終章 滅び行く王国
始まりは何処だったのだろう。
ある一人の無実の女性の処刑が行われ、その女性が悪霊に身体を乗っ取られて甦ったと噂が立った。身体を乗っ取られたのではない。女性自身が怨霊となって甦ったのだという人もいた。
怨霊の最初の犠牲者と言われているのは、怨霊など全く信じておらず、そんなものは存在しないと笑い飛ばしていたサンジェスト前公爵であった。前公爵を皮切りに、サンジェスト公爵家に関わる者達が、次々と不審死を遂げる。それは、血縁にかぎらず、使用人や出入りの業者の中にさえも被害が広がり、人々の恐怖を煽った。
続いて怨霊の存在に怯えていた王太子妃が、恐怖に染まりきった顔で変死をとげる。
それを受け、王太子が教会に除霊を強く要請するが、怨霊の脅威は治まることを知らず、不審死を遂げる者は日に日に多くなっていき、教会の聖職者の中にも犠牲者は広がっていった。
浄化に特化した聖職者であり、浄化の能力が他の聖職者の追随を許さないほど高かった神託の聖女も、怨霊を除霊することはできず。呪いにかかったかのように、幻覚や幻聴に襲われ、日に日に酷くなるその症状に、ついには耐えきれなくなり、気が狂って亡くなった。
王都を中心に、王侯貴族、教会の聖職者、一般市民問わず、次々に人々が不審な死を遂げ亡くなっていく。政治は回らず、経済は回らず、人々は困窮し、国外に避難しようとする者達も多く出たが、何故か誰も国境を越えることができず、王国内は阿鼻叫喚の渦に飲まれた。
教会が機能しなくなり、浄化がままならなくなった王国内には瘴気が蔓延し、しだいに魔獣の姿が目撃されるようになる。その数は日に日に増えていき、国外へ逃げることもできない人々は、怨霊に殺されるか、魔獣に殺されるかの二者択一の状態になり、恐怖に震える日々を送ることとなった。
いつ終わるのか解らない、終わりの見えない恐怖の日々。
その日々に終止符を打ったのは、一人の男と怨霊の息子だった。
サンジェスト公爵家の生き残りであり、神託の聖女の夫だったその男は、怨霊の前にひれ伏し、慈悲を請うた。そして男の口から語られたのは、罪のなかったその女性が国の贄となるために、自身の息子の保護と引き換えに処刑を受け入れたこと、それなのに遺恨の芽を摘んでおきたかったこの国が約束を破り息子も一緒に殺そうとしたことだった。男は言った。女性を怨霊に変えてしまったのは自分の罪であると。だから、自分だけにして欲しい。自分で終わりにして欲しいと。そこに女性の息子も加わり、母にもうこれ以上はやめてほしいと懇願する。
息子の存在に、意識を取り戻した怨霊は、男の命を持ってこの厄災を終わりにすることを受け入れ、男が差し出した神託の聖女のペンダントに残された浄化の力で、無事除霊されたのだった。
そして、人々を王国に閉じ込めていた何かはなくなり、生き残った人々は外の国へと逃げていった。しかし、王侯貴族や聖職者は誰一人国外に出ることは叶わず、王国の歴史は幕を閉じたのだった。
滅び行く王国を二人の魔人が眺めていた。
「なぁ、フェリシア。これはお前の仕業か?」
男の姿をした方の魔人、ダグラスがそう口を開く。
「何が?」
フェリシアと呼ばれた女の姿の魔人が、可愛らしく小首をかしげてそう返す。
それを見て、ダグラスは何を聞いても無駄かと、それ以上質問を重ねなかった。
「ねぇ、ダグラス。瘴気溜りに捨てられて、人として死んでしまったあの時に、わたし達はもう、わたし達でなくなってしまっていたんだよ。」
フェリシアのそんな言葉に、ダグラスはただ、だろうな、と思うだけだった。フェリシアがフェリシアのままであったなら、きっとこんなことはできない。こんな非道なことができてしまうってことは、それをして、こんなあっけらかんとしていられるってことは、ここにいるフェリシアは自分の知っているフェリシアではないのだろう。
「魔人っていったいなんなのか。なんで魔人化した中で、わたし達だけがこうして生前と同じようにいられているのか、ずっと考えていたの。色々仮説を立てて、それでね。結局は、わたし達にはわたし達しかいないからじゃないかなって、そう思った。」
「俺たちがただの瘴気の塊で、この姿形を保っているのが単純に、原初の魔法が発動した結果だと理解したって事か?」
「なんだ。ダグラスはもうとっくに解っていたんだね。」
「お前と違って、柔軟だからな。」
