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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(8)

「ファラ――‼」



 やっと追いつきました。視界にファラの姿を収めるや否や、目の周りがカッと熱くなるのを感じます。


 しかし、傍聴席がいくら騒がしくなろうとも彼はこちらに振り向きすらしませんでした。



「何事ですかな?」



 裁判官席から老齢の紳士の声が降り掛かり、私達の登場で浮足立っていた空気は一瞬にして元の緊迫感を取り戻しました。


「確か其方達は先程の……。」


「今年の最優秀淑女と紳士のお二人です。最優秀に選ばれた者として今回の件は知っておいた方が良いと思い、特別に私が呼びました。お伝えし忘れていて失礼いたしました、元老院長。」



 あのご老人――元老院といえば、公爵の天下り先である王家直属の組織だったはず。


 院長ということは、そのトップということでしょうか。

 となると、裁判官席にいるのは全員この国の重役ということ。


 それほどまでに、今のこの状況は国にとっても捨て置けない大事だということなのが分かります。



「静粛に!」



 王妃殿下の発言で再びざわつく傍聴席を鎮めるように、審問官はガベルを強く叩きました。



「尋問を再開します。」



 室内が静寂に包まれるのを確認すると、審問官はファラの方へと視線を落としました。



「先の証拠から被告人が下界人であることが証明されましたが、これについて被告人から何か異論はありますか?」



 通常の裁判とは異なり弁護人も検察もいないその異様な裁判に、これではファラの意見など聞く耳は持たれず、一方的に審判を下されるだけではないのか――。


 そういった心配ばかりが私の胸の内に靄として広がりました。



「いいや、俺が下界人なのは紛れもない事実だ。それに異論はない。」



 そのファラの発言に私は耳を疑いました。


 ファラには、下界に関わった者を悉く虐げるこの国の内情は散々話しました。


 国民が下界に触れるだけで《下界落ち》という惨い刑を受けるというのに、自ら下界人を名乗ったら一体どうなるか――。


 それはファラ自身も分かっているはずです。



 傍聴席に座る人々も私同様に、ファラの発言には一哀一憂せずにはいられない様子でした。



「静粛に!」



 先程よりも怒声に近い声で審問官が語気を強めると、皆明日は我が身と言わんばかりに口を閉じました。



「主教殿の提出された証拠および被告人の供述により、以後被告人は下界人であるとして話を進めることとする。」



 無表情で目に光の無い審問官の冷たい声色は、一言呟くごとに背筋が凍るように寒くなります。



「次に被告人に問う。其方の目的は何だ?どうやって【正義の門】を超えたのか、それも含めて答えよ。」



 審問官の問いに、ファラはピクリとも動かずこちらに背を向けたままでした。


 この先ファラがどう答えたとしても判決は既に決まっており、それが揺らぐことはないでしょう。


 加えてここまで勢いで来たものの、ここから私がどう動いたとしても判決を裏返す事は叶わない。


 だからこそ、私はその背中に向かって祈るしかありませんでした。



「目的?正義の門?何かよく分からないが、勘違いしているようだからはっきり言っておく。」



 ファラの言葉に審問官の眉が僅かにピクッと動いたものの、ファラは気にすることなく続けた。



「俺はただ上界に来たかっただけだ。ずっと憧れていたこの場所にな。ただそれだけだ。それに、俺はその正義の門?とやらから来たんじゃない。」



 ファラは審問官を半ば睨みつけるように見つめ、傍聴席にもはっきり聞こえるような声量で答えた。



「目的はないと申すか。しかし、【結びの階段】を登り、【正義の門】を超えたのでなければ、いったいどうやってここまで来たと?下界からここへ至るには他に方法はないはずですが。」



 二人の会話に、傍聴席は再びざわつき始めました。



 【結びの階段】――ファラから聞いた、上界と下界を繋ぐ塔のような螺旋階段。



 ファラから聞いて知っている私を除けば、上界の人間でその存在を知っているのは恐らく王家の人間とそれに近しい方々だけでしょう。


 正義の門にはこの国の法律上、憲兵の中でも決まった者しか近づくことは許されていません。


 あの門を潜った先に何があるのか、それは傍聴席にいる人達には知る由もありません。



「結びの階段は下界じゃ登ることが禁じられている。登ったきり一人も帰って来ないからな。無事に上界に辿り着いたのかどうか、登った者の生死が確認できない以上は危険だって、十年くらい前に立ち入りを禁じられた。」


