転移先で天使に会いました 2
「鍵認証……クリア。魔力認証……クリア。スリープモードを解除します。個体名……ユキ。ユキを新たなマスターとして登録します……」
機械音声のような、メリハリのない平坦な台詞だった。アゼルハイミルと呼ばれたゴーレムの身体が淡く光出す。どこからともなく風が吹き、彼女のメイド服のスカートがひらひらと揺れる。
やがて光は収まり、彼女の瞳がゆっくりと開かれる。髪と同じ金色の瞳だ。
「貴方が私の新しいご主人様ですね?」
彼女は静かにそう尋ねた。
「あ、あぁ……そうなるの……かな?」
彼女は一歩だけ俺に近づくと、両手をとり、これでもかという眩しい笑顔を向けた。
「よろしくお願いします!ご主人様♪」
――その時の彼女の笑顔は……甘く、クリーミーで、こんな素晴らしい笑顔を向けられる俺は、きっと特別な存在なのだと感じました。
「おめでとうユキ君!これで君は正式に彼女のマスターとなった!おっと、次はガーディアンの真髄を見せる時間かぁ!?御誂え向きの相手が来たよッ!!」
ミミエルは後方を指差しながらそう言った。
今度は何だ?チュートリアル戦でも始まるのか?剣と魔法のファンタジーなら良くあることだしな。どうせスライムかゴブリンだろう。
後ろを振り返る。そこには、真っ赤で馬鹿デカいドラゴンが佇んでいた。
「えぇぇぇーー!?ド、ドドド、ドラゴンッ!?」
「正確にはレッドドラゴン。赤い鱗と口から吐くファイヤーブレスが特徴だよ!」
「知らんし!!何だアレ!?どうやって入って来た!?俺が通って来たとこ、アイツ通れないよね!?どうやっても無理だよね!?まさかお前か!?お前が召喚したんだろ!!」
「い、いやぁー……シラナイナァ……」
「嘘つけごらぁ!!白状せいやぁぁぁあ!!」
コイツ……!!白々しい態度しやがって!吹けない口笛吹くなし!
「大丈夫ですよぉ!ご主人様!私がやっつけますから!」
アゼルハイミルが両手でガッツポーズをしながらフンッと鼻息を鳴らす。
大丈夫かぁ?全然強そうには見えないけど……
でもなんかガーディアンとか、ゴーレムとか言ってたし、見た目に反してめっちゃ強いのかもしれないな。
とりあえずミミエルがこれを用意したってんなら、きっとアゼルハイミルなら勝てるって事だ!よし、今は彼女を信じよう。
「分かった。じゃあまず、どうすればいい!?」
「ご主人様は何もしなくて大丈夫ですけど……うーん……」
アゼルハイミルは顎に指を当て、考えるそぶりを見せる。
「あ!ではご主人様!アゼルム、ハイネ、ミルルの中から好きなのを選んで下さい」
「なんだそれは?どれでもいいのか?」
「はい!どれでも構いません!」
急に言われてもなぁ……どれがなんだかなんのことやらさっぱり分からん。
ドラゴン襲って来ないなぁ。
やっぱりミミエルが召喚したから、待っててくれてるのかな?……あ、違った。ミミエルめっちゃ頑張ってる。なんか手を翳して、ドラゴン食い止めてるっぽい。めっちゃ唸ってる。うける。いい気味。ちょっと時間かけるか。
「うーーーーん、まーよーうーなぁーーーー」
「ユキ君早くしてよぉ!!これめっちゃキツイ!!ダイエットになりそう!!」
「アゼルム……いや、ハイネ?ミルルも捨てがたいッ!!」
「えーーん!!絶対わざとだぁ!!」
チッ……しょうがねぇな。さっさと決めてやるか。
「えーと、じゃあ……アゼルハイミル……だっけ?」
「うーん……そうなんですけどそうじゃないといいますか……私達の総称がアゼルハイミルなんです。私はその中で、ご主人様のお世話係の役を務めさせて頂きます。戦闘能力は皆無でして……他の私と違って、この状態の私には『私』を指す名前は無いんですよねー」
よくわからんが、要は名前が無いって事だろ?なんかちょっと可哀想な気がするような……
「へぇー、じゃあ、俺が適当に付けてもいいのか?」
「ええ!?ご主人様が!?そんな素敵なことが許されるのですか!?」
「お、おう。凄い喜びようだな……別に無いなら構わないと思うんだけど……」
「お願いしますお願いします!是非ともお願いしますぅーーー!!!」
ミミエルを見る。「イップンダケマツ……」と凄い顔で言っていた。ダイエット効果があるといいね。
こういうのは直感が大事だ。パッと決めよう。彼女の顔を良く見る。期待に込めた眼だ。これは凄いプレッシャーだぞ!大丈夫か!?
