序章 スライム使いの誕生
「やあ、僕は神なんだね。君たちには、異世界に行ってほしいんだね」
学校で、一人の時間を堪能していた僕は、急に見知らぬ空間に呼び出された。
あたり一面真っ白で、果てしなく続く空間。それは、夢の中のように幻想的だ。ただ、僕の周りでぽかーんとしている人たちは感想を持つ余裕もないみたいだ。
「……い、いせかい?」
僕の隣の男が聞いた。誰にって?僕らの前で偉そうにしている神に。
神は、男の言葉を聞いて、大仰に頷く。
「そう、異世界だね。君たちがいたセカイと全く別のセカイなのだね。安心してね。君らには一人一大陸あげるからね。寝る場所には困らないさね」
人がもし丸裸で無人の大陸に放り出されたとして、生きていけるとは思えない。そんな僕の疑問を察したのか、神は言葉をつづけた。
「ああ、安心してくれていいよね。君らにはこれからくじを引いてもらうのね。一人一つすんばらしい異能を授けるのね。まあ、それでも死んだら自業自得だね。仕方ないのね」
語尾が『ね』ばかりなのには突っ込んでも仕方ないから放っておくとして、ずいぶんと冷たい神だ。
「ま、とりあえず引いてよ。はい、そこのボク」
神は僕を手招きしている。確かに一人称は僕だが、そんな風に呼ばれる年齢じゃないのに。
「君はまだ幼いみたいだからね。初回ボーナスっていうことで特別に当たりの確率を上げてあげたね」
ん? この神は本当に僕を子供だと思っているみたいだ。まあ、いい。チャンスを自ら不意にすることもない。
神が手に持っている箱の穴に手を突っ込む。何枚もの紙が入っているみたいだ。一枚取り出す。
「さあ、なにかな? なにかな?」
神が畳まれた紙の開封をせかしてくる。
四つ折りにされた紙を丁寧に開いていくと、神の中央に大きな字でこう書かれていた。
「「スライム使い(だね)?」」
神と僕は同時に声をあげ、同時に場に静寂が落ちる。
神はなぜか慌てだした。
「一千万分の一の激レア雑魚スキルだね。存在したんだね……」
神がボソッととんでもないことをつぶやいた。キッと睨みつける。
「ええ、そんなに睨まないでくれだね。仕方ないね。レアリティ☆三つ以上になる確率を九十九パーセントにまで上げての結果なんだよね?」
もう一度紙に目を落とす。そこにはスライム使いの文字と、金色の☆一つ。再び神を睨むと、弱ったように頬を掻きだす。
「ああ、もうだね。向こうに送って即死亡なんてことになったらアーゼが何て言うかわかったもんじゃないね。ショタが好きだからねぇ、あいつ……ね」
ぼそぼそと呟きだす神。いや、ショタじゃないからね。確かにみんなより発達は遅いけど、立派な十八歳だから。あと、無理に『ね』をつけなくていいよ。
「ああ、わかったね!君には経験値の面で優遇してあげるね!これ以上の譲歩はできないね!」
「経験値?」
さっきから思っていたことだが、スライムといい、経験値といい、ゲームの中のようだ。
「ああ、いい忘れていたけど、君たちの行く世界はゲームのようなものだね。魔法もあれば魔物もいる、ファンタジーだね。危険なんだね」
「なぜ、僕たちを送る?」
「秘密だね」
ぴしゃりと言いきられてしまった。まあ、正直まだ実感が湧かないが、家族も親戚もクソみたいなやつらばっかだった。いまさら未練はない。
「じゃあ、経験値二倍をつけたね。ついでに、スライムを倒した時にボーナスが入る仕組みにしたね」
じゃあ、銀色のスライムを倒したら凄そうだなぁ、なんてことを考えていたら後ろの方が騒がしくなってきた。
それを一瞥した神が急に僕の耳元に顔を寄せてきた。
「冷静だね、柳瀬クン?」
急な口調の変化。やっぱりさっきまでの話し方は素じゃないのだろう。
「ええ、僕は図太いらしいです」
「ははっ、なんだそれ。見た目そんなにちっちゃいのにね」
神は僕のコンプレックスを的確についてきた。神は僕の本当の年齢を知っていたみたいだ。
「ただまあ、そのなりだと確実にいつかアーゼの目に留まる。非常に彼女好みの魂だ」
「魂?」
「ああ、その話は長くなるからよそう。それより、くじの件はごめん。あくまでくじだから、外れをなしにはできなかったんだ。でも、君は強そうだ。あっちでわめきたててる奴らよりよっぽど」
その言葉に後ろを振り返ると、「そんな子供まで……」だとか「子供びいきはずるい」だとか、僕を盾に反論している野次ばかりが耳に入る。
あいつらよりは立派でありたい。そう思うが、
「彼らは僕と違って多くのものを失うことになるからな。仕方ないさ」
「ヒュー。昏いお言葉だ。見た目通りの年齢じゃないとはいえ、鳥肌が立ったよ」
神はそうおどけて見せると、僕から離れていった。
「じゃ、いいかい?悪いけど、どの大陸に送られるかまでは選べない」
「ま、なるようになる」
そういうと、神は軽く苦笑する。
「もっと、生きることに楽しみを持てよ、少年。そうだ、さっき言ったアーゼだが、できるだけ関わるな。どっかの人間の都市で遊んでいるのだとは思うが、もし行くならな」
「忠告、感謝しようかな。じゃ、さっさと送ってくれ。野次が不愉快になってきた」
「僕は、この後その対応をするんだけどね」
神は顔を軽くゆがめると、手を振る。その手に僕の意識はからめとられ、視界が暗闇に染まった。