閑話 別れ
西園寺視点。
警察の聴取を終えた俺が家へ帰ってみたが、誰もいない。
両親は仕事中なのだから当然だ。
「ニャー」
聞き慣れた鳴き声に視線を落とすと、高校入学前から飼っていた猫が足元にいた。
「ただいま」
猫を抱き上げ、顎の下を撫でる。
ようやく帰って来られた。
そう実感しながら、俺は猫を抱えたまま自室へ向かった。
俺たちが元の世界へ戻ってから数か月が過ぎた。
その間にも色々と面倒事はあった。
警察の事情聴取を受けたり、病院で人間ドックや精密検査を受けたり。
三年近く行方不明だったのだから当然の対応だろう。
検査結果は全員異常なし。
それは予想どおりだったのだが、面倒な事が起こった。
それは宗教団体やマスコミだった。
どこから聞きつけたのか、俺たちが魔法を使えるという噂を知っていたらしく。
『あなたは神を信じますか?』
などと聞いてきたのだ。
後で聞いた話だが、皆笑いを堪えるのに苦労したらしい。
俺の家が出版社や報道関係に圧力をかけたこともあり、マスコミも深追いをやめた。
やがて騒ぎは落ち着き、学校側も俺たちの処遇を決定した。
年齢だけなら全員成人している。
だが高校教育を最後まで受けていないことを考慮し、特別カリキュラムを組んだうえで復学できることになった。
もちろん、そのまま卒業したい者もいる。
そういう生徒には高校卒業資格を与え、大学への進学を認める方針だった。
結果として、クラスの大半は高校へ戻ることを選んだ。
その一方で、卒業証明書を受け取り大学へ進んだ者もいる。
大学には行かず、自分の好きな道を選んだ者もいた。
そして、その中には真田、張、村松の三人も含まれていた。
卒業証明書を受け取ってから数日後の夜。
俺は学校の屋上に来ていた。
肝試しをするためではない。
呼び出されたのだ。
ある三人に。
鍵の掛かっていない扉を開けると、そこには見覚えのある魔法陣が浮かんでいた。
俺たちが帰還した時に現れたものと同じだ。
その周囲には真田、張、村松の姿があった。
「急に呼び出して、こんなところで何の用だ?」
三人に問いかけながらも、理由はなんとなく察していた。
だが三人は何も答えない。
俺は肩を竦めた。
「……あっちの世界へ帰るのか?」
三人は無言のまま頷いた。
「だが、もう猪田はいないぞ」
あいつは死んだ。
死体こそ見つからなかったが、あの状況で生きているとは思えない。
「それでも行くのか?」
「……うん。そのために色々片付けてきたから」
「そうだな。家族にも別れは告げてきた」
「あたしも」
なるほど。
だから三人は、帰ってきたのか。
家族へ別れを告げるために。
この世界のしがらみを整理するために。
真田は家族に別れ、張は家業を家族へ託した。
村松も実家の仕事を弟へ引き継いでいる。
「それで、なんで俺だけ呼んだ?」
「西園寺なら皆を納得させられるだろう?」
「私たちが内緒で準備してたこともね」
「その魔法陣、一度きりなのか?」
「こっちの世界は魔素が少なすぎるから。一回使ったら次に起動できるのは数十年後らしい」
真田が苦笑しながら答えた。
こいつら、多分知っていたんだろう。
クラスの連中が時々、
『またあっちの世界に行きたいな』
なんて零していたことを。
まったく。
面倒な友人を持ったものだ。
「なら、椎名に会ったら伝言を頼む。あいつらの説得くらいは引き受けてやる」
「いいよ。会えたらね」
「なんて伝えるの?」
「『二度と会えないと思うから言うが、お前のことは手の掛かる妹くらいにしか思ってなかった』ってな」
「了解」
「じゃあ、そろそろ行くね」
「達者でな」
「彼女さんとお幸せにー」
三人は好き勝手なことを言うと、魔法陣が輝き始めた。
光はどんどん強さを増し、やがて目を開けていられないほどになる。
しばらくして光が収まった。
恐る恐る目を開く。
そこに三人の姿はなかった。
魔法陣も完全に消え去っている。
「……行ったか」
まったく。
最後の後始末まで人任せとは。
文句の一つも言ってやりたかったが、相手はもうこの世界にはいない。
「さて……クラスの連中になんて説明したものかな」
そんなことを考えながら、俺は静かな屋上を後にした。




