第16話妖王の影
瓦礫の街に静寂が落ちた。
ついさっきまで空を裂いていた光刃も、妖気の嵐も、今は止まっている。妖市の中心。三つの影が向かい合っていた。レン。ヴァルガ。そして――王狩りの男。
リンが瓦礫の陰から顔を出す。
「……まだ終わってないの?」
カイトは短く答える。
「むしろここからだ」
ゼルが笑う。
「王が三人揃ってんだ」
イリスも頷いた。
「終わるわけないよね」
白蘭だけが黙ってレンを見ていた。
その視線はいつもより鋭い。
「……」
レンは肩を回していた。さっきの衝突で腕が痺れている。だが体の奥で妖気はむしろ強くなっていた。背後。巨大な影。妖王の姿が、前よりはっきりしている。頭の奥で声が響く。
『慣れてきたな』
レンが答える。
「少しだけな」
拳を握る。
「でもまだ全部じゃねえ」
影が低く笑う。
『当然だ。お前はまだ器だ』
レンが小さく舌打ちする。
「王じゃないってか」
『まだな』
そのとき地面が揺れた。
ゴォォ……
低い音。ヴァルガだった。
巨大な体。黒い妖気がゆっくりと膨れ上がっている。
赤い目の視線はレンから離れない。ヴァルガが低く言う。
「王」
レンが答える。
「さっきも言っただろ」
首を鳴らす。
「まだ違う」
ヴァルガが一歩踏み出す。
地面が砕ける。妖気がさらに膨れ上がる。
ゼルが笑う。
「まだやる気満々だな」
イリスが呟く。
「むしろ本気になってきてる」
カイトは腕を組む。
「妖王は簡単には退かない」
その瞬間空気が変わった。
冷たい気配。王狩りの男がゆっくり歩き出した。瓦礫の上。
一歩。また一歩。そして止まる。
視線はレン。男が言う。
「戦闘継続するんだろ」
レンが笑う。
「だろうな」
拳を構える。だがそのときだった。
空の上、雲の奥。黒い何かが動いた。
リンが気づく。
「……え?」
カイトも空を見る。
「何だ」
白蘭の目が大きく開く。
「……来た」
その瞬間空が割れた。黒い裂け目。
そこから巨大な妖気が溢れ出す。
妖市全体が震える。長老が震える声で言う。
「まさか……」
ゼルが口笛を吹く。
「おいおい」
イリスも驚いていた。
「もう一人?」
雲の裂け目の奥。巨大な影。ゆっくりと姿を現す。
角と巨大な体。黒い翼。そして赤く光る目。
ヴァルガとは違う。
だが同じ圧倒的な妖気。リンが震える。
「なに……あれ」
白蘭が静かに言う。
「妖王」
カイトが低く呟く。
「二体目か」
巨大な影が空から降りてくる。
ゆっくり。ゆっくり。
そして妖市の端に着地した。
ドォォォォン!!
地面が沈む。煙が広がる。その中から現れたのは長い黒髪の男。
細身の体。だが背後に巨大な翼の妖影。
その男が笑う。
「騒がしいと思ったら」
レンを見る。そしてヴァルガを見る。
「王が二人もいる」
男の目が楽しそうに細くなる。
「面白い」
ヴァルガが低く唸る。赤い目がその男を見る。
「……ディオル」
リンが小声で聞く。
「知ってるの?」
白蘭が答える。
「西域の妖王」
その男――ディオルがゆっくり歩く。
そしてレンの前で止まる。顔を近づける。不気味に笑う。
「人間?」
レンが答える。
「元な」
ディオルが笑う。
「なるほど」
背後の妖影が揺れる。
「王の匂いがする」
レンが舌打ちする。
「またそれか」
その瞬間ヴァルガが地面を蹴る。
突進と巨大な拳。ディオルへ。
ドォォン!!
