第22話 椎名さんの本性を知る
僕は自分の部屋へ向かう道すがら、先程の出来事を思い返していた。
(綺麗な人だったな……ついつい話し込んじゃった)
向こうも僕のことを色々と訊いてきたので、つい喋りすぎてしまった。
話していると、ミルチャさんは本当に楽しそうに聞いてくれた。
(あれ? そういえば、ミルチャさんは何で図書室に居たんだろう?)
僕が図書室に入った時、誰も居なかった。
誰かが入って来れば扉の音で気付くはずだが、そんな音はしなかった。
つまり最初から部屋に居たことになるが、本を探して歩き回った時、影すら見なかった。
(じゃあ、どこに居たんだ?)
謎が一つ増えた。それに——
「僕、なんか色々と話していたな・・・」
ミルチャさんは、僕のクラスメート達の性格を訊いてきた。
最初は「よく知らない」と誤魔化そうとしたのに、ミルチャさんの目を見ていたら、
なぜか話さないといけない気がしてしまった。
気付けば、知っていることを全部話していた。
自分でも不思議に思いながら歩いていると、考え事に気を取られすぎて前方への注意が疎かになっていた。
「きゃっ!」
「おわっ!」
出会い頭にぶつかってしまった。
僕は倒れなかったが、相手は尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか? って、椎名さん⁉」
「う、うん、大丈夫」
椎名さんはすぐに立ち上がり、服についた埃を払う。
「ごめん。僕が前方不注意だったから」
「いいよ。わたしも不注意だったし、気にしないで」
「でも——」
「気にしないでいいから」
手を横に振って、気にするなと示す椎名さん。
(なんて良い人なんだろう……)
そう思った矢先、椎名さんが突然、鼻をクンクンと鳴らした。
そして、ぐっと顔を寄せてくる。
甘い香りがふわりと漂い、僕の鼻をくすぐった。
「えっ、椎名さん?」
「スンスン……スンスン……香水と、知らない女の匂いがする」
「はい?」
「香水と知らない女の匂いがする」
なぜ二回言った⁉
というか、よく分かるな!
俯いているので、表情は見えない。
「ねぇ、猪田君」
「は、はいっ」
「今までどこに居たの?」
「ど、どこって・・・図書室だよ」
「図書室?」
「うん、明日のために調べ物をしてて」
「じゃあ、なんで女の匂いがするの?」
「それは・・・・・・」
多分、ミルチャさんに胸を押し付けられたせいだ。
不可解なことはあったが、変なことはしていない。
そう思っていたら、椎名さんが顔を上げた。
「ねぇ、どうして黙っているの?」
その目には光がなく、口元だけが笑っていた。
「ねえねえねえねえ、どうして黙っているの。教えてよ。ねえ?」
「えっ、えっと・・・」
普段と違う雰囲気に、怖くて言葉が出ない。
「そう、言えないんだ。そう・・・・・・浮気したんだ」
「はいっ⁉」
浮気? WHY⁉
「ぼ、僕は椎名さんと付き合ってないけど?」
「今はね。でも、高校を卒業したら、わたし達は結婚するんだよ。だから」
椎名さんは僕の顎を両手で掴み、顔を固定する。
「ねぇ、猪田君。わたしはね、一つのことを除けば何をしてもいいんだよ」
「え、えっ⁉」
「わたしを奴隷みたいに扱っても、一生働かなくても、何をしてもいいの。でもね」
光のない目で瞬きもせず僕を見つめる。
「浮気だけは駄目。それをしたら許さないから。絶対に」
「し、椎名さん?」
「猪田君と一緒にいた泥棒猫が誰か教えて。そうしたら今回だけは目をつぶってあげる」
「・・・もし、その人の名前を教えたら、椎名さんはどうするの?」
「もちろん、猪田君に二度と近寄らせないように痛い目・・・オホン、話をするだけだよ」
いや、絶対に話だけじゃ済まない。
下手したら事件になる。
(どうする? 言ってもまずいし、言わなくてもまずいぞ・・・)
どれだけ考えても答えが出ない。
(そうだ! ここはアレしかない!)
