第20話王
黒天宮、王の間。
巨大な広間の中央で、二つの妖気がぶつかり合っていた。
一つは、底の見えない黒い闇。もう一つは、荒れ狂う嵐のような力。
レンと黒皇。二人の王の力が、空気そのものを歪ませていた。
リンは思わず後ろへ下がる。
「……息が」
胸が苦しい。ただ立っているだけなのに、体が押し潰されそうになる。
カイトが低く言う。
「近づくな」
ゼルも珍しく笑っていない。
「桁が違う」
イリスが小さく呟く。
「これが……王」
白蘭は黙って二人を見ていた。王の間の階段の途中。
黒皇が立っている。長い黒髪。黒い衣。赤い瞳。人の姿をしているが、その存在は明らかに人ではない。黒皇が静かに言う。
「器」
レンが肩を回す。
「その呼び方やめろ」
黒皇は少しだけ笑った。
「まだ自覚がないか」
ゆっくり階段を降りる。
一歩。また一歩。そのたびに床が軋む。
レンが言う。
「聞きたいことある、黒皇。」
「何だ」
レン
「なんでこんなことしてんだ」
黒皇の目が細くなる。
「簡単だ」
階段の最後の一段を降りる。レンの目の前まで来る。
「王になるためだ」
リンが眉をひそめる。
「もう王じゃないの?」
黒皇の声は静かだった。
「違う」
ゆっくり言う。
「この世界には王が多すぎる」
手を広げる。
その瞬間黒い妖気が膨れ上がる。
広間の壁が震える。黒皇の背後に巨大な影が現れる。
巨大な王の影。レンの背後の妖王よりもさらに巨大だった。
黒皇が言う。
「妖王は複数存在する」
白蘭が目を閉じる。その通りだった。黒皇が続ける。
「そして」
赤い目が光る。
「王は一人でいい」
次の瞬間黒皇の体が消えた。リンが叫ぶ。
「速い!」
レンの前に現れる。拳が振り抜かれる。
ドォォォン!!
衝撃が爆発する。床が砕ける。レンの体が数メートル後ろへ滑る。
しかし倒れない。レンが笑う。
「いいな」
拳を握る。
「本物だ」
黒皇が言う。
「当然だ」
再び突進。蹴り。レンが腕で受ける。衝撃波が広間を吹き抜ける。
窓がすべて割れる。遠くの塔が崩れる。妖界の空が揺れる。
ゼルが驚く。
「おいおい」
イリスも目を見開く。
「城が」
カイトが言う。
「戦いの規模が違う」
レンが地面を蹴る。黒皇へ突っ込む。拳を振る。黒皇が受ける。衝撃
ドォォォン!!
広間の柱が折れる。天井が崩れ始めるしかし二人は止まらない。黒皇が言う。
「強い」
レンが笑う。
「だろ」
黒皇が低く続ける
「だが」
その目が鋭くなる。
「まだだ」
黒い妖気が爆発した。黒皇の背後の影が巨大化する。
広間を埋め尽くすほどの王の影。リンが震える。
「……嘘」
白蘭が小さく言う。
「本気だ」
黒皇が手を上げる。空間が歪む。
その瞬間妖界の空。人間界の空。妖市の空。
三つの世界で同時に雷鳴が響いた。境界が揺れる。
リンが叫ぶ。
「世界が!」
黒皇が言う。
「これが王だ」
レンは笑っていた。血が流れている。
だが笑っている。背後の妖王の影が大きく揺れる。レンが言う。
「いいじゃん」
黒い妖気がさらに溢れる。
「俺も」
拳を握る。
「王になる」
その瞬間レンの体から、さらに深い力が目覚め始めた。
妖王の力。完全覚醒へあと一歩。黒天宮、王の間。
二つの王の力がぶつかり合い、広間そのものが悲鳴を上げていた。
柱が崩れ、天井が裂ける。床はすでに何度も砕け、巨大な亀裂が走っている。
それでも二人は止まらない。レンが地面を蹴った。爆発のような衝撃。
一瞬で黒皇の懐へ入る。拳を振り抜く。
ドォォォン!!
黒皇の体がわずかに後ろへ滑る。だが倒れない。
黒皇が笑う。
「いい」
次の瞬間。黒皇の拳がレンの腹にめり込む。
ドン!!
