王都に向かいます
シズクの話では、この世界にはちょくちょく俺みたいな転移して来た異世界人……転移者が世界を渡って来ているらしい。
初代のシズク達のマスターもそうだと言っていた。
ちなみに俺は2代目という。あの糞天使、伝説のゴーレムとか言ってた割には歴史が浅いじゃないか。シズク達が何か伝説的な事をやり遂げたのなら話は別だが、そういう事もないらしい。なんじゃそりゃ。
それはさておき、その転移者がこの世界でどういう扱いになるか……という話をシズクから聞いた。
有り体に言えば、特に何もない……だ。
転移者という存在はよっぽどの田舎でもない限り世間一般に知れ渡っている常識らしく、珍しい人間って認識しかないと言う。
これはシズクが前のマスターに仕えていた頃の話なので、今では分からないとも言っていた。
まぁシズク曰く一部の種族以外、人同士の争いは殆どない世界みたいなので、そう変わってはいないだろう。との事だ。
「ご主人様ー?魔物です。ゴブリンみたいですね」
現在、俺とシズクは森の中を歩いていた。
あの洞窟からアゼルムのテレポートで脱出した俺達は、シズクが持っていたマップ機能を使って一番近い街……王都へと向かっているのだ。とても便利でご都合主義な機能である。
魔物の少ない街道もあるらしいが、少なくとも3日はかかる距離になるので、いっそのことショートカットしようという案の元、この森に入った。
「ゴブリンか……今度も圧倒してみせる!」
「はい!ご主人様!頑張って下さい!」
魔物とは人々に危害を加える知性のないモンスターの事だ。目の前にいるゴブリンはその中でも比較的弱く、力より繁殖力で害をもたらすという。ミルル程の身長しかない、緑色をした小鬼の魔物だ。
おそらく御三方が戦えば一瞬で蹴りが付くだろう。しかし、彼女達はゴーレムであり、言わば兵器である。俺を守りきれない状況があるかもしれないし、力が過剰になる場合だってあるかもしれない。
なので多少は自分の身を守れるように、俺は俺でレベルアップを図っているのだ。
俺がそう思ったのには、少し事情がある。
「危なくなったら、すぐにハイネちゃんかミルルちゃんに代わりますねー!」
「あの2人よりアゼルムがいい……」
「ご主人様?あまりアゼルムちゃんに負担はかけちゃダメですよ!」
「……分かってるよ」
手に持っている短剣を見る。アゼルムが魔法で作ってくれた氷の短剣だ。
最初はアゼルムに同行を頼んでいた。彼女はとても優秀だった。
テレポートから始まり、シズクと同じマップ機能も持っている。複数の属性魔法で魔物を無双し、バフ、デバフ、回復、エンチャントに武具作成、おまけに知識付与なんかまで……
完璧に見えた彼女だったが、やはりそれでも、デメリットはあった。
『……マスター。ごめん……ちょっと、眠る……』
そう言ってアゼルムはシズクに戻った。彼女はとても燃費が悪かったのだ。
燃費が悪いといっても致命的ではないんだ。今日はちょっと俺が無理させてしまっただけで、普段は一日中変身していても問題はないらしい。
アゼルムは爬虫類好きの変人じゃないし、考え無しの子供でもない。シズクもかなり良い子だが、ちょっとおっちょこちょいな所がある。
アゼルムはこの世界で初めて会った良心なのだ。俺がちょっと負んぶに抱っことなってしまうのは仕方のない事だ……うむ。
「くらえッ!!」
無策に突っ込んで来た突進をヒラリと躱し、短剣でゴブリンを一閃する。何の抵抗もなく、ゴブリンの身体を二等分する。ゴブリンの動きは単調だ。何戦かすれば馬鹿でも覚えるだろう。
それにしても凄い切れ味の剣だ。魔法で作った剣なので1日程で消えてしまうのがもったいない。また今度作って貰おう。
……そういえば俺、何の躊躇いもなく生物殺してるけど……これも転移の影響かな?まぁいいや、そういう世界だし。
「さすがご主人様です!だいぶ戦い慣れてきましたね♪」
「これだけ戦えばなぁ……」
もう二十体は倒したな。
「ご主人様は戦い方だけ身に付ければ大丈夫です!レベルは私達が戦う度、勝手に付いてきますので」