「そもそも、わたし達の時代の聖魔法は、魔法理論に基づかないで発動される魔法の総称。つまりは原初の魔法のことを指していた。だけど、わたしは、聖魔法の適性を持ちながら、魔法理論に拘ってしまっていたから、聖魔法が上手く使えなかった。でも、死ぬ間際、適性持ちのわたしが、瘴気溜りなんていう原初の魔法の動力の塊の中に落とされて、そこで願ってしまった。だから、わたし達は魔人として復活した。それ以降の魔人と違って、なにか使命や目的をもって復活したわけじゃない。だから、そのままのわたし達のままだった。だけど、今のわたし達を構成している全てが瘴気の塊だから、わたし達は誰かの願いや祈りを受けてその形を変質させてしまう。今回のリフィアのように・・・。」
そう言って、フェリシアはダグラスの目をしっかりと見つめた。
「リフィアが厄災の魔人と化した後のことは、わたしがやったけど。その前、リフィアを厄災の魔人にしたのは、ダグラス、貴方だよね。」
「なんだ、バレたか。」
「うん。バレたも何も、結構最初からダグラスがそういう風に人々の意識を先導していたのに気がついてた。だけど、そうならない方にも賭けたかったし、あとは、知りたいことがあったから、見逃してた。」
「知りたいこと?」
「人々の思い込みで定義づけられて変質してしまう可能性を持ったわたし達だけど、どれだけ変質しても根っこは自分のままでいられるのかなって。」
「で、見届けた結果。どうだったんだ?」
「リフィアはリフィアだったよ。ちゃんと意識はあった。思い出も。だから、苦しかっただろうな。アンジェリカお姉様も、きっと、凄く苦しかったんだろうな。アンジェリカお姉様のことだもの、イーリシアお姉様を殺しに行くより先に、わたし達を助けに来たかったはずなんだよ。だけど、求められた役割の方が強く出てしまって、自分の思うとおりに自分自身を動かすことができなくなっていた。」
「そうか。」
「だからね。ダグラス。わたしと貴方で、お互いを魔法で縛っておきたい。他の誰かの影響よりも一番、お互いに影響されるように。わたし達がずっと、わたし達のままでいられるように、自分達がどういうものなのか定義づけし、固定し合う、そうすればきっと、これから先もずっと、わたし達はわたし達のままでいられると思うから。」
「そうか。」
「そうかって、ちゃんと話聞いてる?真面目にわたし、提案してるんだけど。」
「解ってるよ。ちゃんと解ってる。なぁ、一つ聞いて良いか?」
「なぁに?」
「お前は、今、辛くて苦しいか?自分が護ってきたもの全てを、護ろうとしてきた全てをめちゃくちゃにして。人を護るための結界を、人を閉じ込めて虐殺するために使用して。」
そう問われて、フェリシアは少し考えて、自分の心の中と向き合った。
「虚しい、かな。なんだろうね。人間だった頃、自分がやってきたこと全てが全部意味のなかったことに思えて、悪い結果しか生まなかったように思えて、全部なくなってしまえって、そう思ったけど。だけど、全然スッキリしなかったや。スッキリしないどころかなんか、苦い思いがして。本当にこれで良かったのかなって。うん。わたしにはこういうのは向いてないって痛感した。」
自分の心と向き合って出した答えを口にすると、ダグラスが「そっか。」とどこかほっとしたような顔をして、頭をぐちゃくちゃに撫でてきて、フェリシアは、子供扱いしないでよ、と少しむくれた。
「ねぇ、ダグラス。わたしもきいていい?」
「何を?」
「わたしが絶対に知らないダグラスの話。」
「は?」
「お互いを定義づけし合う前に、確認したかったんだ。ダグラスが、ダグラスだって。わたしが知らない思い出を知ってたら、絶対に、わたしの妄想が生みだした幻想じゃないでしょ。」
そう言うと、ダグラスが「しかたねぇな」とどこか諦めたような顔で、何を話すか悩み始めるのを見て、フェリシアは小さく笑った。
片方だけじゃフェアじゃないからと、フェリシアも、きっとダグラスが知らないであろう自分の話を語って聞かせる。多分、生前も含め、こんなに互いのことを話したことはないだろうと思うくらい、語り明かして、そして、二人は互いに魔法を掛け合ったのだった。
神は信仰によって造られるもの。だから、人々の念で形を変えてしまう自分たちは魔人ではなく魔神と称することが正しいのではないかと思った。だけど、「これで、もうしばらくは、自分たちは神さまなんかじゃなくて人だよって言い張ってもいいのかな。」そんなフェリシアの問いに、ダグラスは「好きにすりゃあいいだろ」と投げやりに答えるだけだった。
フェリシアは思う。あの時、自分も確かに他者の願いに応じてその性質を変えられていたのと。だから、本来の自分では絶対しない判断をし、決断をし、実行してしまったのだと。だけど、結局、表面に一番強く出てしまうものが代わるだけで、そこにいた自分が自分自身であることには変わりはなかったのだとも思う。何が表に出るのか、それは周りの心がけ次第。結局、あの王国が滅びたのは、人に恨まれるようなことを沢山しすぎたせいだよね。