だがディオルは片手で止めた。
ヴァルガの拳を片手で。
リンが叫ぶ。
「止めた!?」
ゼルが笑う。
「こりゃ本物だ」
ディオルが言う。
「短気だな」
ヴァルガの拳を弾き返す。巨体が数メートル後ろへ下がる。
そしてディオルがレンを見る。
「お前面白そうだ」
その瞬間三人の妖気がぶつかる。ヴァルガ。ディオル。そしてレン。
妖市の空気が歪む。白蘭が静かに呟く。
「……三王」
妖界の勢力図が今動き始めていた
妖市の空気が重く沈んでいた。三つの妖気。
それぞれが空間を押し潰すように広がっている。
レン。ヴァルガ。そして――ディオル。
三人の間の地面はすでに砕け、巨大な円形のクレーターになっていた。リンが息を呑む。
「……圧がすごい」
カイトも目を細める。
「妖王が二体」
そしてレンを見る。
「そこに王の器」
ゼルが笑う。
「戦争の匂いがする」
イリスも楽しそうに言う。
「むしろもう始まってるよね」
白蘭は静かにディオルを見ていた。
「……西域の妖王」
その頃中心。
ディオルは軽く肩を回していた。
まるで散歩でもしているような態度だった。
「久しぶりだな」
視線はヴァルガへ。
「北の王」
ヴァルガが低く唸る。黒い妖気が噴き出す。
「……侵入者」
ディオルが笑う。
「硬いこと言うな」
レンを見る。
「面白いものがいると聞いて来た」
レンが言う。
「俺か?」
ディオルが頷く。
「そうだ」
背後巨大な翼の妖影が広がる。
その圧力が妖市を震わせる。
「人間の王候補」
レンが小さく舌打ちする。
「その呼び方嫌いなんだよ」
その瞬間ヴァルガが動いた。
地面を蹴る。
ドォォォン!!
巨体が突進する。拳。ディオルへ。
ディオルは避けない。片手を上げる。
ドォン!!
拳を受け止める。衝撃波が広がる。
瓦礫が吹き飛ぶ。リンが叫ぶ。
「また止めた!!」
ディオルが言う。
「短気だな」
そしてヴァルガの腕を掴む。
次の瞬間巨体を投げた。
ドォォォン!!
ヴァルガの体が数十メートル先へ叩きつけられる。地面が陥没する。ゼルが笑う。
「パワーもあるのか」
イリスも驚く。
「普通に強い」
だが煙の中で、ヴァルガが立ち上がる。
赤い目と怒り。妖気が爆発する。
ゴォォォォ!!
黒い嵐ディオルが少し嬉しそうに言う。
「いいな」
そのときレンが動いた。
一瞬姿が消える。
次の瞬間ディオルの横に移動していた。
拳。ドォォン!!
ディオルの体が横へ弾かれる。
地面を滑る。リンが驚く。
「え!?当たった!」
ディオルが止まる。口元を拭く。
少しだけ血がでていたが、笑った。
「いいね」
レンを見る。
「やっぱり面白い」
レンが肩を回す。
「そりゃどうも」
背後。妖王の影が揺れる。
さっきより濃い。ディオルがそれを見る。
「なるほど」
低く呟く。
「王の魂」
白蘭の目が鋭くなる。カイトが聞く。
「どういう意味だ」
白蘭が答える。
「レンの中にいる」
視線はレン。
「もう一人の王」
一方。ディオルはゆっくり歩く。
レンへ近づく。
「面白い提案がある」
レンが眉をひそめる。
「は?」
ディオルが言う。
「組まないか」
その瞬間リンが叫ぶ。
「え!?」
ゼルが笑う。
「交渉か」
レンが言う。
「理由は」
ディオルがヴァルガを見る。
煙の中黒い妖気が膨れ上がっている。
「妖界は今」
ディオルが言う。
「王が増えすぎた」
レンが言う。
「それで」
ディオルが笑う。
「減らす」
ヴァルガを見る。
「まず一人」
その瞬間ヴァルガが咆哮する。
ゴォォォォォ!!