「なら其方はどうやって……。」


「あるだろ、もう一つ。下界と上界を結ぶ〝へその緒〟が。」



 その単語を聞いた瞬間から審問官だけでなく、裁判官席に座っていた全員の顔が分かりやすく歪みました。



「まさか其方は……。」


「ああ、そのまさかだよ。俺はドウケツの塔、いや、あんた等からしたらドウケツの洞穴だったな。そこから登って来たんだよ。」



 ファラのその発言は、元々知っていた私とガイラさんを除くこの場にいた全ての人々を震撼させました。



「そんな馬鹿な……いや、其方を捕らえた場所を考えれば……いや、しかし――。」



 元老院長の含みのある呟きを始めとした裁判官席の様子から、その存在を半信半疑でしか知らなかった傍聴人達はもはや混乱に陥っていました。



「静粛になさい!」



 あわや騒ぎになるかといったところで主教様が声を上げられました。

 そのたった一言で、納得のいかない様子ながらも室内は何度目か、緊張感を取り戻しました。



「被告人、確かファラと言いましたか、世迷言を申すのはお止めなさい。陛下も御座せられるこの神聖な場で不敬ですよ。」



 この場を荒らすな――。



 そう睨みを利かせるように主教様はファラに恐ろしい形相を向けました。



「世迷言か。まあ、信じる、信じないはあんた等次第だ。だが、俺はドウケツの洞穴を登ってこの上界へ来た。それは嘘偽りない事実だ。」


「繰り言を申すでない!」



 血走った顔で激しく机上を叩く主教様の荒ぶる姿。


 こんな主教様は初めて見ました。

 いったい何にそこまで必死なのか。


 ドウケツの洞穴を昇って来たという信じ難い事実に対してなのか、それともその単語自体を連呼することに対してなのか。


 考えたところで分かりませんが、主教様の様子は荒唐無稽な発言に対する怒りというよりも、何処か焦っているように見えました。



「そうだな。あんた等が信じないなら、いつまで経っても話は平行線のままだ。」



 一方でファラは表情は見えないながらも、その背中と声色から一貫して落ち着いている様子でした。


 死刑は免れないであろうに、どうしてそこまで落ち着いていられるのか。

 それとも判決を覆せるだけの何かがあるのか。



 そう思った矢先のことでした――。



「もう良い。」



 その重々しい口がおもむろに開かれた途端、裁判官席も傍聴席も皆が口を一斉に閉じ、場がこれまでにない程の緊張と静寂に支配されました。



「汝の妄言は聞き飽きた。ニコラスよ、もう尋問は十分であろう。」



 陛下の御言葉に審問官はやや迷いながらもガベルを手にしました。



「そういえば、あんたが国王だったな。」



 まさに審問官がガベルを叩こうと振り上げた時でした。


 何を思ってか、ファラは審問官の左隣りに御座す国王陛下に向けて言の葉を投げました。


 それに対して陛下は何も言わず、ファラの方へ目線だけを向けられていました。



「陛下に向かって無礼ですよ。勝手な発言は控えるように。」



 流石の審問官もファラの口調には怒りを覚えたような表情を向けていました。


 ファラと陛下が互いに睨み合う中、ファラは審問官の制止を無視して再び口を開きました。



「俺は幼い頃からずっと上界を夢見てた。父さんが語ってくれていた上界を。」



 陛下の方に体を向けたことでここからでも僅かに見えるようになったファラの横顔は、それまでの様子とは一変して物悲しそうに見えました。



「父さんは出稼ぎで二年ごとにしか帰って来ないから、ほとんど家にいなかった。だから、小さい時の俺は父さんの土産話をいつも楽しみにしてた。その中でも上界の話には特に興味を惹かれたもんさ。父さんは上界に行ったことなんてない。勿論それは分かってた。けど、それでも俺には、まるで見てきたように話す父さんの話が好きだった。」



 前に湖で聞いたファラとファラのお父さまの話。


 唐突に語り出すファラに、傍聴席はいつの間にか彼の話に黙って耳を傾けていました。



「だけどある日、ドウケツの塔でボロボロで血まみれになった父さんの手帳を掃除屋の爺さんが持ってきたんだ。」



 実際には涙を見せてはいませんが、その表情と声色から私にはファラが心で泣いているように見えました。



「ドウケツの塔で見つかるのは〝上界からの落とし物〟だ。なのに、何故そこに父さんの手帳があったのか、俺には分からなかった。手帳の中身を見るまでは……。」


「そこまでです。其方の思い出話などこちらには聞く意味がありません。」



 審問官はガベルを二度叩きながら口を挟みました。



「それがあったから俺は、両手の指を犠牲にしてでも六年かけてあの塔を登ってここへ来たんだ。」


「まだ続けますか。憲兵!」



 気にせず話し続けるファラに、審問官は左右に待機していた憲兵さん達に口を塞ぐよう手振りしました。



「いいえ、良いではありませんか。」



 憲兵さん達がファラを取り押さえようと動き出したところで、それを制止するように更に口が挟まれました。



「王妃殿下。しかし……。」


「何を語ったところで彼の死刑は変わらない。そうでしょう?」


「それはそうですが――。」


「確かに貴方の不安は尤もです。そうですね……では、これからの彼の発言には私が責任を持ちましょう。万が一にも彼の発言でこの国に不利益が生じるようなことがあれば、それを許した私が全責任を負います。それなら良いでしょう?」



