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第24話 笑顔咲く

 馬に慣れてない僕は振動で振り落とされそうになる度に、ミランの華奢な腰に手を当てるが、その度にミランは「ひやっ!」と声を上げる。

 最初は睨むような鋭い視線を飛ばされたが、「初めて乗るんだから仕方ないだろ」という僕の言葉に押し黙った。


 休憩を挟みながら駆け出して、日が傾きはじめた頃、国境近くのエパスという町に到着した。

 城や学園がある首都ロサンシナとは違い、エパスは小さな田舎町だ。

 レトロな雰囲気を醸し出す、レンガ造りの宿でチェックインを済ませ、僕らは狭いロビーの椅子に腰をかけていた。


「どこで待ち合わせしてるの?」


 今回の作戦に従事しているのは5名なのだが、残りの一名とこの町で落ち合う手筈になっているらしい。


「この宿の筈なんだけど、まだ来てないみたいね」


 僕の質問にミランが答えた。


「そのうち来ますわよ。それよりお腹が空きましたの。わたくし甘い物でも召し上がりに行ってきますの」

「甘い物!? あたしも行くわ! この町には一風かわったパンケーキ屋があるみたいだし」


 エルナにつられるミラン。しかし、この二人、旅行かなにかと勘違いしてるんじゃ……。


「あら、それはいいですわね。では、ミランさん、案内よろしくお願い致しますですの」

「オッケー! あんた達はどうする?」

「甘党ではないので、私はここで待ち人を待っておく」

「僕も疲れたし、ノーファと待っとくよ」


 ミランの後ろに乗ってただけなんだけど、慣れてないせいか疲れた。


「ふーん、わかったわ」


 ミランは少しつまらなそうに唇を尖らせて、エルナと共に出て行った。


 ノーファと無言の刻がきざまれる。彼女といるといつもこんな雰囲気だから慣れたといえば慣れたな。

 朝、早かったせいか、僕が眠気に襲われウトウトし始めた頃、ノーファが急に口を開いた。


「アレル、レベルグリーンには慣れたか?」


「ん……ああ、おかげさまで上手く魔装できるようになったよ。まあ制御はまだ完璧ではないけどね。練魔館でノーファがつきっきりでレクチャーしてくれたおかげだよ」


 グリーンになってからの約ひと月、練魔館で鍛えてくれたのはノーファだった。


 レベルグリーンになったのは学園襲撃の翌日だった。本当に突然だったので自分でもかなり驚いたことを覚えている。一体、何が引き金になったのだろう。いまだにはっきりとはわからないが……。いつか解明できる日が来るのだろうか。


「違う。アレルが頑張ったから。私はその手伝いをしただけ」

「そんなことは……でも、ありがとう」

「どういたしまして」


 黒髪の小柄な女の子はほのかに微笑んだ。


「最近、よく笑ってくれるようになったよね」


 ノーファと出会ってから1年以上が経ち、出会った頃に比べて、わずかではあるが表情に変化が出ている。それが嬉しくて、つい言葉に出てしまった。


 ノーファは珍しく、瞬時に顔を赤らめた。


「……それはアレルだから」

「僕だから?」


 彼女は視線を斜め下に走らせ、コクリと頷いた。


「……私は生まれた時からレベルグリーンだった。 幼い頃からなんでもできる私を大人達は誉めたたえてくれたが、同年代の子供はそれが気にくわない者もいた。私の性格も相まって、私には一人として友人と呼べる者はいなかった」


 力ある者を妬むというのは魔界においても同じらしい。それでも自己中的な人間ならガキ大将のようになれるかもしれない。なぜなら、力を持っているからだ。

 だが、ノーファの控えめな性格では、それは不可能に近かったのだろう。


「イドゥナシーロに入学してからも私の強さに称賛する者はいても、誰ひとり友人と呼べる者はいなかった」


 淡々と語る、ノーファの目にはどこか哀しみの色が混じっているように見えた。

 人は誰かと関わることによって、喜怒哀楽を感じることができる。もちろん、自己満的なものを除いてだが。

 レベルグリーンでなんでもできたノーファはそれを感じさせてくれる相手がいなかったのだ。いや、最初は違ったかもしれない。大人から褒められるのが当たり前になって、喜びや楽しみというものを感じなくなったのだろう。年の近い者の妬みも重なり、自然と感情を閉じていったのかもしれない。


「そんな変わり映えのない学園生活でアレルは違った。感情の表現をどうしたらいいかわからない私に、いつも優しく接してくれた。だからアレルには自然と笑えるようになった気がする」


 ノーファは上目遣いでこちらに視線を合わせた。


「なんか嬉しいよ。その言葉」

「アレルと私は……その……友人か?」


 恥ずかし気に頬を染める彼女は、膝の上で両拳に力を込めている。


「違うよ」

「えっ」

「それ以上の存在、大切な仲間だよ」

 

 ノーファは今まで見せたことのない、明るい笑みを咲かせた。初めて見るその笑顔は率直に言って、すごく可愛かった。

 彼女は誰かと関わりを持ちたかったのだ。 


 それなら、僕はどうなんだろう……。


 魔界に来る前に、もう二度と関わりたくない奴がいた。そいつからは怒、哀、憎、恨という負の感情しか生まれなかった。それでも逃げ出すことすら出来ず、否が応でも、関わりを持たされたのだ。まだ無視されるほうが何倍もマシだ。関わりを持つ相手に自分の未来は、大きく左右されるのだ。


 今はミランやノーファとの関わりを大事にしたい。

 こんな世界でも、そう思える相手がいるだけ幸せだ。


 あの頃の日々に比べれば、あの朝を迎える度に、怯えていた日々に比べれば……。


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