エピローグ
エピローグ
高級リゾートホテルの一室で、ヴィオはりんごの皮を剥いている。
うさぎの形にしようと努力しているのだが、結果が出る頃には手元にあるりんごの残数はゼロになっているかも知れない。
「ヴィオーラ。俺はそんなにりんごばっかり食べられないぞ」
ベッドの中で大量の始末書と格闘しながら、ロッソが控えめに意見を述べる。
あれから一週間が経過した。
無事にミサイルを輩出し、地形の変化はあったものの、惑星アメジストは崩壊を免れた。ヴィオとロッソの居た地下では、衝撃のあまり壁や施設などの破壊が大きかった。しかし、救助隊が駆けつけ、こうして二人とも無事に生還することが出来た。
それに、紅の剣のメンバーも怪我人は多数だったが、幸い死者は出なかった。領主のファレーナも、幽閉され衰弱はしていたが、もうすっかり元気らしい。
ロッソに守られる形だったヴィオはかすり傷のみの軽傷。ロッソは現在も何カ所かに包帯が巻かれているが、それでも病院ではなくホテルで休める程度には回復している。
「何言ってるのよ。怪我なんていうの、はりんご食べていれば治るんだから!」
「お前、士官学校で医療学もう一回習って来い」
「私、医療学は三年間トップだったわよ」
ヴィオは胸を張る。
「嘘付け! 何も学んでないじゃないか」
「折角人が一生懸命りんごを剥いているのに……」
ヴィオが悲しそうに俯く。
「悪かった。いちいちむくれるなよ、子供じゃないんだろう?」
そんな様子にロッソが慌ててフォローをする。
「むくれてないわよ」
しかし、ヴィオはぷいっとそっぽを向いてしまう。ロッソは一度肩を竦めてからヴィオの顔を覗き込む。
「何だ? 怒っているのか?」
「怒ってないわよ。隊長なんて大嫌いなんだから」
覗きこまれないように更に外を向く。だが、ロッソもめげずに覗き込む。
「ほぅ、大嫌いときたか」
「そうよ」
「そんな大嫌いな奴にこの前キスしたのは誰だ?」
「うっ」
痛い所を突かれて、ヴィオはこれ以上そっぽ向けないので体ごと向きを変える。
「そんな人知らないわよ」
耳まで真っ赤にしているヴィオの様子を見て、ロッソは意地悪く微笑む。そして後ろを向いてしまったヴィオを背中から抱きしめた。
「たっ隊長?」
「俺は嬉しかったのに。お前は好きでもない男にキス出来る奴だったんだな」
がっかりした口調に、ヴィオは更に慌てふためく。
「そうじゃない……けど」
「けど?」
「もう! しつこいわよ」
「しつこいか。その評価は初めてだな。……そうだ、お前に渡したいものが……」
ロッソがそう言いながら、周りを確認する。
「どうしたの?」
「いや、先月からお前にこれを渡そうとする度に、邪魔ばかり入ったからな。少々疑心暗鬼になっているだけだ」
顔だけ振り返ったヴィオに、ロッソが微笑む。そして、小さな箱を差し出す。
「何、これ?」
「開ければ分かるだろう」
「開けて良いの?」
「そのために渡したんだ。早くしろ!」
目を逸らして、ロッソがぶっきらぼうに告げる。ヴィオが慣れない手つきで箱を開ける。
「こっこれは!」
ヴィオが感嘆の声を上げる。その手には紫水晶で作られた菫のネックレスが握られていた。三年半前にロッソと決闘した際に無くした母の形見だ。
「あの後ルーカに拾わせておいたんだ。直ぐに修理して渡すつもりが、三年以上かかってしまったな」
「ありがとう」
「着けてみるか?」
「ええ」
ロッソに言われ、ヴィオは再び後ろを向く。その細い首にネックレスがかけられる。
「そう言えば、少し気になっていたことがあったんだが」
ネックレスの金具を嵌めながら、ロッソが呟く。
「何?」ヴィオが尋ねると、ロッソが急に後ろから抱き締めてきた。「隊長!?」
驚くヴィオにはお構いなしに、ロッソは腕に少し力を込め、肩までの長さで切りそろえられた紫苑色の髪を掻き分け、耳に直接声を送るように囁いてきた。
「そろそろ名前で呼んでくれないか?」
「え?」
予想外の申し出に聞き返してしまう。
「『え?』じゃないだろう。やはりプライベートでまで役職で呼ばれるのは落ち着かん」
「でも……」
「なんだ? こんな簡単なことも出来ないのか?」
わざと挑発されているのは分かるのだが、こんな言い方をされたらヴィオだって引き下がるに引き下がれない。