「し、椎名さん」
「なに? 名前を言う気になった?」
「そ、その・・・申し訳ないんだけど、トイレに行きたいんだけど・・・・・・」
「別に気にしなくていいよ。もし漏らしても、わたしが綺麗にするから。隅々まで」
「いやいや、それは恥ずかしいからっ! というか、トイレに行かせてくれたら問題ないから!」
「ええ、でも——」
「そんなに言うなら、トイレまで付いてきたらいいと思うよ」
さぁ、どうする?
流石に付いてくるとか言わないだろう。
そう思いながら椎名さんを見ていると、当の本人は少し考えた後、口を開いた。
「・・・・・・そうだね。そうしたら逃げる心配もないね」
えっ⁉ 嘘、本当についてくる気?
まぁ、そうなっても大丈夫だ。
「でしょう! だから、手を離してくれないかな?」
「うん、いいよ」
顎から手が離れた瞬間。
「今だ!」
僕は全力で走り出した。
まさに三十六計、逃げるに如かず。
椎名さんは呆然としたが、すぐに正気に戻った。
「そう・・・・・・そんなに言いたくないんだ。そんなにその女が好きなんだ。・・・ふふふふふ」
笑い終えると、無表情で追いかけてきた。
「なら捕まえて、二度とわたし以外の女に目が行かないように躾けて、それから名前を聞かないとねえええええええっ‼」
「ひいいいいいいいいっ‼」
「あはははははっ、わたし、好きな人と一緒に走るの、夢だったんだ!」
それ、普通は砂浜でやるやつだよ!
しかももっと穏やかな雰囲気で!
誰が見ても、狼に追われる兎だ!
僕は全速力で逃げた。
撒いたと思えば、どこからともなく現れる。
隠れてもすぐ見つかる。
「こんなに思い込みが激しい人だったなんて・・・それなりに長い付き合いなのに知らなかった!」
体力が限界だ。どこかに隠れないと。
ちょうど前方に部屋が見えた。
僕はノックもせずに飛び込む。
「・・・猪田?」
西園寺君? ということは、ここは西園寺君の部屋か。
上半身裸の西園寺君が、不審そうに僕を見る。
「お願い‼ 今は何も訊かないで匿って!」
「うん? 何かあったのか?」
「それは——」
説明しようとした瞬間、廊下から声が聞こえた。
「スンスン・・・猪田君の匂いはこの辺り・・・・・・ここかしら?」
(き、きたああああああっ‼)
万事休す。
「・・・・・・ああ、成程な。猪田、お前はベッドの下に隠れていろ」
「えっ⁉」
「早くしろ。ばれるぞ」
「う、うん!」
僕は急いでベッドの下に潜り込んだ。
西園寺君は香り袋を取り出し、窓を開け、ロープを結んで垂らした。
「これで良いな」
西園寺君がそう独り言ちると、コンコンとドアが叩かれた。
「誰だ?」
「わたしだよ、颯真君」
「少し待て」
シャツを着てドアを開ける。
「どうした?」
「颯真君、猪田君がこの部屋に来なかった?」
「猪田? ああ、あいつなら今しがた窓から出て行ったぞ」
椎名さんは無言で部屋に入り、ロープを確認する。
「スンスン……この匂い、なに?」
「この国の王侯貴族が使う匂い袋だ。頼んだら貰えてな。その匂いだろう」
「そう・・・・・・っち。これじゃあ隠れても匂いで分からないわね」
「何か言ったか?」
「別に。ごめんなさい、勝手に入って」
「構わん。お前と俺の仲だ」
「そうだね」
「で、猪田を追いかけるくらいだ。何かしたのか?」
「うん、わたしが見ていない間に浮気してたの」
いや、付き合ってないですから!
でも動いたらばれるので黙る。
「浮気って、お前ら付き合ってないだろ」
「今はね。でも近い将来結婚するのは決まってるから、浮気は許さないわ」
「ふっ、あいつも大変だな」
「じゃあ、探すね」
椎名さんは窓から出て行った。
西園寺君は慎重に外を確認し、窓を閉める。
「もう出てきていいぞ」
僕はベッドの下から這い出た。
「はああああっ‼ 助かった!」
「お前も災難だな、猪田」
「まさか椎名さんがあんなに思い込み激しい人だったなんて・・・・・・」
震える僕の肩に、西園寺君が手を置く。
「俺が言うのもなんだが。御愁傷様」
僕はガックリきた。