鈍い音。レンの体が宙へ浮く。壁へ叩きつけられる。
広間の石壁が砕ける。リンが叫んだ。
「レン!!」
煙の中。レンが立ち上がる。
口の端から血を拭う。そして笑う。
「最高だな」
黒皇がゆっくり歩いてくる。
「まだ余裕か」
レンが拳を握る。黒い妖気が腕に絡みつく。背後の影がさらに大きくなる。
白蘭が小さく呟く。
「……覚醒が近い」
カイトが聞く。
「どういうことだ」
白蘭は静かに言った。
「妖王の力」
リンが振り向く。
「レンの?」
白蘭が頷く。
「完全に目覚めれば」
視線はレンへ向く。
「この世界の均衡が変わる」
ゼルが笑う。
「面白いじゃん」
イリスは呆れた顔をする。
「壊れるって意味でしょ」
そのとき黒皇が手を上げた。空間が歪む。
王の間の天井が完全に崩れた。空が見える。
妖界の赤黒い空。そこへ黒い雷が走る。
遠くの裂けた空の向こう。人間界の街でも雷が落ちていた。
リンが震える声で言う。
「……つながってる」
白蘭が答える。
「三つの世界が」
妖界。人間界。妖市。すべてがこの戦いに引きずられていた。
黒皇が言う。
「見ろ」
手を広げる。
「これが王の力」
黒い妖気が嵐のように広がる。レンの体が押される。
床が砕ける。リンが叫ぶ。
「強すぎる!」
レンは歯を食いしばった。膝がわずかに沈む。
しかし倒れない。黒皇が静かに言う。
「まだだ」
赤い瞳が細くなる。
「お前は」
レンを見下ろす。
「まだ器にすぎない」
その言葉でレンの頭の奥で声が響いた。
『聞いたか』
妖王の影。レンの中の存在。レンが小さく呟く。
「……ああ」
影が言う。
『なら』
黒い力が爆発した。レンの体から妖気が溢れ出す。
背後の影がさらに巨大になる。王の影広間を覆うほどの巨大な姿。
黒皇の目が細くなる。
「……ほう」
レンが顔を上げる。目が赤く光る。
「器じゃねぇ」
拳を握る。
「俺が王だ」
その瞬間レンが消えた。黒皇の目の前に現れる。
拳が振り抜かれる。
ドォォォォン!!
衝撃が城を揺らす。黒天宮の塔が崩れる。
遠くの山が砕ける。妖界の空が裂ける。
リンが叫ぶ。
「世界が壊れる!」
白蘭が言う。
「限界だ」
黒皇が煙の中から立ち上がる。口の端から血が流れていた。
しかし笑っている。
「いい」
その目が輝く。
「だが」
ゆっくり言う。
「まだだ」
その瞬間黒皇の背後にさらに巨大な影が現れた。
王の影。いやそれ以上の存在。白蘭の顔が初めて変わった。
「……まさか」
黒皇が笑う。
「理解したか」
そして静かに言った。
「私は」
黒い妖気が広間を飲み込む。
「妖王を喰らう存在だ」
リンが震える声で言う。
「……え」
黒皇が続ける。
「すべての妖王を喰らい」
赤い目が光る。
「唯一の王になる」
その瞬間レンが笑った。
「上等」
拳を構える。
「じゃあ」
黒い妖気が爆発する。
「殴り飛ばしてやる」
そして二人の王が再び激突した。
黒天宮、王の間。すでに広間の原形は残っていなかった。
柱は折れ、床は砕け、天井は消えている。妖界の赤黒い空がむき出しになっていた。
その中央で。二つの存在が向かい合っていた。
レン。そして――黒皇。黒皇の背後には、巨大な影が揺れている。
妖王よりもさらに禍々しい、底知れない闇。黒皇が静かに言った。
「理解したか」
赤い瞳がレンを見つめる
「私は妖王ではない」
黒い妖気が膨れ上がる。
「妖王を喰らう存在だ」
リンが息を呑む。
「……そんな」
白蘭が低く言う。
「妖王喰らい」
カイトが眉をひそめる。
「どういう意味だ」
白蘭は目を細めた。
「妖界には古い伝承がある」
視線は黒皇へ向く。
「妖王が現れる時代、必ずそれを喰らう者も現れる」
ゼルが笑う。
「王殺しってやつか」
黒皇は静かに頷いた。
「その通り」
レンを見て言う。
「お前のような妖王を」
一歩前に出る。
「すべて喰らい」
妖気が嵐のように吹き荒れる。
「唯一の王になる」
レンは少し黙った。そして笑った。
「なるほどな」
拳を鳴らす。
「つまり」
黒皇を見る。
「俺を食いたいわけか」
黒皇
「そうだ」
レン
「いいじゃん」
拳を構える。
「食ってみろよ」
その瞬間二人が同時に動いた。
ドォォォォン!!
