第七章 曹華伝四十 沈黙の砦
砦の影が近づくにつれ、重苦しい沈黙が軍勢を覆った。
私と白玲は小隊を率い、林道を抜けて慎重に進む。丘を越えれば蒼龍国側の拠点が見えるはずだった。
しかしそこには、人の気配がなかった。
正門の前に立った時、私たちは互いに顔を見合わせた。
門は閉ざされ、兵の姿は一人もいない。矢狭間も物見台も、ただ風が吹き抜けるだけで空虚だ。
「……静かすぎるな」
白玲が呟く。私も頷いた。
正面から入るのは危険と判断し、まずは炎上したと報告されていた兵糧庫を確認することにした。
砦の外壁に沿って歩き、西側の庫に辿り着くと、既に夕陽が赤黒い影を落としていた。
扉を蹴り破ると、焦げ臭い風が一気に吹き出した。
内部は黒煙に呑まれた後のようで、壁も天井も煤で真っ黒に染まっている。
木箱や俵は燃え尽き、炭化した木片が山となっていた。
足を踏み入れると、灰が舞い上がり、喉を刺す。
「兵糧は……全滅ですね」
白玲の声が静かに響いた。冷静を装ってはいるが、その目に落胆の色があった。
私は短く息を吐いた。
「これでは、砦を確保しても持たない」
背後の兵もざわめく。
「敵が燃やしたのか……」
「いや、守備隊が回収させぬために自ら火を放ったのかもしれん」
だが、肝心の守備隊はどこにも見当たらない。
それがかえって、不気味さを募らせた。
私と白玲は顔を見合わせる。
「……砦そのものを確かめるしかないな」
「ええ。正門は避けましょう」
砦の外周を探ると、北側の林に隠れるように裏門があった。
鉄で補強された木の扉は半ば閉ざされ、鎖は外れている。無理に押せば入れそうだ。
慎重に近づくと、鼻を突く異臭が漂ってきた。
木が燃えた匂いだけではない。もっと生々しく、鉄と肉が焦げたような、耐えがたい臭気。
「っ……」
思わず袖で鼻を覆った。白玲も眉をひそめ、吐き気を堪える。
兵の何人かは顔を歪め、嗚咽を漏らした。
扉を押し開けて覗いた内部は、闇に覆われ、黒ずんでいた。
床も壁も、煤けているだけではない。焼けただれた跡がまだ新しい。
鎧の破片が炭となって張り付き、月光に鈍く光っていた。
「まさか……」
誰かが低く呟いた。
喉の奥から吐き気がせり上がる。
私は歯を食いしばって堪えた。
「中へ入る。……警戒を怠るな」
かすれた声でそう命じた。
砦はただ沈黙しているわけではなかった。
その沈黙は、何かが焼き尽くされた後の、重苦しい沈黙だった。




