第五章 白華・興華伝二十三 彗天と氷雨の反応
白陵国国境の兵舎。
石造りの簡素な取り調べ室には、重苦しい沈黙が落ちていた。
白華の口から放たれた言葉――「柏林国王族の生き残り」。
それは、彗天と氷雨にとってまったく予想外の返答であり、荒唐無稽であると同時に、容易には切り捨てられぬ響きを持っていた。
「……何を……言った?」
彗天の低い声は怒気を含み、机の上に置かれた拳がわずかに震えた。
「貴様らごときが王族だと? 二十六年前に滅んだ国の亡霊を、今さら名乗るつもりか!」
怒声が石壁に反響し、部屋の空気をさらに張り詰めさせた。
興華は思わず肩を強張らせる。だが白華は一歩も退かず、静かな眼差しで彗天を見返していた。
氷雨はその二人を横目で観察していた。
姉は堂々と、嘘を弄する者特有の視線の揺らぎもなく答えを放ち、弟は明らかに動揺を隠しきれない――。
(この反応……少なくとも、軽い虚言ではない。だが、真実か否かを断じるには、証が足りない……)
氷雨は息を整え、彗天へと静かに声をかけた。
「彗天殿、これ以上声を荒げても無益だ。……彼らが虚言を弄しているならば、いずれ矛盾が露見する。だが、今ここで答えを急かせば、本当に掴めるはずの糸を切り落とすことになる」
彗天はなおも顔を顰め、不快げに舌打ちした。
だが氷雨の冷静な言葉が理を得ていることもまた否定できなかった。
二人は、互いに視線を交わした。
刹那の目配せだけで、方針を共有する。
彗天が低く告げる。
「……しばし待て」
白華と興華は顔を見合わせた。
拘束や尋問の継続を想定していたが、意外にもその場での追及は打ち切られた。
彗天は扉を開け放ち、外で控える兵士たちへ鋭く命じた。
「この二人を絶対に逃がすな。厳重に監視しろ。……片時も目を離すなよ」
「はっ!」
兵たちは声を揃え、直ちに扉の前へ再配置される。
その一連の様子を眺めながら、白華は胸の奥で小さく笑んだ。
(……賭けは、ひとまず成功した。この場で斬られず、拘束もされなかった。それだけで十分だ。あとは――どう繋げるか)
彼女の瞳には、強靭な光が宿っていた。
一方の興華はなお心を揺さぶられていたが、それでも姉の背筋の強さに倣うように息を整え、前を向いた。
こうして、白華の賭けは新たな段階へと進み、白陵国の宮廷と運命を交差させてゆくこととなる。




