第四章 白華・興華伝十六 憎悪の妹・姉(二)
思念体の曹華が放った槍は、興華の仙杖を激しく弾き飛ばし、白華の喉を狙って一直線に突き込まれた。
「白華姉さん!」
興華の絶叫が響く。
白華は咄嗟に身を捻り、間一髪でその一撃を避けた。しかし槍の切っ先は彼女の衣を裂き、肌を薄く掠めた。冷たい鉄の感触が血の気を奪い、背筋を走る悪寒は、妹が本気で命を奪いに来ている現実を突きつけていた。
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次の瞬間、興華は全身の霊力を右腕に集中させ、思念体の曹華の体を力強く突き飛ばした。
「ぐっ……!」
肉を断つような激痛が肩を走るが、それでも彼は動きを止めない。
仙杖を拾おうと屈み込んだその刹那――。
突き飛ばされたはずの曹華は、空気を裂くように跳躍し、体勢を瞬時に立て直していた。無駄のない動作。まさに天鳳将軍の教えを体現する合理の極み。
槍を手にしたまま、獣のように興華へと襲いかかる。
「興華!」
白華の声が響く。だが興華は仙杖を拾うよりも、一瞬の直感を選んだ。
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「曹華姉さん……駄目だ!」
彼は拾うのを諦め、強化した右腕を防御に突き出した。
その瞬間――怒り、悲しみ、恐怖。渦巻く感情が限界を超え、彼の体から眩い光が迸った。
轟音と共に霊力が爆ぜ、湖畔の空気を大きく震わせる。
光に押された曹華の槍が止まり、彼女の体が一瞬後退した。
湖畔の小屋から見守っていた玄翁は、細めた眼差しでその光を見据える。
「……ふむ、器が覚醒に近づきつつあるか」
老仙は満足げに小さく頷いた。
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霊力に押し返され、思念体の動きが一瞬鈍った。
白華はその好機を逃さない。
「興華! 今よ! 彼女の瞳を見て!」
白華は自らの道術で姿を淡くぼかしながら叫んだ。
興華は光の中に浮かぶ曹華の瞳を凝視する。
そこには憎悪が渦巻いていた。だが、その奥――ほんの刹那、涙のような光が宿ったように見えた。
「曹華姉さん……」
興華の声は震えていた。だが、その響きは確かに届いた。思念体の槍がわずかに揺らぎ、攻撃の軌道が僅かに狂う。
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白華の胸に、確信が芽生える。
(そう……弱点は情。憎悪に覆われたとしても、家族への想いは完全には消せない。玄翁様は、情を捨てろと教えているんじゃない。情こそが闇を破る鍵……!)
彼女は即座に次の策を組み立てる。
「興華! 彼女を殺してはいけない! 呼びかけながら、力で押し返すの! 憎悪の殻を破るのは、あなたの声と霊力よ!」
興華は深く息を吸い、仙杖を握り直した。血に濡れた肩を押さえながらも、その瞳には迷いがなかった。
「分かった、姉さん……! 僕は、曹華姉さんを取り戻す!」
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憎悪に燃える思念体の曹華が再び咆哮のような殺気を放ち、槍を構えて突進する。
それに呼応するように、興華の体から霊力の光が立ち昇った。
白華は術を維持しながら、妹の動きを冷静に見極める。
「これは、私たちの最後の試練……殺さずに救う方法を、ここで掴まなければ」
三人の影が湖畔に交錯し、激しい攻防が再び幕を開けた。




