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7.私はお姉さん?

 どのくらいの時間が経過したのだろうか。俺は意識を取り戻した。


 薄暗い灰色の天井が目に入った。

 

 海で溺れたはずだが、体は濡れていないみたいだ。俺は救助されたのか。そして、マリは無事なのだろうか。


 俺は立ち上がり、ぼんやりとした霧を振り払うように、頭を振る。そして、状況を把握しようと辺りを見回した。


 教室の半分ほどの大きさの部屋には、跳び箱や、マット、各種ボールが入ったバケットなどの体育の授業で使う器具が散らばっていた。


 俺は躓かないように、それらをまたいで、倉庫から出る。


 そこは、広い体育館だった。

 でも、天井や壁はあちらこちらで破損しており、今は夕方なのだろう。

 夕焼けの光が漏れていて、館内を黄昏色に染めていた。


 床には、天井や床から散らばったであろう、瓦礫が散乱していた。


 避難所かと思ったが、俺以外にまったく人気がない。それ以前に、ここは一体どこなんだ。


 不安を解消しようと、俺はがむしゃらに走りだす。体育館から出ると、そこは小高い丘の上で、夕焼けに染まる街の景色が一望できた。


 けれど、その光景は、俺の見覚えのある街並みではなかった。


 激しい地震が起きたかのように、あちこち荒廃してており、車も一切走っていないようだった。


 かつてはそれなりの都市だったようだが、俺が見る限りでは、街全体が廃墟になっている。


 荒廃した街並みの向こうには、海が見える。

 けれど、いくら記憶をたどっても、この景色に見覚えがない。


 振り返ると、今出てきた体育館の後ろに、3階建ての大きな校舎が見えた。


 ガラスは割れて、建物はあちこち崩れており、当然ながら、ひっそりとしていて授業をしている気配はない。


 しかし、現状を把握する、なにか手掛かりになる資料はないかと思い、俺は校舎に入ることにした。


 水平線に太陽が沈み始めていた。夜になり、真っ暗になるまでに、安全な場所に移動したい。


 校舎の入り口に入ると、ふと視界の端で人影が動いた予感がして、振り返った。


 そこには、身長ほどの大きな姿見が備え付けられていた。


 服装チェックのためだろうか。

 その鏡には、俺の姿が映っている、はずだった。


「マリ?」


 姿見に映っていたのは、制服姿のマリだった。

 こちらを見つめてぽかんとしている。

 俺は、右手の平を頬にあてる。鏡の中のマリもまったく同じ動作をした。

 それで、やっと現状を理解した。

 

「俺が、マリになってる」


 つぶやいてから、俺は万里夫の言葉を思い出していた。人の魂を食べ、意識を読み込んでしまう、マリというアンドロイドのことを。


 俺は海でおぼれて死ぬはずだった。救助も絶望的で、体が重たくて泳ぐことのできないマリは、俺を助けようと、最後の手段を使った。


 それは、俺の、深山真理の心を、マリの中に保存することだったのか。


 俺は鏡に向かって、深く頭を下げて、先へと進んでいった。


 でも、いったいあれからどれくらいの時間が経過しているのだろう。街の荒廃ぶりを見ると、かなりの時間が経過しているように思える。


 教室へ入ってみたら、机が整然と並んでいた。俺は、そのことに違和感を感じた。まるで、つい最近だれかが整列させたような印象を受けたのだ。


 もし予想通りであれば、誰かいるかもしれない。


 俺は1階から3階まで、すべての入れる教室や部屋を探し回った。そして、最後に残った、校舎の屋上へと続く階段をゆっくりと上り、ドアを開けた。


 夕日がまぶしくて、俺は思わず目を細めた。黄昏の中に、白のワンピースを着た女の子が立っていた。


「だれ…?」


 すこしおどろいたような、女の子の声がした。

 その人は、壊れかけた屋上の柵に片手をのせ、俺を見つめながら、つぶやいた。


「お姉ちゃん…?」


「えっ…」


 俺は、その女の子にじっと見つめられて、戸惑った。

 まず、俺は男性だ。おっさんと間違われることはあるが、お姉ちゃんはないだろう。


 でも、今はマリの姿だということを思い出した。


「生きてたんだ!」



 女の子は俺の胸に飛び込んできた。どう反応してよいかわからず、俺の両手は宙をさまよっていた。


「あの、ちょっと…」


「天の裁きで死んだと思って…、ほんとに、よかった」


 中学生くらいに見える女の子は、俺を見つめて目を潤ませた。

 そして、胸に顔をうずめている。


 どうやら、この子のお姉ちゃんは死んだらしい。


 だとしたら、マリとこの子のお姉ちゃんはそっくりなのだろうか。

 少なくとも、この女の子とは似ていないようだが。


 あと、”天の裁き”ってなんだろう。


「家に帰ろう!」


 女の子は大喜びで、俺の手を引っ張った。


 俺は手を引かれながら、本当のことを、俺はあんたのお姉ちゃんではないんだ、ということを伝えるべきかどうか迷った。


 でも、ここで伝えると、家に連れて行ってもらえないかもしれない。

 人に会うことは、現状を把握するために絶対に必要だ。


──それに、勘違いとはいえ、喜んでいる女の子に水を差すのも悪かった。


 俺は、ぎこちない笑顔を作って、女の子のされるがままに、家まで付いていくことにした。


 山間にある女の子の町まで、歩いて1時間ほどだった。


 歩きながら、俺はこの世界について女の子に質問した。

 女の子は、「そんなことも知らないの?」と怪訝そうな顔をしたが、記憶喪失ということで押し通した。


 この世界は、天空にいる“かみ“により支配されている。


 300年前に、“かみ“は地球上に増えすぎた人間を地上から天国へ導き、そして、地上の管理のために必要な、わずかな人を地上に残した。


 地上の人間は、“かみ“への貢ぎ物するために働かなければならない。そのかわりに、“かみ“による絶対的な保護管理を享受することができる。


 “かみ“に逆らったり、抵抗したりすると、天から光の矢が降ってきて、速やかに殺される。それが”天の裁き”。


 だけど、何もしないのに、気まぐれに殺すこともある。もしかしたら、人の理解が及ばない理由があるのかもしれない。


 女の子のお父さんも、お姉さんも、逆らったり、抵抗もしてないのに、天の矢に貫かれて死んだという。


「どう、思い出した?」


 女の子は期待に満ちた表情で、俺を見る。

 

 その話が本当だとしたら、俺はマリのなかで、すくなくとも300年の間眠っていたことになる。

 だって俺の世界には、まだ“かみ“なんていなかったのだから。


「うん、だいたい」


 俺は戸惑いながらも、なんとか返事をする。

 そもそも、思い出すべき記憶がない。俺は愛想笑いでかわそうとしたが、


「じゃ、問題です!」


女の子は人差し指を立てて、俺に迫ってきた。そして、女の子は自身を指さして、


「私の名前を教えてください!」


「…花子?」


俺はあてずっぽうで答えてみたが、当たるわけもなく、


「知美だよ、思い出してね!」


知美は、うれしそうに俺の頭をたたいたのだった。


(続く)

ブックマークしてくださった方ありがとうございます。とても励みになります。

明日も、午後7時に投稿予定です。

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