ペルセフォネ
新しい娼婦をスカウトしてこいとコビーに言われたのは、丁度、私がここに来て三年の年月が経った頃でした。
もうこのくらいの時間を過ごしていると、娼館の中で知らない人というのは数少なく、また、新しい人との出会いというのも経験したり、別れも然りですが、何はともあれ私もこの娼館の一員だということです。
私は記憶力が人より数段優れており、一度聞いた名前だとか誕生日、好みは忘れません。
受付をしているため、よく娼婦や客と話しますので、多くの情報が私の頭の中へ入っていきます。
すれば娼婦、また客から恋慕だとか嫉妬だとか様々な相談などを受けるご意見番のような役割を果たしていました。
つまり、私が知らない人というのは純で乙女な方か、ヴァージンを極めた方のみでしょう。
しかし、スカウトを頼まれた夜のこと、私のもとに、コビーと一緒に、私が全く、見たことも、聞いたことすらない私と同年代でいそうな少女がひょいっと顔だけをコビーの背に隠れながら出しました。
その少女、お淑やかという言葉が似合う、大人らしさを纏った幼ない顔をしたお方でした。
彼女はシャイなのか一向に顔以外見せてくれません。そうなると、こちらもどうも身構えてしまっていけない。
それに気づいたかコビーがすっと横にずれ、彼女の全身を露わにさせました。
「ほれ、挨拶」と怪訝な顔してコビーが言えば、少し黙って、私の顔を見て、目をぱちくりさせた後に、
「はい」とだけ言って口を閉ざしました。
はい、だけでは分からないと私は目をぱちくりさせますと、
「こいつはな、娼婦の娘なんだよ。ほら、精神分裂症になってやめたあの」
「あれ、そのお方はもうここに居ないはずでは」
「いや、それが、こいつが自分から、働くからもう少しの間だけ住まわしてほしいって言い出して聞かねえから。しょうがなくな」
「いやしかし、それが他の娼婦達にバレれば大変な問題に成りかねない」
「あぁ、全て承知の上だ」
そう言うコビーの目はなんとも冷たく、慈悲深いことでしょう。まるで戦争で兵士を殺して、ずっとその兵士たちを偲ぶ人の目のようです。
あぁ、しかしなんともコビーは憐れなこと、いや、憐れなのはこの子か。
この子は引っ込み思案というお病気を持ってらっしゃる。到底、役に立つとは思えません。
こういうサービス業において、それは白痴だとかそういうのと同じ類になり得る病気なのです。
そんなことコビーは痛いほどに分かるはず。
その情は毒だぞ。
けれど、確か彼女の母はこの娼館でも一際の美人だっただけに、容姿は淡麗だった。
それがまた、あまりに惨めで、可哀想で仕方がない。人より優れているから、美人でいるから、嫉妬も喰らうし、色眼鏡を付けられる、高い基準を付けられる、あぁ、彼女はこの娼館に嫌われる人だ。
この娼館に嫌われればもう、行く場所などないだろうに。なかったから、ここなのだろうに。
彼女は口を震わせ、何かを発しようとまた、目をぱちくり。終に時計の針を見てしまいます。針がカチカチと音を立て進むほどに、私は溜息を堪えるばかり。
「君、お名前は?」
「あ」と一つ。未だか細く、何かが震えているのは分かっておりますが、えぇ、伝わりません。
「すみません。名を聞く前に自分の名をですね。私の名前はアブサンです。ここの娼館にいたら聞いたことくらいあったりしませんか」
「あ、あ、あの」吃りでもあるのでしょうか。
「ペルセフォネという名だ。こいつの母が発症する前に付けたんだ。何を思ったか豊穣だなんて」
別に誰が名を付けたかなんて訊いていないのに。
「いや、意外とあのお方はロマンチストで、もし子が生まれるなら神話から名を取ると仰っていたよ」
私も由来など訊かれていないのに答えるのは一体、何故だろうか。




