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2.女の子を連れて

 俺は振り返るとしゃがみこんで、女の子の顔を覗き込んだ。

 先ほどと表情は変わらない。相変わらず、目はどこを見ているのかわからない。

 だけど、瞳は確かに涙で濡れていた。

 このまま放っておけば、遠からずエネルギーが切れて活動を停止するだろう。


 俺は、なんとなくこの女の子と、社会から捨てられた自分を重ねてしまっていた。だから、なんとかしようと思った。


 背中に女の子を背負ってみる。女の子とはいえ、アンドロイドである。かなり重たい。

 そして、乱れた長い髪が俺の顔にかかり、ふんわりと生ごみの香りを漂わせた。


 一度路地裏に入り、破れた服を着替えさせた。女装オ〇ニーが趣味の俺は、女物の服はたくさん持っていたけれど、今はこの制服しかもっていなかった。見た目は、高校生くらいの女の子に見えたから、まあ不自然ではないだろう。

 

 着せてみると、素材がいいのか、かなりの美人女子高生ができあがった。もっとも、ぼさぼさの髪と、顔と体中の傷口から機械部分が露出して、痛々しかった。


 駅前からタクシーに乗る。とりあえず落ち着きたかった俺は、まだ日は高いが、ホテルへ直行することにした。女の子と泊れて、目立たない場所にある、安いホテルといえば、ラブホテルしか思いつかなかった。


 運転手は気を聞かせてくれたのか、1時間ほど車を走らせた片田舎のラブホテルの前に停車した。

 俺は女の子を抱えるようにしてタクシーを下車して、ホテルに入る。

 そのラブホテルの受付は無人で、俺にとっては気楽であった。

 

 指定された部屋をカードキーで開けて、荷物を床へ、女の子をベッドに横たえて、俺は大きく背伸びをした。

 あいかわらず、女の子は目を開いたまま天井を見つめいている。ピクリとも動かない。


 アンドロイドの修理を請け負っているところをいくつかスマートホンで検索してピックアップした。

 

 俺は自身の腕時計を見た。まだ10時ちょっと過ぎである。手遅れになる前に、この女の子を修理にださなければと思う。

 だけど、その前に体を洗って、ゴミの臭いや、体の汚れをとってやらなければ、お店に持っていけない。


 俺は女の子の制服を脱がせた。破れかけのブラジャーとショーツがあらわになる。胸はそれなりに大きく作られていて、ブラジャーの中をしっかりと満たしていた。そして、手を震わせながら、それを外した。


 お風呂場で全裸の女の子を座らせる。俺は皮膚組織を傷つけないように、備品のスポンジでそっと撫でるように体をこすった。皮下からのぞいている機械部分に水が入らないように注意しながら。

 そして、ぼさぼさの髪を洗ってやり、きちんとトリートメントもしてあげた。


 フロントに注文して取り寄せた下着類を着せて、改めて制服を着せる。まだ傷は痛々しいけれど、見違えるようにかわいい女の子がそこに立っていた。だけど、マネキン人形のように、微動だにせず、ただ虚空を見つめている。


 俺は女の子を連れて、またタクシーを呼び、さっきピックアップしておいた、アンドロイドの修理できるお店を回った。

 

 1件目は業界大手のチェーン店である。店員は、女の子を見るなり、「買い換えた方が安くつきますよ」と、新品のアンドロイドを勧めてきた。ショールームでポーズを決めて並んでいる笑顔の女の子の足元に、2,500,000円の値札が下がっていた。

 

「この子とは、思い出があるから、この子じゃないとだめなんだ」


 と、直して欲しい俺は方便を言ってみたものの、店員にとっては想定の範囲なのだろう、


「もちろん、新品のアンドロイドへ記録も移行できます。新しい体のほうが喜ばれますよ、だからぜひ」


 俺はその店を後にした。他の店を数件回ったけれど、同じような返答が返ってきた。

 

 俺はアンドロイドに詳しくないのでよくわからないが、この女の子はかなりの旧型らしく、修理する部品を取り寄せるのが大変なのだと口をそろえて言っていた。


 エネルギーだけでも補充してくれないか頼んだが、部品が破損している状態で補充すると、爆発の危険があるからできない。お困りなら引き取ります。処分料金10万円を、と言われた。


 修理する部品もなく、エネルギーも補充できないのであれば、ただの重たいマネキン人形である。

 俺は、処分するしかないかとおもいつつ、ピックアップしておいた最後のお店へと足を向けた。


 そこは、大手のチェーンではなく、店主が趣味でやっているような、こじんまりとしたお店だった。

 なんでここを選んだかというと、「どんなアンドロイドでも必ず直して見せます!」という、HPのよくある宣伝広告につられたからだった。


 ガラス戸を開けると、店内は薄暗く、そして年代ものらしきアンドロイドが店内を埋めつくしていた。

 動かないでいると、なんだか不気味である。


 俺は女の子を椅子に座らせて、しばらく店内をうろついていた。


「いらっしゃい」


 アンドロイドの足の間から、店主らしき人が、ヌッと顔をのぞかせた。


「あ、あの…」


 ただでさえコミュ障な俺は、突然のことで、よけいにしどろもどろになる。


「あの子を直してほしいのか?」


 店主は親指で、入り口に座らせている女の子を指さした。俺は店主の気さくな笑顔につられるようにただ、首を上下させた。

 帽子をかぶり、鼻の下にはひげをたくわえて、作業用のつなぎを着たその姿は、子供の頃夢中になったゲームのキャラクターにそっくりで、なんとなく親しみを持てた。

 なので、俺は彼を心の中でマリオと呼ぶことにした。

 

 マリオは、俺がうなずいたのを確認してにやりと笑い、俺の前に人差し指を突き立てた。


「100万円、ですか」


 それなら余裕でなんとかなる、と俺が思った矢先、マリオは首を振った。


「1000万円だ」


 俺は一瞬でも、マリオに親しみを持ったことを後悔した。


「どうする、この女の子はもうそろそろ手遅れになるよ」


 マリオは試すように俺をじろりと見た。


「それとも、お金がないのか。ならあきらめるんだな」


 マリオは店の奥へ戻ろうと背中を向ける。

 俺は、女の子を見た。瞳がこちらを向いている。


──もういいよ、ありがとう…。最後に優しくしてもらえて、うれしかった。


 女の子の心の声が聞こえたような気がした。

 拾った女の子に、1000万円も出すなんて、両親が聞いたら、ありえないと怒られるだろう。自分でもおかしいと思う。

 だけど、俺はそうしたかった。今までの人生、周りに気を使ってばかりで、本当に自分の意志で決断したことなんてなかった。だから後悔ばかりしてきた。

 だから、いま。

 俺は、マリオに向かって、今まで出したこともない大声で注文していた。


「この女の子を直してくれ! お金なら、…ある」


俺は預金通帳をマリオに突き付けた。


(続く)

次は本日の19時に投稿します。

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