3.彼女の秘密
マリオは俺から通帳を取り上げて、それをしげしげと眺めてから、俺に放り返した。
「おい、100万とちょっとしかないぞ」
「えっ…、おかしいな」
俺はマリオから返された通帳を覗き込む。たしかに、残高は105万円ほどしかない。
ふと、俺は思い出す。数年前に、株で暮らすんだとかいって、1000万円をとある婦人服メーカーの株にぶちこんで盛大に爆死したのだった。
電子データでのやり取りでしかなかったから、お金を失ったという実感がなくて、すっかり忘れていたのだった。
「まあ、方法は、なくはない」
「なんかあるんですか?」
「その女の子を担保に差し出すなら、ニコニコ万里夫ローンというプランはある」
「担保…」
「頭金は100万円で、月々の返済はきっかり一万円。でも支払いが滞ったら、その女の子は俺がもらい受ける」
月々1万円なら、無理なく返済できるだろうと思った俺は、契約書にサインしていた。
「よし、契約成立だな。頭金100万は女の子と引き換えな。約束の時間までに代金を払いにこなかったら、この女の子は俺がもらうぜ」
するとマリオは、女の子を肩で担いで、店の奥へと歩いていこうとした。
俺は、なんとなくついていこうとしたが、マリオに止められた。
「おっと、ここから先は企業秘密の塊でね。取材許可はできない。一週間後のこの時間に、また来てくれな」
俺はリュックから、女の子が着ていた、破れてしまっているどこかの高校の制服をマリオに手渡した。
「これも、その女の子の一部かもしれないから」
マリオそれを受け取ると、ふと思い出したような顔をして、
「そういや、名前を聞いていなかったな」
「深山真理 といいます。あなたは?」
「見たらわかるだろ、万里夫だよ!」
とガハハと笑い、店の奥の作業場へ去っていった。
店に取り残された俺は、しばらくしてから、外へ出た。
”万里夫 人形店”
見上げると、古ぼけた店舗にかかっている看板に、そう書かれていた。
俺は最寄りの駅のビジネスホテルに宿をとった。そして、通帳を眺める。
今は100万円と少しあるが、修理代金を支払うと、残りはほんのわずかだ。
働く能力が皆無な俺にとって、このお金は生命線だった。
勢いであんなことを言ってしまったが、これからどうしようか。
と思いつつ、コンビニで買ってきたビールと夕食を兼ねたおつまみで、一杯やっているうちに、俺は眠りについた。
それから1週間、俺は無為な日々を過ごした。10時にホテルを出て、適当に街をぶらついて、昼は喫茶店、夜は居酒屋で過ごし、また同じホテルに戻る。
でも、今までとあまり変わらない生活だった。
違うのは、お金というタイムリミットがあることだ。
そして、1週間目の朝、1週間連泊したホテルをチェックアウトして、万里夫の元へ向かった。
「てっきり、来ないかと思ったよ」
相変わらず、店の奥で腕組みをして座っていた万里夫は、店に現れた俺に笑いかけた。
「あんた本当に何もしらないんだな?」
万里夫の突然の問いかけに、俺は訳が分からず、曖昧な笑みを浮かべる。
「だって、あんなボロに1000万円も出すなんて、普通の神経じゃ考えられねえからな」
そして、万里夫は声をひそめるように、
「あの女の子をどこで手に入れた」
「え、あと、新宿のゴミ捨て場です」
俺が答えると、万里夫は額に手をやった。
「じゃあ、本当に何も知らないのか。だとしたら、きっと軍の誰かが横流ししたんだろうな。それが、流れ流れて新宿のゴミ捨て場に捨てられた。本来は完全に破壊処分されたはずなのに」
「どういうことですか?」
「いいか、よく聞け。あの女の子は、ただの市販品の民生アンドロイドじゃない。軍によって作られた、大量殺戮兵器なんだ。たった1体で、10万人規模の軍隊をせん滅したらしい」
「なんで、そんなものが、新宿のゴミ捨て場に?」
「それは試作品として、2体作られたらしいんだが、致命的な欠陥があって、廃棄処分になったはずなんだ。だけど、それを誰かが中古市場に横流ししたんだろうな。頭脳をフォーマットして、外見も作り替えて、まっさらにして売れば、中古でも300万円はかたいからな」
「致命的な欠陥? よくあるAIの暴走とかですか?」
「あれはな、人の魂を食っちまうんだ。そばにいるやつの意識を、あれが読み込んでしまう。つまり、そばにいる人間の意識があれの中に入ってしまう事故が起きた。
しかも、その現象が起こるのが、あれがフル稼働しているとき、つまり敵陣に切り込んでいるときにおこる。
するとどうなる。あれに敵兵の意識が入ってしまって、心強い味方が、あっという間に恐ろしい敵になってしまうんだ。
あれの頭脳の一部に、人間と同じ脳組織を使っていて、それがフル稼働したときに、近くにいる人間の脳電位とシンクロして意識が抜き取られるという話らしいが、俺にはよくわからん。結局、解決することができず、開発は中止になったがな」
「そんな特注品だから、修理代があれだけかかるんですね」
俺の言葉に、万里夫は腕組みをしてうなずく。わかってくれて嬉しいらしい。
「そうだ。市販品じゃないから、ほとんどすべての部品は俺がオーダーメイドで手作りだ。設計図もなにもない。それこそ、ダークウェブで設計図が横流しされているのを探し回ってやっとそれらしいものを手に入れたんだ」
「でも、そんな危険なもの、俺が持っていていいんでしょうか。警察に捕まったら、困るんですけど」
万里夫は手を振って、
「いやいや、兵器になる武器は最初から取り外されていたから、危険はないよ。横流しするやつも、それくらいのモラルはあったんだなぁ」
俺はホッと胸をなでおろす。せっかく助けてあげたのに、警察に捕まったら、再度解体処分されてしまうから。
あと、もうひとつ心配なことあった。
「さっきの、意識を抜き取られるという現象ですけど、意識を抜き取られた側の人間はどうなるんですか」
「軍の機密事項だからよくしらないが、ネットの不確かな情報だと、やはり植物状態になって、放っておくと死ぬらしい。だが、心配するな。その現象が起きるのは、女の子の感情が極端に高ぶったときだ。そして、感情が高ぶったときには、瞳が赤く光る。その時に目を合わさなければだいじょうぶさ」
「そう、うまくいくかなぁ…」
俺は心配になったが、そもそも人生を放棄してきたのである。なにをいまさらと思った。
それに、万里夫によると、瞳が赤くなるほど感情が高ぶる、すなわちコンピュータの稼働率が上がるのは、殺し合いが日常の戦場でしかありえない、らしかった。
「さ、そんなことより、納品だ。イッツアショータイム!」
万里夫が叫ぶと、店内が暗転し、奥のステージにスポットライトが当たっていた。
そして、舞台の袖から、女の子が恥ずかしそうにうつむきながら、ステージの中央に歩いていく。女の子は真ん中までやってくると、顔を上げて、見つめていた俺と目があった。
スポットライトのなかで、俺を見つめる女の子の瞳はきらきらと輝いていた。
(続く)
次は本日の22時に投稿します。それで、今日は最終になります。