その時、急に頭に何かが落ちて来た。
一瞬のピチャッという感覚。冷たかった。反射的にビクリとして、上を見る。
「……雫?」
雫が落ちて来たらしい。洞窟だしな。そりゃ雫の一つや二つ……
「シズク!?それが私の名前ですか!?」
おぉう!びっくりした!え?シズク?名前が?そんなつもりじゃなかったんだけど……
「私はシズク……シズク……シズク……うふふ♪」
あーもう何も言えない。雫が落ちて来ただけなんだよーとか絶対言えない。ってか気に入り過ぎだろ。容姿と何も掛かってないし、こんな名前でいいのかな?
「私っ!この名前一生大事にします!!私の一番の宝物です!!ありがとうございます!ご主人様♪」
うん。まぁいいか。これだけ喜んでくれてるんだし…………由来は墓まで持って行こう。
「イップン……タタ……ハヨ」
おーと忘れてた。てへぺろ。
「それで、ご主人様。先程の選択肢は選ばれましたか?」
「うーん、じゃあ、ハイネにしてくれるか?シズク」
「わっかりましたぁ!このシズク!精一杯努めさせて頂きますっ!ふんす!」
シズクの身体が光り出す。ハートのブローチが耳障りな高音をけたたましく鳴らす。
シズクの腕が、足が、身体が少し大きくなる。金髪のツインテールはみるみる縮み、緑色のポニーテールに変化する。残念まな板だった胸が大きく膨らむ。たぶん、Fカップ。運動もした事無さそうな、ただ細いだけの身体から、少し筋肉の付いたキュッと引き締まった身体へと変わる。和服のような、振り袖の付いた鎧。腰には一本の長い刀を差している。
そして変身は終わった。時間にすればほんの一瞬だったが、何故か俺には全て把握することができた。マスターの特権かもしれない。
「おお!変身した!すげーな!ハイネってお前の事?」
シズクは完全に別人となった。彼女がハイネだとすれば、後アゼルム、ミルルにも変身できるってことだろう。すげーじゃん!ある意味『私は後2回変身を残している』じゃん!彼女『達』ってそういう意味だったんだな!
「そうだ。私がアゼルハイミルが一の武人……ハイネだ。私を選ぶとは見る目があるな主よ。これから、よろしく頼む」
ほぉー!これは強そうだ。武術とか全然できないけど、素人目でも佇まいが違うのが分かる……気がする。
シズクから変身したとは思えないキリッとした顔!どっちも美人だったけど、俺としてはこっちのがタイプ。
「それで主よ。敵は何処に?」
「いや、目の前に居るだろ」
「ふむ、敵……らしき者は見当たらないが……?」
「何言ってんだよ。あのドラゴンだよ」
そう言ってドラゴンを指差す。
「ん?あのドラゴンだと?」
「うん。あのドラゴン」
「本当にか?」
「本当にです」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………?」
「なぁッ!!何を言う!主よッ!!私にッ!!このッ!!可愛らしい生物を斬れと言うのかッ!?見損なったぞ主よッ!!」
えええぇぇぇ………………
え?嘘でしょ?あのドラゴンが可愛らしい!?何コイツ?頭沸いてんの?
「頭沸いてんの?」
「思った事をすぐ口にするなぁぁぁぁああ!!」
ハイネは俺の言う事も聞かず、ギャーギャー喚く。もう喚き散らす。
なんなの?もしかしてハイネには、アレが別の生き物に見えてるの?人間とゴーレムって、見える世界が違ったりするの?埒があかないので、ミミエルに聞いてみよう。
「なあミミエルさん?アレってどういうこと?」
ミミエルはバツが悪そうに、苦笑いする。
「うーん……ハイネはね、アゼルハイミルの中でも一番力が強くて、全ての武術を使いこなす猛者で、殴れば粉砕、刀の一振りは山も海をも斬り裂く、ちょーーーー強い女の子なんだけど……」
「だけど?」
「無類の爬虫類好きでして……ドラゴンとかリザードマンとかには滅法弱いといいますか……攻撃できないのです」
「そ れ を さ き に いぇぇぇぇぇぇええええええええッ!!」
馬鹿か!?馬鹿なのか!?
じゃあ俺は、じゃんけんで先にグーを出している相手に対してチョキで勝負を仕掛けたって事か!?
「ま、まぁドラゴンにユキ君を攻撃させる事も絶対しないし、落ち着いたら他の子に代わって貰って、それで大丈夫だよ!」
「お前が先に言っとけば!!その手間は省けた!!違うかッ!?」
「あ、あぁーもうこんな時間だぁー帰って夕飯の準備をしなくちゃぁー」
「お前こんな状態で一人だけ逃げるのか!?」
「ほら、ほんとに、落ち着いたら大丈夫だから!後は頑張ってね!じゃあね!ユキ君!」
「待てゴラ糞天使ぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!!!!!!」