第五章肆 白陵国
帝峰大陸の中央に聳え立つ巨峰、天脊山。
その威容は、雲を貫き天を支える柱のごとく、東西へと連なる天脊山脈の根幹を成していた。
この山脈は、大陸を実質的に南北に分断する巨大な自然の障壁であり、古来より「天を隔てる背骨」と称されてきた。
その天脊山脈の北側を統一した国――白陵国。
雪嶺を戴く峰々に守られ、豊かな高原と氷河の水脈を擁する北方の大国である。
白陵国は、かつて幾多の部族国家が争った北方を、数百年前に一つへとまとめ上げて成立した。
その始祖は、白き鷲を旗印に掲げた英傑と伝えられる。彼の後裔は代々「白帝」を称し、今もなお北方を統べる。
国土は天脊山脈から北に広がる広大な高原と森林帯で、冬は苛烈な吹雪に閉ざされ、夏も短く冷涼。
厳しい風土は民の気質をも鍛え、白陵の兵は耐寒と持久に優れ、堅実で精強なことで知られている。
特に、北方騎兵と氷原を渡る歩兵軍団は「白陵の双翼」と称され、大陸諸国に畏怖されてきた。
白陵国は、蒼龍国ほど露骨に黒龍宗の影響を受けてはいない。
しかし、だからといって完全に無縁でいられるほど甘い世界ではなかった。
黒龍宗の存在を知らぬふりをしつつ、静かにその動向を注視し、時に諜者を捕らえ、時に秘密裏に情報を流す。
――かつて玄翁が白華と興華に「白陵は黒龍宗の闇を知らぬふりをしながらも警戒しておる国」と評したのは、その二面性を的確に言い表していた。
白陵国は力によって均衡を保つ国ではない。
むしろ情報、知識、そして冷静な外交の舵取りによって、黒龍宗の暗い流れに呑まれぬよう立ち続けてきた。
首都・白陵京は、氷河から流れる清冽な水を利用した水路に満ち、白石の城壁と高塔が林立する要塞都市である。
冬には厚い氷に閉ざされるが、春から夏にかけては雪解けの水が大地を潤し、街の市は諸国の商人で賑わう。
白陵の民は実直で勤勉。寒冷な気候ゆえに華美な装飾よりも実用を尊び、衣は厚布と毛皮、建築は堅牢さを第一とする。
しかし一方で、学問や詩歌を重んじる風も強く、北の厳しさの中に生まれる詩は、南方の華やかな詞とは異なる静謐な美を宿していた。
白華と興華が旅立ちの第一歩として選んだのが、この白陵国である。
強国でありながら黒龍宗に膝を屈せず、また直接的な敵対も避ける――その曖昧さが逆に、彼らにとって最良の隠れ蓑となる。
そして白陵国には、黒龍宗の影を追う多くの「情報」が流れ込む。
表の力ではなく、裏の知識と人脈――白華が望むものがここにはある。
彼らの運命が、この雪と氷に閉ざされた北方の大国で、どのように揺れ動くのか。
まだ誰も知らない。




