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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(5)

 ガイラさんの言っていた通り腐食剤を垂らした部分がみるみる錆びて私の力でも簡単に蹴破ることが出来ました。


「憲兵さん達が森へ入ってから大分時間が経っています。本当に急がないと。」


 入った場所からして洞穴は北東にあるはずです。

 このまま一直線に向かうと道中で憲兵さん達に見つかってしまう可能性がありますから、多少時間が掛かっても一度北に上がって、西か北西側から洞穴を目指した方がいいでしょう。


「今行きます。それまで見つからないで、ファラ!」


 私は道なき道をひたすらに進んでいきました。


 枝が頬をかすろうと、草木に足が取られようと、スカートが引っ掛かって破けようとも、無我夢中で洞穴を目指しました。


 ようやく洞穴に辿り着いた時、不思議なことに憲兵さんの姿どころか、その気配すらありませんでした。


 時間にしても、距離にしても、憲兵さん達の方がとっくに到着しているはずです。

 しかし、怖いくらいに周囲は静寂に包まれていました。


「まさかファラはもう……。」


 不安が募る中、恐る恐るドウケツの洞穴へと足を踏み入れると、最奥のいつもの場所に彼が立っていました。


「ファラ!」


「ユナウ?ユナウか!?」


 その無事な姿を目にした瞬間、他に誰かいるかもしれないといった考えは頭から抜け落ち、私は大声で彼の名前を呼びながらその体を抱きしめました。


「良かった!本当に!」


「そんなに強く抱きしめられたら痛いよ、ユナウ。」


 ファラは目に涙を浮かべる私の頭を優しく撫でてくれました。

 その温かな手の感触を覚えると、やっぱりどこか安心します。


 私が落ち着きを取り戻したのが分かると、ファラはゆっくりと体を剥がすようにして後、私の目を見つめました。


「今ここに来たって事は、兵士達がここに来ているのは知ってるんだな?」


「はい。」



 目に溜まった雫を拭き取ると同時に気持ちを切り替え、私はファラを見つめ返しました。



「大勢の憲兵さん達と主教様がファラのことを探しています。」


「なるほど。さっき来た連中は国のお抱えってことか。」


「やっぱり既に此処に来ていたんですね。それなら尚更無事で良かったです。」


「運が良かっただけだ。湖から帰って来たら、鎧を身に纏った連中が大勢でここに入っていくのが見えたから、茂みに隠れて様子を窺ってたんだ。」



 その場にいなかったことで難を逃れた。


 それを知って安堵しますが、一見冷静そうに話すファラの顔は険しくなっていました。



「見つからなかったのは良かったが、この場所を見られたのはまずかったな。」



 ファラの向けた視線を追うと、そこには私がこれまでに持ってきた衣類や食糧、日用品が荒らされたように散乱していました。



「これは……。」


「岩陰に隠してたんだけどな。」


「生活感満載ですね。」



 二人で溜息を突きながらも、見つかってしまったものは仕方がないと直ぐに気持ちを切り替えます。



「主教様達は湖に?」


「分からないが、まだ周辺にはいるだろうな。」


 ここにある物証から誰かがいることは主教様達も確信したはず。

 あれ程の憲兵を派遣したとなれば、見つけるまで捜索を続けるのは必至でしょう。



 となれば――。



「とにかくここを離れよう。行く当てはないが、取りあえず森の中で憲兵達をやり過ごすしかない。」


「そうですね。」


 そう互いに頷いた時でした。

 僅かながらに複数の足音が入口の方から反響してきました。


「やばい、こっちだ!」


 小声で叫ぶファラの声が聞こえたかと思えばされるがままに腕を引っ張られ、気がつけば半ば抱えられるようにファラと一緒に岩陰に隠れていました。


「やつら戻って来たのか。」


「そんな、どうして!?」


 そんなことを考える間もなく大穴の反対側まで既に憲兵さん達が押し寄せていました。


「もう一度よく探すのです。ここが一番臭いますから。」


「はっ!」