「出来るわよ! 呼べばいいんでしょ? 名前で! 簡単過ぎて拍子抜けよ!」
予想通りの反応だったのだろう。ロッソは笑うのを必死で堪えた表情で、努めて真面目な声で続ける。
「そうか。それは良かった。じゃあ呼んでもらおうか?」
「……ロッ……」
「やっほー。可愛い部下たちがお見舞いにしたよ~」
ルーカがノックもせずに大きくドアを開け、マニクーレもそれに続いて顔を出してきた。
「ぎゃ」
「わっ」
「きゃ」
既に色々と手遅れなのだが、二人はわざとらしく距離を開ける。ヴィオはすっかり頭に熱が上ってしまって、顔を真っ赤にして俯いている。
「ノックぐらいしてから入って来い」
ロッソが怒りを抑えた声で言う。あからさまに怒る時より機嫌が悪い証拠だ。
「なになに? ノックしないともっとまずい場面に出くわしちゃう所だった? 悪いけど、そういう時はちゃんとかぎ掛けてね」
ルーカが悪びれずにそういうと、
「もっとまずい場面?」
想像力の限界を超えたヴィオの脳みそがショートしたらしく、口をぱくぱくさせる。その様子にルーカが声で笑い出す。
「お前……いい加減にしろー!」
ルーカに枕を投げようとするロッソの前に、マニクーレが立った。そしてロッソを抱き締める。
「よく無事だったわね。良かった。本当に良かったわ」
「ああ、ただいま」
ロッソもそれに応え、マニクーレを抱き締める。
「隊長……」目の前に広がる様子にヴィオは驚きを隠せない。「マニクーレ先生が居たのに、私を引き取るために婚約したの?」
ヴィオは思い詰めた表情で、ロッソを見つめる。
「どういう意味だ?」
あまりに深刻な表情だったためか、ロッソとマニクーレは抱擁を止める。
「だから、ずっと前からマニクーレ先生とお付き合いをしているんでしょ?」
「確かに俺と、マニクーレ叔母さんの付き合いは長いが。それがどうかしたのか?」
「え? 今、叔母さんって?」
「あらあら、ロー君ったら。叔母さんって呼ばないで、って言っているでしょう? 呼ぶならお姉さんにしてね。うふふ」
「だから普段は先生って呼んでいるだろう。大体俺より一〇歳も上なのに、いい加減お姉さんは厚かまし……」
「ちょっ、ロッソ!」
ルーカが間に入り、慌ててその口を閉じる。
「叔母さん? 隊長より一〇歳も年上ってことは、隊長がもうすぐ二五歳だから……」
「ヴィオちゃん? お・ね・え・さ・ん・よ」マニクーレがにっこり微笑む。しかし、目が全く笑っていない。「それに、今は算数の時間じゃないわよ?」
「うわっ、すみません」
あまりの表情に思わず後ずさるが、微笑んだままマニクーレが歩み寄る。そして……
――むにゅっ
「きゃっ!」
真っ正面から胸を鷲掴みにされる。
「あらあら可愛いらしいこと。私とロー君が親戚だって知らなかったのね。私の本名はマニクーレ=レオーネ。ロー君の母親が私の姉なのよ。うふふ」
胸を揉み倒しながらマニクーレがウィンクをした。
「本当にあの二人は慌ただしいな」
どうにかルーカとマニクーレを部屋から追い出し、ロッソはため息を吐く。
「折角来てくれたのに、追い返して良かったの?」
「良いんだ。どうせ仕事が山積みなんだ。特にルーカは副官なんだから働いて貰わないと困る。……って、お前はその補佐だったな」そこまで言うと、ロッソは真っ直ぐヴィオを見つめる。「お前が故郷で暮らしたいというなら、俺の力で……」
「仕事に戻ったら、忙しくなりそうね。ロッソ」
その言葉をヴィオが遮る。
「お前、今名前……」
ロッソが暗紅色の瞳を見開く。
「何のこと?」
動揺の隠せないロッソに向かって、ヴィオは微笑んで見せた。
――END――
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
自分では気づきませんでしたが、この作品を書いているうちに、年齢差カップルが好きなのかなぁ……なんて思うようになりました。
まぁ、他の作品は年齢近いのが多いんですけどね。
でも、大人が子供に振り回されるのは面白いですね。
それでは、良かったらほかの作品も読んでいただけると嬉しいです!
ありがとうございました。
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