第五章 紅の剣 5~6
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「くそっ!」
フレッドが振り下ろした剣の軌道を無理矢理変える。
それを見逃す余裕は、ヴィオには無かった。
ヴィオは剣を腰の位置まで一旦深く引く。
「二段突きか。三年前のあの技か」ヴィオは一段目の突きを放つが、フレッドは易々と受け止める。続く二段目も防がれる。「手の内が読めている技は宇宙の法則に基づいて通用しないって分かっているだろ!」
そこでヴィオはすかさず体を反転させる。
「三年間何も成長しないと思わないで」
三段目の突きが閃く。
「何!? 三段突きだと!? 宇宙の法則に基づいてボクが負けるなど……」
フレッドが何とか反応し、その切っ先を逸らそうとするが、間に合わない。
「兄様」剣と剣が甲高い音を立てぶつかり合う。「法則なんて必要ないんですよ。大切なのは自分の意思です」
「ヴィオ……」
フレッドの剣は弾き飛ばされ、地面に乾いた音が響く。
「そこまで!」ロッソが叫ぶ。「勝者ヴィオーラ=アメジスト」
暫くヴィオとフレッドは見つめ合ったが、フレッドが先に瞳を逸らす。
「強くなったじゃないか」
「今のは、兄様が……」
「いや、負けは負けだ」そう言いながら、フレッドは部屋の出入り口へと進む。そして、決闘のために外したマントの懐から銀色の卵のような物を取り出す。「もうボクは終わりさ。本当はヴィオ、お前を殺してボクも死んでしまいたかったけど、自分で手を下すことも出来なかった」
「兄様……それは、何ですか?」
「ボクはこれを宇宙の法則に基づいて、天国への鍵盤と呼んでいるんだよ」
「天国への鍵盤ってまさか……」
「この国を取り戻すことも敵わなかった。ならば全て壊してしまおう。そして、愛するお前とここで一緒に眠ろう!」
言うのと同時に、フレッドが天国への鍵盤握りつぶす。
「――地底武器システム作動しました。指定座標〇。現地点にて爆発の自爆シークエンスを開始します。シークエンス開始に伴い、紫水晶給は大きく揺れます。直ちに避難してください。尚、このシステムが指定座標〇で発動した場合、惑星に深刻なダメージを与えます。至急、大気圏外への離脱を推奨します――」
システム音声が響き渡る。次の瞬間には紫水晶宮全体が轟音と共に揺れ始めた。最上階の広間でも柱や壁に小さなひびが出来、あっという間に大きな物へと変化する。
「さあヴィオ、一緒に死のう」
柱が次々と倒れる中、フレッドがヴィオへ手を伸ばす。しかし、その言葉にヴィオは首を横に振る。
「私はまだ死ねません。それに、惑星アメジストもまだ終わらせる訳にはいきません」
「お前は、前にも増して強くなったな」
「ええ。鍛えて貰っていますから」
ヴィオがロッソに視線を向ける。
「おいおい、最期くらいよそ見せずにボクのことを見てくれよ。ボクはずっとお前を……」
言いかけた所で、床に大きな亀裂が走る。
「きゃあ!」
「ヴィオーラ!」
深い亀裂に飲み込まれそうになるが、ロッソがその腕を掴む。
「え? 兄様?」
フレッドには掴まるところも足場もなかった。
最後に一瞬視線が交差する。
フレッドは微笑んでいた。
「兄様!!」
「――自爆シークエンス始動。地底武器の爆発まであと一五分。惑星に残っている者は直ちに大気圏外へ離脱をしてください――」
「ヴィオーラ! とにかく今はこれを止めるぞ!」
ロッソがシステムへと走り、シークエンス中止のプログラムを打ち込み始める。その間にも床や天井が激しく揺れる。異母兄を吸い込んだ亀裂を見つめていたヴィオも数秒送れて立ち上がり、システムへと駆け出す。
「くそっ! はじかれる。この国のシステムは使い辛過ぎるぞ。ヴィオーラは操作出来ないのか?」
「私だってサブモニターで操作しているわよ」ヴィオが涙を拭いながら応える。「……あっ!」
「どうした?」
「シークエンス開始は城内のシステムからも操作可能だけど、中止は地底武器システムに行って直接打ち込まないと認識されないようになっているわ」
「直接だと!? そんなもん何処にあるのかも分からないじゃないか!」
ロッソの言葉にヴィオも考え込む。数分かけてシステムを洗い出す。
「分かったわ! 王族用の地下シェルター付近よ。確か、この部屋の奥に直通エレベーターがあったわ」
「――爆発まであと一二分――」
システム音声が入る。
「ヴィオーラ、とにかくそこへ向かうぞ!」
「ええ」
エレベーターに乗り込む直前、ヴィオは崩れゆく室内の方を振り返った。
「さよなら、兄様」
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「このエレベーターで、地下まではどのくらいかかるんだ?」
エレベーター乗り込むと、直ぐにロッソが口を開いた。
「以前、一度だけ乗ったことがあるんだけど。確か五分程度かかったわ」