衝撃が爆発する。拳と拳。妖気と妖気。
空気が吹き飛ぶ。遠くの山が崩れる。妖界の空が裂ける。
リンが叫ぶ。
「近づけない!」
カイトが歯を食いしばる。
「次元が違う」
レンの拳が黒皇の顔へ入る。黒皇の蹴りがレンの脇腹を打つ。
衝撃。城の壁がすべて崩れる。黒天宮が半壊する。
しかし二人は止まらない。黒皇が笑う。
「いい」
レンも笑う。
「楽しいな」
黒皇の目が細くなる。
「だが」
手を上げる。黒い妖気が凝縮する。巨大な闇の槍が現れた。
それをレンへ投げる。空間が裂ける。リンが叫ぶ。
「レン!!」
レンは動かなかった。拳を握る。そして真正面から殴った。
ドォォォォォン!!
闇の槍が砕け散る。黒皇の目が初めて見開かれた。
レンの体からさらに深い力が溢れる。背後の妖王の影が巨大化する。
空を覆うほどの影。白蘭が呟く。
「……完全覚醒」
レンの目が赤く光る。声が低くなる
「黒皇」
黒皇「何だ」
レン「これで終わりだ」
地面を蹴る。空気が爆発する。一瞬で黒皇の前へ拳を振り抜く。
黒皇も拳を出す。衝突。
ドォォォォォン!!
巨大な衝撃波が広がる。妖界。人間界。妖市。三つの世界の空が同時に揺れた。
黒皇の体が吹き飛ぶ。王の間の奥へ叩きつけられる。
壁が崩れる。巨大な穴が開く。煙が舞う。その中から黒皇がゆっくり立ち上がる。
口から血が流れていた。だが笑っている。
「……素晴らしい」
レンが歩いてくる。
「終わりだろ」
黒皇は首を振った。
「いや」
その体が崩れ始める。黒い霧へと変わっていく。リンが驚く。
「消える?」
黒皇の声が霧の中から響く。
「まだだ」
赤い目だけが残る。
「始まっただけだ」
レンが舌打ちする。
「逃げんのか」
黒皇が笑う。
「覚えておけ」
霧が空へ上がる。
「妖王の器は」
白蘭が静かに言う。
「七人」
黒皇が頷く。
「その通り」
レンを見る。
「お前はその一人だ」
赤い目が光る。リンが震える。
「……七人」
黒皇の声が消えかける。
「つまりまだ六人いる」
闇が空へ消えていった。
静寂。崩れた王城の中で誰も動かなかった。
やがて白蘭が手を上げる。白い妖気が広がる。空の裂け目がゆっくり閉じていく。
妖界と人間界をつなぐ境界。しかし完全には閉じない。小さな門が残った。
白蘭が息を吐く。
「……これが限界だ」
数日後の妖市。壊れた街は復興が始まっていた。妖も人も忙しく動いている。
リンが伸びをする。
「結局」
レンを見る。
「終わったの?」
カイトが首を振る。
「いや」
白蘭が静かに言う。
「始まりだ」レンは屋根の上に座っていた。
空を見る。そこにはまだ小さな裂け目が残っている。
その向こうから微かな妖気。レンが笑う。
「まだ殴る相手いるじゃん」
その夜世界のどこかで六つの影が目を覚ます妖王の器。
闇の中で一つの声が響いた。
「黒皇は敗れたか」
別の声が笑う。
「ならば次は俺だ」
闇の奥で新たな王が笑った。
完




