100.知美の記録4 エリスの花
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
男は、私の姿を見るなり、「お前は悪魔だ!」と叫びながら、指さしました。しかし、彼も、また「砂漠の悪魔」と呼ばれていることを知っています。
私と同じで、たくさんの人を殺しているはずでした。直接手は下していないだけです。
それが呼び水になったのか、男を護衛する兵士が、私に向かって一斉射撃をしてきます。
私は、ゆっくりと背中のロンギヌスを取り出して、両手に構えてから、一振りしました。
机の男以外の、護衛の兵士全員の頭が、パンという音とたてて、粉々にはじけ飛びました。
私は、護衛の兵士たちが作り出した血の海の上を、机の男に向かって、ゆっくりと歩み寄ります。ぴちゃぴちゃと足元の革靴から音がします。
なんだか生温かい感触が、履いている革靴を通り越して、伝わってくる気がしました。
血なまぐさいという表現がぴったりなほど、鉄臭いにおいも、鼻につきました。
この位置からでも、男を殺害することはたやすいことでした。
でも、もったいぶっているわけではありません。
たしかに、この人物がターゲットなのか、もっと間近で確かめる必要があったからです。
人違いで、殺してしまった、なんてことは、政府にとっては、あってはならないことですから。
私は机を挟んで、男の前に立ちました。
壁に飾ってある立派な肖像画の下には、青白い顔をした男が震えています。
威厳たっぷりな表情をした肖像画と、おびえきった様子の現実の男。
別人のように見えてしまいますが、顔の特徴を科学的に解析したデータを照合した結果、間違いなく同一人物で、そして今回の任務のターゲットでした。
──殺さないでくれ、なんでもするから。
机の男は、引き出しからごっそりと、金のかたまりを差し出しました。
重さから金の現在価値を換算すると、人間の人生を30回くらいなら、遊んで暮らせそうな価値がありました。
きっと、あわよくばそれをもって、高跳びするつもりだったのでしょう。
でも、残念ながら、私は人間ではなかったので、つられませんでした。
私は、ロンギヌスを抜いて二つに割ると、両手でそれを持ち、両側から挟むような形で、その男の首元に突き付けました。
任務達成の証として、首をきりおとして、持って帰らねばならないのです。
今私が見ている映像は、リアルタイムで、洋上に浮かんでいる軍の海上基地へ転送されています。
でも、私のいるこの時代では、映像なんて、信用ができないのです。
コンピューターグラフィックスの技術の進歩で、現実と見分けのつかない映像を作ることなんて、容易なのですから。
この男が首から血を噴き出してぶっ倒れるという、偽映像を作るなんてことは、簡単なのです。
なので、現実の生首を持って帰る必要があるのでした。
ハサミで糸を切るように、ちょきんと、私は男の首を切断しました。ごろりと音と立てて、首が机の上に転がります。
たまたまでしょうか。転がった首の目は、机上に置かれていた写真立てに向いていました。
そして、ドタッと音をたてて、首から下の体が、後ろの椅子に倒れ込みました。
すぐに血があふれてきて、男の勲章だらけの立派な軍服は、襟元から徐々に緑から赤黒く染まっていきます。
ふと見ると、机の上に、小さな鉢植えを持った15才くらいの少女と40才くらいの女性が一緒に映った写真がかざってありました。
後ろにたっている40才の女性は、女の子の肩に手をそえて、こちらを見つめてにこやかに微笑んでいます。
二人とも、この地域の人が着ているような、粗末な服ではなくて、少女は薄ピンクの可憐なドレス、母親は世界的に有名なブランド物の服を着ており、それも派手めのものではなくて、シックで高級感漂うものでした。
そして、机に転がっている男の顔と、写真と少女の顔との近似度合を分析すると、その写真の少女は、男の子供だとわかります。
そしてもう一人の女性は、99%の確率で、少女の母親。つまり、いま机上に転がっている生首の男性の、妻なのでしょう。
──家族も全員抹殺しろ。
その途端、頭の中に、洋上艦船の基地にいる司令室から送り込まれた指令が響きました。
そう、私の高感度センサーは、その少女とお母さんが、まだここの近くにいるということを、認識していたのです。
そして、そのデータは、もちろん、隠されることなく、洋上艦船の基地にいる、司令室も伝えられています。
私自身の意志とは無関係に。
──一般市民、とりわけ女性と子供は対象外ではないのですか?