「ではここは大人しく待つしかないな。そうだ、お前に言っておくことがある」
「何?」
「お前は帝国のことを勘違いしているぞ。帝国も内部は腐敗しきっている」
「だけど、惑星アメジストは良い方向に進んでいるじゃない」
「それはファレーナのじいさんがやり手だからだ。無事でいて欲しいものだ」
「でも帝国はお父様の国なんでしょ?」
「皇帝に実権なんて殆ど無いのさ。祖父様の代までは有ったらしいけどな。今じゃあ、薄汚いハイエナ貴族たちの傀儡に過ぎない。自分の女一人守れないで、何が皇帝だ」
ロッソが吐き捨てるように言う。
「お母様のこと?」
「……そうだ。俺は二人が十六の時の子供だった」
「若いわね」
今の自分の年齢と変わらないことにヴィオは驚く。
「あんな奴でも次期皇帝候補。下級貴族だった母は田舎惑星に隔離され、そこで俺を産んだ」
「酷い……」
「あのクソ親父は度々母の元を訪れていた。だが、あいつが皇帝だって知ったのは、随分後のことだった。ずっと仕事が忙しくて別居していると聞かされていた。その後、然るべく身分の后を迎えた。俺には三人の腹違いの妹が居る。最初は母や俺を裏切ったあいつを憎んだ。だが、年齢を重ねて行くにつれて気づいた。親父には母を后に迎える権限すら、いやそもそも二人で駆け落ちする勇気すら無かったのさ」ロッソはそこで一息吐く。そして、ヴィオを真っ直ぐ見つめる。「俺は帝国を壊すつもりだ」
「え? じゃあ、どうして軍に入ったの?」
「帝国が大き過ぎるからだ。レジスタンスを作った所で、崩壊には至らないだろう。だったら、内部から壊せばいい」
「復讐ってこと?」
「最初はな。でも、今は違う」
「理由が変わったの?」
「最初は俺の先祖が作ったモノを、俺の手で壊せれば満足だった。だが、こうして軍に入り沢山の仲間が出来た。そして沢山の惑星を知ることが出来た。帝国を崩壊させ、皆がより良く生きられるように尽力するつもりだ」
「私は……」
ヴィオは上手く言葉を紡げない。そこでお互いの言葉が途切れる。
「……隊長」
先に無言を破ったのはヴィオだった。
「どうした?」
「私、隊長の記録を見たの」
てっきり怒られると思ったが、ロッソは落ち着いた表情のままだった。
「……そうか」
「隊長は、秘密施設や皇帝から私を守ってくれたの?」
「……そこまで調べてしまったのか。確かに、最初はそのつもりだったが、失敗したな」
「どうして?」
「現に今、お前をこれ以上ないほど危険に曝しているだろう」
「そんな! 巻き込まれているのは隊長の方じゃない」
ムキになって言い返すヴィオに、ロッソは目を細める。
「……何だ、どうして自分が引き取られたのかを知りたかったのか」
「それもあるけど……。一つだけ訊いても良い?」
「どうせ他にすることもない。言ってみろ」
「同情して引き取った私に、どうしてあの日、その……キスなんてしたの?」
「おっ、おい。それに答えるのか?」
「他に訊く相手が居ないじゃない」
「確かにそうなのだが」そこでロッソがため息を吐いて、ヴィオから視線を逸らす。「お前があの時、死んだ方がマシだとか言い出すからだ」
「それで口を塞いで舌を切るのを止めさせたの?」
「そういうことだ」
「そんなの手で塞げばいいじゃない!」
「仕方ないだろうが。こっちも慌てていたんだ!」
ロッソが盛大にため息を漏らす。そんなことにはお構いなしにヴィオが続ける。
「じゃあ、もう一つ訊いても良い?」
「さっき一つだけと言ったではないか」
「結構細かいのね」
「分かった。言ってみろ」
「一度目のキスの理由は分かったわ。それじゃあ、どうしてその後もう一度したの?」
「おまっ! それを訊いてどうするつもりだ!?」
「どうするって、ただ知りたいだけよ」
真っ直ぐなヴィオの視線を、ロッソはまた逸らす。
「可愛かったからだ」
これ以上無いくらい、ぶっきらぼうに言い放つ。
「え?」
「何度も言わせるな! キスの最中に息も出来ないお前が可愛いと思って、気づいたらもう一度してしまっていたんだ」
「隊長……」
「本当はただ引き取ってお前を育てるだけのつもりだった。ただ、名目上婚約者にしておいた方が、ああいった場合は話が早いから、そうしただけだ。別に将来お前に好きな奴が出来たら婚約は解消してやれば良いと思っていた。今更こんなことを言っても信じて貰えないかも知れないが、手を出すつもりは無かった。……すまなかった」
そう言ってロッソが頭を下げようとしたが、その襟首をヴィオが掴む。
「そうだな、殴りたければ殴っても……!!」
ロッソは最後まで言えなかった。
ヴィオが自分の唇で、ロッソの口を塞いでしまったのだ。
「ヴィオーラ、お前……」
「これでおあいこでしょ。だから、謝らないで……」
ヴィオが涙で滲んだ瞳をロッソに向ける。ロッソがヴィオの頬に触れ、二人の距離が限りなくゼロに近づく……。