 確認は出来ませんが、主教様の先導の声に憲兵さん達が穴の手前側を捜索し始めたようでした。


 このままでは見つかるのも時間の問題です。

 最奥のこの場所では逃げる場所がありません。

 何かで気を引いた隙に逃げるにしても、主教様達の真横を通り過ぎなければ外には出られません。



 いったいどうしたら――。



「そう遠くには逃げていないはずです!何としても見つけ出しなさい!見つからなければここにいる全員下界落ちさせますよ!」


 主教様の怒号が洞穴中に反響しました。


 早く何とかしなければ――。

 そうは思うものの、この状況では流石に何も思いつきません。


 隠れ続けるのは無理。

 逃げ出すのも無理となれば、もう成す術がありません。



「何をもたもたしているのです!この穴の奥も探しなさい!あそこが一番怪しいのですよ!」



 主教様の声により、焦ったように鎧の擦れる足音がとうとうこちらにも迫ってきました。


「ファラ……。」


 祈るようにファラの手をぎゅっと握り顔を向けると、優しい笑みを浮かべたファラの顔がすぐそこにありました。



「えっ?」



 ファラはその指の無い両手で私の手を包むように握り返しました。


 そして、私の耳に顔を近づけてそっと口にしたんです。



「約束だ。君は絶対無事に帰ってくれ。」



 私は訳も分からずただ目に涙を浮かべていました。

 その瞼に溜まった雫をファラはそっと手で拭き取ると、ニカッと満面の笑みを向けました。



「君に会えて良かった。ここでお別れだ。」



 その意味を私が理解するよりも前に、ファラは岩陰から飛び出していってしまいました。



「い、いたぞ!」



 一人の憲兵の声に全員が反応し、視線がファラに集まった。


 ファラはそのまま穴の横を走り抜け、憲兵を躱して入口の方へ駆けていく――。



「逃がすな!」



 ランタンがあるとはいえ、この暗がりでは鎧で動きの鈍い兵士より目が慣れていて身軽なこちらに分がある。


 ファラは次から次へと隙間を縫って憲兵達を背にしていったが、それも限界が訪れる。


 あまりにも多すぎる憲兵達に入口を完全に塞がれ、ファラは足を止めてしまった。

 その瞬間後ろから強い衝撃を頭にくらい、抵抗する間もなくファラの意識はそこで途絶えた。



「捕縛しました!」



 背後から聞きたくなかった言葉が反響してきます。


 胸の奥がいろんな感情でぐちゃぐちゃになっていて、私には何が何だか分かりませんでした。


 状況が呑み込めず、混乱するばかりで体が動きません。



「さあ、すぐに城へ戻りますよ。この者には聞かなければならないことが山程ありますから。」



 主教様の声が冷たく胸に突き刺さります。



 ファラが捕まってしまった。

 早く助けないと――。



 そう思い至るも、立ち上がろうとした瞬間に、飛び出す直前のファラの顔が浮かびました。


 あの優しくも悲しそうな笑顔。


 あれは覚悟を決めた笑みでした。あのまま二人で隠れていたとしても、いずれ見つかって二人とも捕まるだけ。


 きっとファラは、私だけでも見つからないように自らを犠牲にして捕まりにいったんです。



「ファラ……。」



 今ここで私が出ていったところでファラを助けることは出来ません。

 それで私まで捕まったら、ファラの想いを無駄にすることになってしまいます。



 未だ手に残るファラの手の感触と熱を感じながら、私は暫くの間音も出さずただ泣いていました。



 主教様と憲兵さん達が洞穴から出ていって暫く経った後、私はようやく決心して立ち上がりました。



「助けなきゃ。」



 私の安全を第一に考えて動いたファラの想いを汲むのであれば、私はもうこの件に関わるべきではないのだと思います。


 けれど、このままファラが尋問されて下界落ちや死刑になるのをただ見ているだけだなんて、私には出来ません。



「待ってて下さい。必ず助けに行きます!」



 道中、喉に血の味がするのを感じながらも足を止めることなく、私は来た道を真っ直ぐ全速力で戻りました。

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