妖気が爆発する。地面が割れる。
空気が震える。ヴァルガが言う。
「……敵」
ディオルが肩をすくめる。
「そういうことだ」
レンが少し笑う。
「面白いな」
拳を握る。ディオルを見る。
「でも」
首を鳴らす。
「誰と組むかは」
その瞬間レンが消える。次の瞬間ディオルの顔の前にレンの拳。
ドォォォン!!
ディオルが後ろへ弾かれる。レンが笑う。
「殴ってから決める」
ゼルが爆笑する。
「いい性格だ」
イリスも笑う。
「交渉決裂」
そしてヴァルガが突っ込む。
ディオルが笑う。
三つの力。三人の王。
妖市の戦いはさらに激しくなっていく
妖市の中心。三つの妖気が渦巻いていた。
ヴァルガ。ディオル。そして――レン。
それぞれの力がぶつかり合い、空気そのものが歪んでいる。
リンが瓦礫の陰で震えていた。
「……これもう街どころじゃないよね」
カイトは腕を組んだまま答える。
「妖界の戦場だな」
ゼルが笑う。
「王が三人」
イリスも頷く。
「そりゃこうなる」
白蘭だけが静かにレンを見ていた。
「……まだ足りない」
一方戦場の中央。
レンは拳を握ったまま立っていた。体から黒い妖気がゆっくりと漏れている。
背後には妖王の影。さっきよりも巨大。
頭の奥で声が響く。
『楽しいか』
レンが小さく笑う。
「まあな」
拳を鳴らす。
「強い奴ばっかだ」
その瞬間ヴァルガが地面を蹴った。
ドォォォン!!
巨体が突進する。拳。一直線にレンへ。
レンも動く。拳。
ドォォォン!!
激突により衝撃が爆発する。
地面がさらに沈む。
瓦礫が吹き飛ぶ。リンが叫ぶ。
「また殴り合い!?」
カイトが言う。
「妖王同士は基本そうだ」
その横では、ディオルが笑っていた。
「豪快だな」
次の瞬間ディオルが動く。一瞬で距離を詰める。レンの背後に回り、爪が振り下ろされる。レンが振り向き、腕で受ける。
ドォン!!
衝撃。レンの体が数メートル滑る。
だが止まる。レンが笑う。
「三人は忙しいな」
ディオルが答える。
「楽しいだろ」
ヴァルガが咆哮する。
ゴォォォォ!!
妖気が爆発する。黒い嵐。
その中をヴァルガが突進する。
三つ巴の戦い。拳。爪。妖気。激突。
ドォォォォォン!!
妖市の残骸がさらに崩れる。ゼルが笑う。
「完全に戦争だな」
イリスが言う。
「まだ序章だけど」
そのときの戦場の中心では、レンの動きが一瞬止まった。
頭の奥に、何かが流れ込む。
記憶。赤い空。巨大な城。玉座。そして。その前に跪く無数の妖。
レンが小さく呟く。
「……なんだこれ」
影の声が低く言う。
『記憶だ』
レンが眉をひそめる。
「俺のじゃない」
『俺のだ』
レンの背後の妖王の影がさらに大きくなる。
ヴァルガがそれを見る。赤い目が見開かれる。
「……王」
ディオルも気づいた。目を細める。
「なるほど」
その瞬間レンの妖気が爆発した。
ゴォォォォォ!!
黒い嵐が広がる。地面が割れる。
空気が震える。リンが震える。
「レン……?」
白蘭が静かに言う。
「……始まった」
レンはゆっくり顔を上げた。
目が赤く光っている。ヴァルガを見る。そしてディオルを見る。
拳を握る。
「いいな」
低い声。
「まだ足りねえ」
ディオルが笑う。
「面白い」
ヴァルガが唸る。
「王」
三人の妖気が再びぶつかる。
その瞬間遠くの空の黒い雲の奥。巨大な城。
その玉座に座る影がゆっくり目を開いた。
低い声が響く。「……器が目覚めたか」
その目は冷たい。妖界の頂点。真の王。そしてこの戦いの黒幕。
その存在が静かに動き始めていた