「――目的地に到着しました」
アナウンスが流れ、エレベーターが開かれる。ロッソはヴィオの肩を掴み、距離を開ける。
「さて、まず一仕事だ」
「――爆発まであと七分――」
地下とは言え、整備された通路が広がる。明かりがやや薄暗く、埃っぽい匂いが充満していることから、普段は使われていないことを伺わせる。
「メインシステムは何処だ?」
「こっちよ!」
子供の頃の記憶を思い出し、ヴィオが走り出す。昔、メインシステムにいたずらしようとして、フレッドに怒られたことを思い出す。一瞬涙が流れそうになるが、瞳から零れる前に乱暴に拭う。泣いている場合では無い。
「――爆発まであと五分――」
通路を抜けると、大きなフロアが広がっていた。沢山のモニターが壁中に張り巡らされ、中央にはコンピューターが置かれている。モニターには城内や場外の様々な映像が映し出されている。一面だけ、ガラス張りになって居る壁があり、そこから下を覗くと、巨大ミサイルが発射台に乗せられていた。
「あと五分であのミサイルが爆発するという訳か」
「そうよ」
「よし、止めるぞ」
「言われなくても分かってるわよ」
二人で同時にシステムを操作する。まずは停止命令を打ち込むが、認識されない。
「システムに直接アクセスしているのに、認識しないと言うのはどういうことだ?」
「――爆発まであと四分――」
「あっ!」
「どうした? 大声を上げて」
「もしかして。ちょっと隊長、どいて」
「何だ?」
一歩下がったロッソの足下に入り、機械をこじ開ける。
「やっぱり!」
「これはどういうことだ?」
機械の中を覗くと、一部が完全にショートしていた。
「いくらセキュリティかけたとしても、メインシステムに直接アクセスしているのに、認識すらしないなんておかしいのよ。だから、もしかしてと思ったんだけど……」
「プログラム停止を認識させる領域が、物理的に破壊されているのか」
「そういうことよ」
ヴィオが口元を押さえながら呟く。
「――爆発まであと三分――」
時間帯が危険領域に突入したため、フロアの照明が赤く変わる。
「くそっ! このままここで爆発したら、この惑星のプレートに直撃だぞ!」
「でも、三分で破壊領域を直すのは無理よ」
一番簡単な修理方法である故障部分入れ替えを選択したとしても、最低でも一日はかかる故障だ。
「諦めるな! 思考を止めるな! 何か方法が有る筈だ。何か……」
ロッソの言葉に、ヴィオは口元に手を当てたまま考え込む。
「……ここで爆発したら、プレート直撃で一環の終わり。でも、海中で爆発させれば被害は押さえられるわ」
「座標を海中に指定させて発射させるのか?」
「いいえ。この時間でそこまでするのは厳しいわ。あの山にぶつけましょう」
ヴィオがモニターに映る紫水晶で形成させている、海底から海上までそびえる山を指さす。座標は紫水晶宮から数キロ離れた西の海だ。
「あそこにか?」
「ええ。あそこは国宝扱いされていて、人の出入りが禁止されている山だし、あの地点で爆発させれば被害は最小限に防げる筈よ」
「国宝をストッパーにするのか、良い度胸だな」
「――爆発まであと二分――」
「星が滅びたら、元も子もないでしょ」
「よく言った。では、あの山の方向に照準を合わせる。いくら何でもそのままの威力じゃ周辺の街が吹っ飛んでしまう。エネルギー値をギリギリまで下げるぞ」
「了解」
二人が一斉に操作を始める。同時にミサイルのエネルギー充填が完了する。ミサイルが熱を持ち始め地面が揺れる。
「――爆発まであと一分――」
「こっちの設定は完了した。そっちはどうだ?」
「故障部分を迂回しての操作だから、もう少しかかるわ」
「こちらで出来そうな箇所は寄越せ」
「じゃあ、ここもお願い」
「――爆発まであと三〇秒――」
フロア内に警報が響き始める。
時間が過ぎるのが恐ろしく早い。ヴィオは焦る気持ちを抑えて、操作を進める。
大丈夫。
間に合う。
間に合わせる。
「――爆発まであと二〇秒――」
ヴィオは息を呑むと、最後の入力をする。
「出来たわ!」
「よし、これでいける」
ロッソが勢いよく、実行ボタンを押す。
「――爆発まであと一〇秒――」
「あれ?」
「反応しないのか?」
血の気の引いた顔でお互いに見つめ合う。
「――発射角度修正を承認しました。角度〇度から九〇度修正――」
「やったわ!」
「反応の悪いシステムだ」
「――発射まであと五秒――」
「だが、逃げる時間は無さそうだな」
「――発射まであと四秒――」
「ヴィオーラ、来い」
ロッソがヴィオを腕に抱き締める。
「――発射まであと三秒――」
「隊長!?」
「――発射まであと二秒――」
「こういう時は大人しく抱き締められるもんだ。だからお前は……」
「――発射まであと一秒――」
「こんな時まで子供扱いしないで!」
ヴィオもロッソの背中に腕を回す。
その瞬間、
世界が白く染まった。