以前に私に下された指令「一般市民、子供、女性、老人には危害を加えるな」と、今下された指令とは、矛盾があったので、私はどちらが優先するのか問合せをしました。
──首謀者の家族は、一般市民ではない。
そう定義されたので、私は、彼の子供とおぼしき、まだ未来あふれる少女とそのお母さんを、殺すことになりました。
私は血なまぐさい部屋を見回すと、そのうちの一つの壁に向かって歩いていきます。
地下なので、換気もままなりません。
人間だったら、嘔吐していることでしょう。
私は、自身のにおいセンサーを切りました。
そして、高感度センサーだけを頼りに、壁の前までやってきました。
大きな本棚を蹴飛ばすようにして、脇に飛ばすと、そこには、鉄の扉がありました。
押しても引いても開かないので、足でけ破りました。
ガコンと音を立てて床に落ちた扉の先には、もぬけの空になった部屋がありました。
ついさっきまで、人がいたことを示すように、電源の入ったパソコンや、飲みかけの水が、テーブルに置かれていました。
部屋に入って天上を見上げると、丸い穴が開いていて、その先には、地上へ通じるであろう、円筒形の穴が地上まで続いていました。
その先に人のいる気配を感じた私は、テーブルに飛び乗り、そのはしごに手を駆けます。
地上に顔を出すと、そこはまた別の廃屋の中でした。
と同時に、外で車のエンジン音がします。
私は急いで、廃屋の外へ駆け出します。
1台の軍用のジープが、ドアから出たばかりの私に向かって、砂煙をかけて、走り去っていきます。
それは、どんどん離れていきますが、私の瞳の望遠レンズは、それが確かに、さっき男の机で見た写真の、少女と母親であることを認識していました。
指令には従わなければなりませんでした。
私は、ロンギヌスを抜き出すと、もうだいぶ遠方へ行ってしまったジープに、その切っ先を向けました。
そして、超電導プラズマレールガンを放ちます。
それはジープに命中して、ガソリンに引火したのか、爆発しました。
そばにいくと、黒焦げの死体が2体転がっていました。
あまり黒焦げだったので、はっきりとはわかりませんが、おそらく、大きい方の焼死体が母親なのでしょう。
それが少女におおいかぶさるようにして、抱き合ったまま、焼死していることを、確認しました。
あと、首謀者の家族であることの確定的証拠の確保ために、体の組織の一部を採取しておきました。
こうしておかないと、あとでマスコミに質問されたときに、面倒らしいのです。
ふと、私は黒焦げになったジープから離れたところにある、鉢植えに目を止めました。
近寄って確かめていると、それはエリスの花が植えられた鉢植えでした。
独裁者の家族でお金持ちなのだとしたら、持っていても不思議はありません。
野生のものをとってきて、植えてあるのでしょう。種から育てる技術はないのですから。
まだ、つぼみで花は咲いていません。
写真の少女は、この花に、どんな願いを込めていたのでしょう。
今となっては、永遠にわかりません。
そして、街は静けさを取り戻しました。
私が、街の人間全員を、抹消したからです。
かつては、人々の笑顔や喧噪が絶えなかったであろう、街のメインストリート。
気配がして振り返ってみると、今は誰一人としていない、廃墟となった大通りには、夕刻の冷たい風が砂ぼこりを巻き上げているだけでした。
(つづく)
次回、第101話「知美の記録5 私は病気」は、8月3日(月)午後6時投稿予定です。




