五話 魔王は魔王
「ハルー、ご飯」
「わかった」
「ハルー、洗濯物洗って」
「はいはい」
「ハルー、そこにある本取って」
「……はい」
「ハルー……」
生きた心地のしなかった邂逅から数日が経った今、なぜか僕は召使のようなポジションにいた。
あれをやれ、これをやれ。あれを取れ、これを持っていけ。果ては外に連れ出せ、歩きたくないなどと言ってくる。
これもそれもあれもどれも、あの日受けた屈辱からきていると思うと情けなくなる。
あの日、ノワールは僕を仲間認定した後、服をくれたのだが……。
「うん、良く似合ってる」
「……っ!どこがだよっ!」
考えなしに服を借りた僕も大概だが、何も臆せずに女物の服を渡してくるノワールはもっと変だ。
「文句言わない」
「いや、でも!」
「大丈夫、似合ってるから」
頬がぴくぴく引きつってるよ、ノワールさん。笑いをかみ殺しながら似合っているとか言われても説得力がなさすぎる。
「似合いすぎててちょっと引く」
「はいはい、冗談はともかく、男物はないの?」
「冗談じゃない。あと、私には男装の趣味はない」
僕にもありませんけどぉ⁉
と、心の中で叫びつつ、動揺は表に出さない。
「うーん、明日には準備できるかも。今日のうちはそれで我慢して」
「え、いや、別にここにとどまるわけじゃないから服返すよ」
「え、露出……」
「違うから」
いや、傍から見ればそう見えるのは仕方ないとしても、面識のあるノワールからそう思われるのは心外すぎる。
それに、よく考えたら家族以外の女性の部屋に入るのはこれが初めてだった。長居するわけにもいかないだろう。そう思っていたのだが、
「服用意してあげるから世話をして」
「誰の?」
「私の」
……意味が分からない。
「は?」
「私は、動きたくない。だから、世話をしてくれる存在を求めてた。それが、味方」
……味方の定義に問題がある気がする。
「ノワールにとって味方とは?」
「私の言うことを素直に聞き、かつ私の手となり足となってくれる存在」
「いや、それは……」
「何?ハルはわたしの味方じゃないの?」
んぐっ!ノワールが剣呑な雰囲気に包まれた。今の僕じゃ太刀打ちできないほどの威圧。
「違うと言ったら?」
「男服、用意しない」
……身にまとう雰囲気にしては報復が軽いと思ってしまったのは僕だけだろうか。思わずため息が出る。
「なら、出て行く」
「だめ」
……空気がどんどんと重くなっていく。だめって何?子供かよ……いや、子供か。
「あなたには言われたくない。齢18にもなってそんな外見。ありえない」
「心読めるの⁉ しかも言葉の刃が鋭すぎるよね!」
「何が不満なの?」
唇を尖らせるノワール。そう聞かれてみると、不満なことは何一つない。僕だって、スライムにほぼすべてを任せるつもりだからノワールと怠惰な信念に差はない。だから、何が問題なのかというと、
「女の人と一つ屋根の下というのは無理」
倫理的にも、精神的にも。
「私は魔王。人じゃない。大丈夫。論破」
……いや、論破できてな……あれ?できてる。
「いや、そういう問題じゃなくて、外見だよ、外見」
「何、あなたは外見で人を差別するの?」
「少なくても、性別は」
相手の正論を下手に否定すると角が立つ。だから、相手の言い分の大筋を認めつつも、道理を外れているわけじゃないとアピールすることが大切なのだ。ほら、ノワールも何も言えなくてうつむいて肩を震わせているじゃないか。
……ん?肩を震わせて?
「その理論に拠るとハルは女の子」
くつくつと笑いながら宣いやがった。
「女装男が女に見える目がおかしいんだ!」
「そこまでいうのなら、勝負」
ノワールはさっきと同じ威圧を伴って勝負を切り出してきた。僕は男であるから、この勝負に負けようがない。勿論、受けるしかないだろう。なにより、男の矜持にかけて。
「上等だ!」
「これから一か月、私の世話をして。男らしいところを見せれたらあなたの勝ち」
「「……え?」」
……ノワールの声と、僕の声が同時に発せられた。お互いの言葉を理解すると、僕の顔は苦くなっていき、ノワールは満面の笑みを浮かべる。
「私があなたを男と認めたら世話をやめてもいい」
「待った」
「一度受けた勝負を降りるの?どこまでも女々しい」
……墓穴を掘った。ああ。もう、どうにでもなれ!
「一か月だけだ」
「それはあなたの頑張り次第」
あのにやにや顔がまた癪に障る。
「せめて、男物の服くらいは用意してくれるんだろう?」
「わかった。ハンデは必要」
ぐっ。ハンデなんかいるか!と言うのを直前で思いとどまる。
「じゃ、よろしくね」
ノワールの笑顔を見て、やっぱりいい魔王何ぞ、存在しないんだと悟った。
「ハルー、スライム点けてー」
今日も、僕はノワールのために働く。
~~残り25日~~