第16話 この国の内情を知る
貴族の上下関係が分かったので、僕はこの国についての事を聞くことにした。
「国の内情について、お話できることで良ければ教えていただけますか?」
「分かりました。わたしの知る限りの事をお話いたします」
アスクレイ侯爵は穏やかに微笑み、ゆっくりと語り始めた。
政は王様ではなく、王妃様と宰相達が属する『王統派』が担っていた。だが、最近王妃様が病に伏してしまい、政治が滞りがちになっているという。
その隙を突くように、高位貴族からなる『貴族派』が勢力を伸ばしているらしい。
僕達を召喚するよう王様に圧力をかけたのも、その貴族派だそうだ。
ちなみにアスクレイ侯爵は王統派とのこと。
政治では貴族派が台頭しているが、軍部は王統派が多い。
元々王様はこの国の騎士だったらしく、軍には強い影響力を持っている。
会議に出ていた第一王女様が軍部で顔が広いのも、その影響だ。
「貴族派に王統派・・・文官と武官で溝がありそうですね」
「正しくその通りです。困ったものです。今は人類の存亡が掛かっているというのに」
侯爵は深くため息をついた。その表情には、国を思う者の苦悩が滲んでいた。
「他にも派閥はありますか?」
「中立派と神殿派があります」
「中立派は分かりますけど、神殿派って?」
「簡単に申せば、宗教のつながりで出来た派閥です」
「宗教ですか。この国にはどれくらいの宗派が?」
「精霊、六大神、豊穣神、戦神、鍛冶、太陽、月、海・・・変わった所では樹木を信仰する者もいます」
「六大神は、火・水・風・土・光・闇の六つですか?」
「その通りです。よく分かりましたね」
「まぁ、こっちの世界でも似たような信仰がありましたから」
僕達の世界でも山岳信仰や八百万の神がいたし、ファンタジー作品なら六属性なんて定番だ。
「樹木を信仰するのは、森司祭ドルイドとかエルフですか?」
「そうです。狩人でも信仰している者が居るそうですよ」
森で生きる者なら、自然を崇めるのは当然かもしれない。
「私からも聞いてよいですか?」
「ええ、どうぞ」
「貴方の国では、魔法はあるのですか?」
「ないですね。その代わり化学……いや、この世界風に言えば錬金術が発達しています」
「錬金術ですか。ほぅ、あれが発達した国という事か」
侯爵の目がわずかに輝いた。知識に飢えた学者の目だ。
(この世界にも錬金術があるなら……黒色火薬くらいなら作れるか?)
無煙火薬は無理でも、黒色火薬なら材料は単純だ。
硫黄はここにあるし、硝石は動物の排泄物から作れる。
(硝石丘を作るには五年かかるって本に書いてあったけど・・・まぁ、将来的に考えればいいか)
「では、錬金術を使って我が国の力になる事はできますか?」
「そうですね。うろ覚えの部分も多いですし、役に立つかどうかは試してみないと分からないとしか言えません。そこはご理解を」
「なるほど、了解しました。では、貴方の知っている錬金術の知識を教えてもらいたい」
僕は知っている限りの知識を全て話した。
侯爵は一言一句逃すまいと、真剣な眼差しで聞き続ける。
その姿は、まるで乾いた砂が水を吸うようだった。
(本当に知識に貪欲な人だな。悪い人じゃないし、話していて嫌な感じはしないけど)
僕の話が終わると、侯爵は背もたれに体を預け、冷めた茶を一口飲んだ。
僕も喉が渇いていたので、茶を飲んで一息つく。
(もう話せることは全部話したし。そろそろ帰りたいな)
そう思っていたら、侯爵がカップを置き、姿勢を正して僕を見つめた。
「いやぁ、イノータ殿と話していると、自分が物を知らない凡人だとよく分かります」
「いえいえ、侯爵に比べたら、僕なんてただの若輩者ですよ」
「はっははは、自分の才能というものは、得てして自分では分からないものです」
「そうでしょうか?」
「ええ、そういうものです」
侯爵が茶のお代わりを頼もうと手を叩こうとした瞬間、ゴーンゴーンと鐘の音が響いた。
(鐘。この部屋、窓がないから今が何時か分からないんだよな)
「おお、もうこんな時間か。随分と拘束していたようだ。イノータ殿、申し訳ない」
「いえ、気にしないで下さい」
「お詫びに後日、わたしの屋敷にご招待いたします」
「屋敷に、ですか?」
長時間話したとはいえ、屋敷に招かれるほどのことをした覚えはない。
(・・・・・・これは何か裏があるな)
だが、あの大司教のように何を考えているか分からない人物よりは、ずっとマシだ。
(断っても、また理由をつけて誘われそうだな)
僕が考えていると、侯爵が理由を話し始めた。
「実を申しますと、近々我が家に知り合いから“変わった物”が届くのです。それを見て頂けませんか?」
「変わった物?」
「ええ。知り合いもどう使ったら良いのか分からないので、わたしに送るそうです」
「へぇ、それは興味深いですね」
「手紙にもどんな物か書かれているのですが、わたしにもさっぱり分からないのです」
「それで、異世界の知識を持っている僕なら分かるかもしれないと?」
「端的に申せばそうです」
侯爵ほどの博識が分からない物か。それは確かに興味をそそられる。
「・・・何時頃行けば良いのでしょうか?」
「一週間後に届くそうです。その頃にお呼びいたします」
「分かりました。じゃあ、今日はこれで」
「ええ、今日はありがとうございました」
侯爵が扉を開け、研究所の外まで丁寧に見送ってくれた。
さて、明日からは訓練だ。
今日はしっかり休んで、明日に備えよう。




