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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(6)

「ユナウさん!」


「ガイラさん、助けて下さい!」


 息も絶え絶えになりながら、フェンスのそばで待ってくれていたガイラさんの胸に飛び込みました。


「落ち着いて下さい。少し前に違法者を捕まえたと、マザー・エリメラと憲兵達が学院を出ていきました。いったい森で何が?」



 表には出さないものの、その語気からガイラさんも内心慌てているのが見て取れました。



「ファラが主教様達に捕まってしまいました!早く助けに行かないと!」


「間に合わなかったのですね。しかし、どうやって助けたものか……。」



 流石のガイラさんも今回ばかりは悩んでいるようでした。



「まず彼が何処に連れていかれたのか、そこから考えなければ……。」


「あっ、それならお城に連れていくと主教様が仰っていました。」


「城、ですか。確かに、城には罪人を捕らえておく地下牢があったはず。しかし、そうなるとかなり厄介ですね。」


「そう……ですよね。」


 お城には幼い頃に行ったきりなので記憶が曖昧ですが、門番の方が待機しているはずです。

 まさか堂々とファラを助けに来た、と表から入る訳にもいきません。


 侵入するにしても通常より警備が厳重になっているでしょうし、そもそもまずはどうやって学院から出るかを考えないといけません。



「ユナウさん。一つ、貴女の口から聞いておきたいことがあります。」



 唐突に改まるガイラさんに、私は何事かと小首を傾げました。



「貴女は何故そこまでしてあの青年を助けたいのですか?」


「それはどういう……?」



 予想だにしない質問に、私は益々首を傾げました。



「大事なことです。答えて下さい。」



 確かに、言葉通りガイラさんの顔は真剣そのものでした。



「私は――。」



 初めてファラと会った時、倒れていた彼を見て助けたいと思いました。


 あの時は何も出来ない自分が嫌で、ただ必死で助けたいと思いました。


 今も助けたいという気持ちは同じです。

 でも、今感じている〝助けたい〟は、あの時とは少し違います。


「最初の内はただ物珍しさみたいなもので惹かれていただけだと思います。ファラは六年も掛けて下界からここまで登ってきました。両手足の指や視力を失ってまでしてここまで登って来たんです。どうしてそこまで……って、興味本位で彼のことが気になっていました。」


 心の底からの気持ちを話すのに、普通なら恥ずかしくて言葉が詰まりそうなものですが、すらすらと言葉が出てくるのは聞いてくれているのがガイラさんだからなのだと思います。



 相槌で頷きながら、ガイラさんはじっと聞いてくれていました。



「ですが、ファラと過ごすにつれて、もっと話したい、ファラのことをもっと知りたい、もっと一緒にいたい、そういった気持ちが強くなっていって……。」



 自分の口でそこまで話して、私は改めて気づかされました。



 自分の本当の気持ちに――。



 ガイラさんにはそのことで迷惑を掛けてしまいました。

 でも、ガイラさんがあの日告白してくれたから、ガイラさんが私に考える時間をくれたから、私は今自分の気持ちがはっきりと分かる。



 だから、それに気づかせてくれたガイラさんにはきちんと伝えなくてはいけません。



「私はファラのことが好きです。」



 その言葉を聞いた時のガイラさんの顔を私はきっと忘れないと思います。



 自分を振った相手が堂々と他の男性のことを好きだと宣言した――。



 そんな状況でそんな表情ができるなんて、本当に心から尊敬します。



「分かりました。」



 ガイラさんには似合わない無邪気とさえ取れそうな、その心から祝福するような爽やかな笑顔に、私は罪悪感を覚えながらもそれを尊いと思ってしまいました。



「正門へ向かいましょう。彼を助けに行きます。」



 私が頷くのを見るや、ガイラさんは走り出しました。



「でも、どうやって学院から出れば……。」



 西区を抜けて中央棟の前まで戻ってきたところで、呼吸を整えるために私達は足を止めました。


「時間がありません。強行突破しましょう。」


「えっと……大丈夫でしょうか?」


 まさかガイラさんの口から強行突破なんて言葉が出るとは思っても見なかったので、失礼にも心配してしまいました。


「難しいでしょうが、やるしかありません。彼が連れていかれてから大分経っています。彼の素性からして即死刑になってもおかしくはありません。今は策を練っている時間が惜しい。」