 王妃殿下がそう仰るのが意外だったのか、他の四人は驚いたような表情を見せていました。


 王妃殿下の目配せに審問官は頷きで返すと、皆の視線は再びファラに集まりました。



「そしてここへ辿り着いて直ぐ、俺は一人の女の子に出会った。」



 先程の裁判官席のやり取りをまるでなかったかのように、ファラは優しい声色で続けました。


「その女の子は塔を登り切って力果てた見ず知らずの俺を看病してくれた。何日もずっと、俺の素性を知った後も、バレたら自分の身が危ないのも分かった上で、それでも看病してくれたんだ。本当にありがとう。」



 ファラはずっと陛下達の方を向いてこちらには目線すら一切向けませんでしたが、それでも今の一言は私に向けて言ってくれたのだ、と胸が熱くなりました。



「彼女はいつも優しくて、笑っていて、ずっと一緒にいたいと思うほど話していて心地よかった。まさに父さんが話してくれた通りの上界人だった。」


「その女の子とは、いったい誰ですか?」


「父さんは、上界は国も人も豊かで思いやりがあって温かい所だって言ってた。だから彼女と会って、ここまで諦めずに昇ってきて良かったと心底思った。」


「こちらの問いには無視ですか……まあ、いいでしょう。」



 そのまま話し続けるファラに主教様は呆れた様子で頬杖をつかれましたが、その様子は次のファラの発言で一瞬にして吹き飛ぶこととなりました。



「だけど、俺は見たんだ。あの洞穴で、人が落とされるその様を。」



 その言葉を聞いた途端、裁判官席にいた全員の顔が再び歪みました。


 ただ一人、王妃殿下を除いて――。



「まだ思うように体が動かせなかった俺は、それをただ見ていることしか出来なかった。悔しかった。納得できなかった。だから聞いたんだ。彼女に。」



 ファラの顔は分かりやすく怒りを露わにしていましたが、それでも何処か悲しいようにも見えました。



「そこまでです。これ以上の発言は許しません。」



 審問官は焦ったように力強くガベルを叩きました。



「俺はその時彼女からこの国の内情を聞いた。父さんから聞いていたものとはまるで違ったこの国の内情を。その時の彼女の悲痛な声は今も耳に焼きついて離れない。」


「今すぐ発言を控えなさい!」



 審問官は立ち上がりガベルでファラを指しながら注意するも、ファラは一切気にせず続けました。



「あんた等は【下界落ち】に遭った人間がどんな状態で見つかるか知ってるのか!!」


「お黙りなさい!」



 憤った様子で裁判官席の五人を一人一人睨みつけるファラを、主教様が怒鳴りつけました。


 傍聴席は【下界落ち】という単語で皆動揺を隠せないといった様子でざわついています。



「あんたは確か、あの時主導してた――。」


「何を言っているのか分かりませんね。」


「そうかよ。でもな、俺は決めたんだ。」


「知りません。が、もう勝手はさせませんよ。憲兵!」



 今度は主教様の呼びかけで憲兵達が再びファラの元へその口を塞ぐべく駆け寄りました。



「彼女は死にかけの俺を救ってくれた。そんな彼女が泣きながら言ったんだ。【下界落ち】を止めたいって。」


「いい加減になさい!憲兵、早くその者の口を塞ぎなさい!」



 声を荒げる主教様に怯えるかのように、憲兵さん達は一斉にファラの手を、体を、そしてその口を拘束しました。



「なら今度は、俺が彼女の願いを叶える番だ!」



 首と体を振って何とか口だけでも開けると、ファラは広間全体に届かせるには十分すぎる声量で叫びました。



「どけよ!」



 ファラは力一杯繋がれた両腕を振って左右の憲兵二人のバランスを崩して倒すと、背後から羽交い絞めしているもう一人に右脇腹に向かって肘打ちを食らわせて拘束を解きました。



「何を手間取っているのですか!痛みで喋れなくさせるなり、気絶させるなり、さっさとなさい!」



 主教様の号令で憲兵達は腰に差した剣や持っていた槍を一斉にファラへと向けました。

 しかし、ファラはじりじりとにじり寄る憲兵達には目もくれず、繋がれて更に指のない手で必死に懐からあの手帳を取り出しました。



「あんた等なら《こいつ》の意味が分かるはずだ!」



 そう言って、ファラは僅かに残った左手指の第二関節で手帳を掴み、その最後のページを裁判官席に突きつけました。



「そ、その紋章は――!?い、いや、そんなはずは――!?」



 それを見た瞬間、真っ先に元老院長が目を見開いて声を上げました。


 元老院長だけではありません。

 主教様と審問官も絶句して立ち尽くし、王妃殿下は両手で口を塞ぎ、ここまで他と比べてそれほど表情の変わらなかった国王陛下ですら、その顔は驚きを露わにしていました。



「俺の名は、ファラ=レクロリクス!正真正銘〝レクロリクス王家〟の血を引く人間だ!」

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