23話:幻の爆撃(2)
スクランブル、スクランブル。
今年もあと一ヶ月で終わりか、などと年末をアピールするテレビを眺めていた百里の”マージ13”の二人は座っていたソファが倒れそうな勢いで駆け出した。
僅か3分少々で完全に発進できる態勢。気が付けば自分たちのF-15Jが格納されていたアラートハンガーは遠く、今は滑走路の端まで走っている。
「マージ13、離陸を許可する。離陸後は無線チャンネルを2に設定せよ」
管制からの指示だ。チャンネルを切り替え、入間にある防空指令所に繋がる。
すっかり暗い夜空に向けてイーグルが飛び立つ。煌めく滑走路を背にして。
「ゲートキーパー。こちらマージ13、現在高度32000」
「マージ13、こちらゲートキーパー。これより誘導を開始する。進路030、現在高度は維持せよ」
「了解」
得体の知れない敵を追いかける。マスクを流れる息が生温かい。じわりとグローブを包む手汗が、機体を滑らせていく。
「マージ13。目標方位040、距離80、高度32」
息を大きく吸って進路を変える。レーダーを見ても何も反応はない。全方位がクリアで、目視でも何も見えない。
首を傾げる。何かを追い越したという感触はない。雲はあっても明るいし、翼の夜間灯を見逃すはずもない。だが司令所は間違いなくそこにいると言い、伝えてくる。
胸騒ぎがする…。
「目標正面25、マージ13、探知できるか」
「ネガティブコンタクト。目標高度の確認を乞う」
高度が違うのか…?それとも全く別の場所にいるのか?
マージ13は繰り返す。
「ゲートキーパー、こちらマージ13。ネガティブコンタクト、再度目標の確認を乞う」
「目標正面、距離15、方位180、速度M1.3、高度32000。減速せよ!」
胸騒ぎが抑えられない。呼吸も激しくなる。
「捕捉できない!レーダーに感無し。繰り返す、捕捉できない!目標はどこだ!?」
「警戒せよ!目標と同位置、同高度!聞こえてるか!警戒せ…」
「おいなんだ!聞こえないぞ!」
この時確かにマージ13の二機は、”空”から消えた。
小松基地から同じくしてスクランブルした”パスタ―20”の二機は、誘導に従ってバンディッツを回り込むようにして接近した。
マージ13は撃墜され、そのまま直進している。願わくば脱出していると良いのだが。
出来るだけ速く追いついた。成田空港上空を通過して、その直ぐそこに首都圏の光が見える。空で起きていることなど彼らには知る由もない。あと60秒もすれば到達し、その瞬間何が起きるなど想像もしたくない。
ビッというレーダーの反応。敵機を捉えた。こいつか、と操縦桿を握りしめる。いつでも撃てる。撃ちたくないが、覚悟を決めた。
「レーダーコンタクト!目標を補足した。指示を乞う」
捕捉は4機。遠目からでも夜間灯が確認できる。僚機に向かって拳を挙げる。頷いて向こうも挙げる。
「パスタ―20、こちらゲートキーパー」
来た。
「武器の使用を許可する。キル、”バンディッツ”」
「ゲートキーパー、もう一度言ってくれ」
「アイ・セイ・アゲイン。キル、”バンディッツ”!」
高度を上げて射撃態勢。マスターアームオン。中距離ミサイル、RDY。
「ラジャー。キル、”バンディッツ”」
HUDの目標指示ボックスとシーカーが重なる。ピーという甲高いロック音。ミサイルリリースに指をかける。
ここまでに数秒とかからない。後はミサイルがやってくれる。合図で撃て、僚機に指示。リリースを押し。
「パスタ―20、待て!!」
寸でのところで押す僅かな力が止まる。待て、今司令所は待てと言った。
「どうした!?撃つのか?撃たないのか?!」
目の前の夜間灯が上下に揺れている。翼を振っているようだ。
不自然な時間がコックピットに流れていく。指もいつの間にか離していた。
「攻撃中止。繰り返す、パスタ―20、攻撃を中止せよ」
「了解。攻撃中止」
マスターアームをオフ。
「マージ13…リクエストオーダー。こちらマージ13…」
「ゲートキーパーより各要撃機、帰投せよ」
眼下の光。この時ようやく彼らは自分たちがどこを飛んでいたのか、改めて認識した。そしてガンサイトに捉えた機体が誰なのか、詳しく知る由もない。
撃墜される一秒前。と言ったら良いのかもしれない。
再度のジャミングで自機位置を見失ったステラー隊は必死に交信を呼びかけていた。規定のコースからも外れ、目の前に見える東京の夜景だけが、ここは違うと知らせていた。
ロックオンアラート。反転する猶予もない。レイは覚悟した。バンディッツにしてやられたと強く噛んだ。
「こちらステラー隊、応答してくれ!自機位置を見失った、誘導を乞う!」
全方位に向けて発信したこの交信が通じたこれが、ミサイルが放たれる寸前、そう一秒前だった。それも撃墜命令が下った自衛隊機に。
「危なかったぜクソッタレ…」そうギルが悪態をつく。
レイはバイザーを上げ、空を仰いだ。悪い夢でも見たのかもしれない。誘導が始まってようやく緊張が解けると、しぼんだ風船のように力が抜けた。
流れ行く星空に何を見るか。ロマンチックな想像などさせまいと、あの黒鳥は現れた。
「…あれ!」誰も見えないのに指を指す。
言葉は一瞬。あの時黒鳥はこう言って去った。
「また会おう。”白帯”」と。