「そのシステムが一番よくわからん」
この世界には魔物と戦う為か、レベルやステータス、スキルといった概念がある。
レベルはその人の成長度合い。ステータスは能力値。スキルは特別な技能だ。レベルが上がればステータスが上がり、それまでの経験を元にスキルを覚えたりする。ゲームのような世界……ミミエルが言っていた通りだ。
ゲームと違うのは、自分では確認できないという所だ。鑑定石という魔石を使うか、鑑定などのスキルを持っている人が見れば、知る事ができるらしい。
まぁ、そこは百歩譲って納得してやろう。俺がよく分からないのは、また別の件だ。
「何でシズク達が戦って俺のレベルが上がるんだ?何も経験してないよな?経験値貰えるっておかしくない?」
「何言ってるんですかご主人様は〜♪……当たり前じゃないですか、私達は『武器』なんですから!」
そう。これがどうも納得いかない。
剣や銃で戦うなら当然分かる。その人の技量が上がっていくのは当たり前だからだ。
でもシズク達は違う。俺が寝てても、よそ見してても、最悪その場に居なくたって、レベルが上がるのは俺だ。
なんかズルしてるみたいで、ちょっと気が引けてしまう。
「……そういう世界なんだなぁ」
「そういう世界なんです」
俺は考えるのをやめた。
それからはひたすら森を歩いた。夜はハイネの見張りの元ぐっすりだった。
魔物も沢山倒した。ゴブリン以外にも、テンプレのスライムや狼の魔物のウルフなんかも居た。
苦戦こそしたが、一応勝つことはできた。確認することはできないが、おそらく俺のレベルは最初のドラゴンを倒した時にある程度上がっていたのだろう。なんとなく日本に居た時より早さも力も上がっている気がする。記憶ないから分からんけども。
あの洞窟を抜けて丸1日程経っただろうか。そろそろ氷の短剣が消えてしまうと不安になっていたが、丁度タイミング良く、俺達は森を抜ける事ができた。
「おぉー!抜けた!あそこに見えるのが王都か?」
森の先にはまた数キロの草原が広がっており、そのまた先に、とても大きな街が見えた。
「はい!前に行った時と変わらないですね。入口に門番さんが居るはずですので、ご主人様はしっかりと自分が転移者だとお伝え下さい」
「おう!分かった!」
これはさっきも説明を受けた。普通なら王都に入る時に、この世界での身分証が必要になるみたいだが、転移者が初めて訪れる時は許されていると言う。
転移者のステータスにはちゃんと転移者と記載されているそうで、置いてある鑑定石でそれを調べるらしい。
自分のステータスを見れる良い機会なのでちょっと楽しみだ。
「よし!じゃあ向かうか!」
「はい!ご主人様♪」
俺達は2人並んで王都に向けて足を進める。
まだ数キロあるが、見渡す限りただの平原だ。魔物の姿もない。これなら後2時間もかからないかもしれない。
王都に着いたらどうしようか?シズクの話では魔物を倒してお金を稼ぐ、冒険者という仕事があるらしい。そういえばミミエルもチラッと言ってたっけか。
そういう仕事をするのも悪くないかな。
宿も探さないと。冒険者をやるなら武器や防具も必要だな。食い物は美味しいんだろうか。獣人とか、エルフとかもいるのかな。
記憶がないからか分からないが、俺はこの状況を楽しんでいた。
最初はただそうするしかなかったから、仕方なくミミエルに振り回されてた。
だけど今は違う。
この知らない世界に、俺は期待しているんだ。
「……え?転移者?ちょ、ちょっと待っとけ!動くなよ!絶対ここに居ろよ!!」
2時間後、王都に着いた俺達は門番の人にそう言って止められていた。
何やら慌ただしい雰囲気だ。他の門番が怪訝な表情で睨んでくる。後ろで並んでいた人達がじろじろと俺達を見る。
「……シズクさん?これ、大丈夫かな……?」
「わ、私にも……何がなんだか……」
まさかシズクの知っている時代から転移者の扱いは変わってしまったのだろうか。
俺の記念すべき初王都は、不穏な幕開けを開始したのだった。