからは皆で派手に盛り上げて下さい!今日は〝千年祭〟です!」
陛下のその言葉に、待ってましたと言わんばかりに皆さん何処からともなくお酒や楽器を取り出し、飲んでは踊り出し、益々盛り上がりをみせました。
「俺達も行こう!」
「うん!」
ファラと私は広場に向かって駆け出しました。
公大使としての責――。
それは想像しているよりもずっと重いものかもしれない。
けれど、ガイラさんがいて、クリスちゃんがいて、陛下がいて、皆がいる。
そして何より、私の隣にはファラがいる。
何があっても大丈夫。
みんなと力を合わせれば、どんな苦難も乗り越えられる。
私はそう信じています。
そして、いつかきっとファラに応えたい――。
あの日、あの石室で、最後にファラが陛下から貰ったオルゴール。
その中に残されたファラのお父さまの言葉。
その日が来るまで、ファラのお父さまの期待に応えられるように、ファラにとってのその人で在り続けられるように、私は今の気持ちを大切にしようと思います。
ファラ、ようやくここまで来たんだね。
それならもう真実も知ったはずだ。
でも、ここがゴールじゃないよ。
むしろ真実を知った今が始まりなんだ。
レクロリクスの遺志は継いでもいいし、継がなくてもいい。
お前はお前がしたいようにしなさい。
誰かに縛られた人生ではなく、自分自身で人生を切り拓くんだ。
お前が自分で決めた道なら、遺志を継がなかったとしても誰も怒らない。
私も、母さんも、お前の幸せを一番に願っているよ。
最後に、願うことならいつか私達にお前の愛する人を紹介しておくれ。
お前はどんな人を好きになるんだろうね。
ファラが好きになって、ファラを好きになってくれた人だから、きっと世界で一番素敵な女性に違いないだろうね。
お前がその人を紹介してくれる日を〝ずっとずっと上〟で楽しみに待っているよ。




