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三華繚乱  作者: 南優華
第七章
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第七章 曹華伝三十五 第一の報

砦の大広間。

厚い石壁に灯火が揺れ、鉄の匂いと疲労の汗が混じる。そこへ、荒い息を吐く伝令が駆け込んだ。


「天鳳将軍! 蒼龍国側兵站拠点より、火急の報!」


将兵がざわめく中、天鳳将軍は落ち着き払った面持ちで伝令を迎え、封書を受け取ると素早く目を走らせた。

その瞳が一瞬だけ鋭さを帯びたが、表情は揺るがない。

(……妙だ。兵站拠点を狙うとは、常の賊ではあるまい)

そう思いながらも、冷徹な静けさを崩すことなく紙を閉じた。


「――麗月将軍、確認を」


渡された報を受け取った麗月は、扇のようにしなやかな指で広げた。

瞬間、目の奥に光が揺れ、思わず息を詰まらせる。

(……黒龍宗からは、何も聞いていない……なのに、どういうこと?)

心に走った疑念を隠すように、彼女は表情を繕い、声を澄ませる。

「……承知しました」


だが、そのわずかな動揺は、曹華の瞳に、碧蘭の冷徹な目に、そして白玲の鋭い観察眼に、確かに映っていた。



---



ほどなく軍議が招集された。

長机を挟んで天鳳と麗月が対座し、参謀役が並ぶ。その背後には趙将と曹華、碧蘭と白玲が控える。

灯火が照らす中、天鳳将軍の低く通る声が広間を満たした。


「報によれば、蒼龍国側兵站拠点が襲撃を受けた。補給庫は炎上し、守備兵は壊滅。……敵の正体は不明だ」


どよめきが広がる。

「ただの賊徒に兵站を狙えるか?」

「金城国か、それとも……」


ある参謀が声を潜めて囁いた。

「黒龍宗の影、かもしれん……」


場の空気が一気に凍りつく。



---



天鳳将軍は静かに麗月へ視線を移した。

「麗月将軍。この件、心当たりは?」


その問いは淡々としているが、奥に探りが潜む。

麗月は一瞬、返答に詰まりかけるも、冷ややかに首を振った。


「……心当たりはございません。蒼龍国内でそのような動きがあるとは、私も初耳にございます」


声は澄んでいたが、取り乱しかけた一瞬の陰りを、曹華も碧蘭も白玲も確かに見ていた。

(……やはり何か知っている? いや、それとも……)

曹華の胸に疑念が灯る。



---



天鳳将軍は間髪入れず次の話題を投げた。

「いずれにせよ、備蓄を確かめる必要がある。趙将、曹華」


「はっ!」


趙将が落ち着いた声で答える。

「砦内の兵糧と水は二十日分を確保。矢弾も十分に備えあり。短期の籠城には耐え得ます」


曹華が続ける。

「武器も余裕があり、兵站路の再構築さえ叶えば、外征の継続も可能です」


天鳳は深く頷き、机に指を置いた。

「よし。まずは現状の堅持を最優先とする」


そして、声を少し落とし、皆の顔を見回す。

「……とはいえ、襲撃が金城国の部隊であれば、我らは挟撃を受ける恐れがある。一部を蒼龍国側の砦へ差し向け、被害の把握と兵站線の再構築を図る」


その言葉に、広間は沈黙した。挟撃の二文字が、全員の背筋を冷たくした。


天鳳は続ける。

「差し向ける部隊は――私の軍より曹華、麗月将軍の軍より白玲。曹華を指揮官とし、任に当たらせる」


ざわめきが走る。若き副隊長に大任を任せる采配。曹華は驚きつつも、一歩前に出て、深く頭を下げた。


「かしこまりました、将軍」


声は丁寧で、凛としていた。だがその胸の奥で、熱が沸き上がっていた。

(……認められた。天鳳将軍が、私を副官以上に信じている……)


白玲もまた、じっと曹華を見つめる。無言のまま、その瞳に微かな闘志を宿して。

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