 ガイラさんの言うことは尤もです。

 捕まっている以上、ファラはいつ殺されてもおかしくありません。


 となれば、手をこまねいている暇などありません。


「ここからは歩いて行きましょう。不審がられないように極力自然体でいて下さい。」


 ガイラさんに言われた通り歩いて正門へと近づいて行きます。


 外壁は高く分厚いため、乗り越えたり、掘ったりすることは出来ません。

 なので、学院から出るには唯一の出入口である正門から堂々と出るしかありません。


「君達、止まりなさい!」


 門前まで辿り着くと、当然ながら守衛さんに止められました。


 左右に一人ずつ計二人。

 門自体は全開になっている為、この二人さえ躱すことが出来れば外に出られます。


「すみません。先程大勢の憲兵がこちらから出ていったのを見かけたもので、何かあったのかと気になったもので。」


 あくまで自然体で当たり障りのないことから話し始めて隙を窺う――。


 その処世術には、後ろから見ていて思わず感心してしまいます。


「いいから止まりなさい!」


 話しながら少しずつ歩み寄るガイラさんに、守衛さんは語気を強めて怒鳴りました。


「し、失礼しました。」


 腰の警棒に手を掛ける様を見て流石にまずいと思ったのでしょう。

 ガイラさんは足を止めて静止しました。


「ここにはいかなる理由があっても学生は近づいてはならないと決まっている。明日卒業する生徒、それも最優秀の君達が知らないはずはないだろう。」


 他の守衛さんなら緩い方もいらっしゃるのですが、門番ともなると然うは問屋が卸さないようです。


「申し訳御座いません。しかし、次期公爵の身としては何か大事ならば捨てては置けないのです。」


 自身の肩書きを利用して食い下がるガイラさん。


 私も何か力になれないかと考えますが、今無暗に口を挟んでも余計にこちらが不利になるだけです。


 今は黙ってガイラさんを信じるしかありません。


「なるほど。ご事情は理解した。」


「では――」


「駄目だ!」


 一言目に期待して再び近づこうとした途端、二言目でそれはぬか喜びに終わりました。


「何故ですか!?」


「先程申し上げた筈だ。ここにはいかなる理由があろうと学生である以上近づくことは許されん。何があったかは明日卒業して外に出れば分かる事だろう。」


「しかし、それでは間に合わ――!?」


 ガイラさんには珍しく気が逸ってしまったのか、慌てて口を塞いだものの既にそれは取り返しのつかないミスでした。


「間に合わない?いったい何に間に合わないと言うんだ?」


「い、いえ。それは……。」



 明らかに追い込まれている――。



 ガイラさんは口をへの字に曲げながら歯をギリギリさせていました。



「あ、あの!」



 この逼迫した状況を何とかしなければ、と取り敢えず声を出してみましたが、ここからどうするか何も思いつきません。



「何だ?」



 守衛さんがいよいよ警棒を手にしてしまいました。

 一応ガイラさんの方を見ますが、どうする事も出来ないといった様子でした。


 もう隙を窺うのは無理があります。

 となれば、一か八か、強引にでも正面から本当の意味で強行突破するしかありません。



 そう思った時でした――。



『大変よ!あっちで学生達が外壁を登ろうとしているわ!その数五十!』



 東の方から女学生の叫ぶ声が聞こえてきました。


「ご、五十だと!?いったい何が……!?」


 姿は見えないまでも正に切羽詰まったと言わんばかりの大声に、守衛さん達は戸惑っているようでした。



『急いで!今にも超えられそうなの!私ひとりじゃとても押さえられないわ!早く!』



 間違いなく嘘であろう内容なのに、さも本当なのだろうと思ってしまう程にその声は迫真の演技でした。



「ど、どうする!?」



 ハッと我に返ってみれば、先程までの緊迫した状況は一変していました。

 守衛さん達は明らかに動揺しており、突破するなら正に絶好のチャンスです。


「とりあえず門を閉めて急行するぞ!」



 そう言って守衛さん達が門の方へ向いた時でした――。



「許せ。」



 私達に背を向けたその隙をガイラさんは見逃しませんでした。



「き、貴様!何をしている――!?」



 片方の首を後ろから手刀で叩くガイラさんにもう片方が怒号を上げますが、すぐさまガイラさんはこちらに向き直るその一瞬の隙をついて、もう一人の守衛さんも手刀でその意識を刈り取りました。



「ユナウさん!」



 見事な立ち回りに見惚れる暇もなく、私も走り出しました。



「す、すごいですね……。」


「紳士たる者、武芸にもその心を持つべし、と幼い頃から鍛えていましたから。このくらいは。」


「でも、手刀では人って気絶させられないって聞いた覚えが……。」


「確かに難しいですが、コツさえつかめば誰でも出来ます。」



 まさか武芸にも精通していらっしゃるなんて、こんな時にガイラさんの新たな一面を目にしてしまうとは思いもしませんでした。



「ガイラさんって出来ないことないんじゃ……。」


「そんなことはありません。実際、貴女の心を射止めることは出来ませんでしたから。」



 今の手刀の件もそうですが、こういうことをさらっと言ってのけるのがこの人の凄いところです。

 逆に、私の方が恥ずかしくなってしまいます。



「それにしても、さっきのはいったい誰が?明らかに私達に向けて助け舟を出してくれていたようですが……。」



 そうでした。

 ガイラさんの手際の良さに思わず忘れてしまいそうでした。



 何故か私達を助けてくれたあの声は――。



「…………まさか、ね。」



 その声を聞き間違えるはずなんてない。

 なのに、この時私はそれを信じきれずに聞き間違えだと思い込んでしまいました。

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