第四章 曹華伝十七 蒼龍国の未来
泰延帝と天鳳将軍から語られた過去は、私の胸に深い衝撃を残した。
皇位継承の裏で繰り広げられた血戦、兄皇子の自害、そしてその過程で命を落とした五将軍の一人。
権力闘争の中に黒龍宗の影が潜み、国の根幹までもが闇に蝕まれていた――。
私の隣に座る趙将隊長は、普段の豪胆さが嘘のように顔を青ざめさせていた。
彼は拳を握りしめ、歯を食いしばりながら呟いた。
「黒龍宗め……。ただの宗教ではないと疑ってはいたが……まさか、国の心臓部にまで巣食っていたとは……」
その声には怒りと同時に、計り知れぬ恐怖が混じっていた。
親衛隊の長として常に兵士を率いてきた趙将でさえ、この事実は容易に受け入れられるものではなかったのだ。
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泰延帝は彼の様子を一瞥すると、静かに椅子から立ち上がった。
背筋を伸ばし、窓の外に広がる宮殿の中庭を見据える。
その姿は、玉座に座る威厳ある皇帝ではなく、未来を背負わされた一人の男としての決意を体現していた。
「過去の血戦は、この国を救うために避けられなかった代償だった。
だが――あれで終わりではない。むしろ、真の戦いはこれからだ」
言葉と同時に、広間の空気がひりついた。
天鳳将軍が低い声で言葉を継ぐ。
「黒龍宗に繋がる四将軍を排除しなければ、この国は完全に闇に呑まれる。
だが、宮廷でそれを行えば、即座に内乱となろう。帝都は血に染まり、国そのものが崩れる。
最も合理的かつ確実な方法は――外征だ」
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その言葉に私は息を呑んだ。
戦場という混沌こそ、すべてを覆い隠す絶好の舞台。
遠征先での“戦死”に見せかけて、黒龍宗に操られた将軍たちを一人ずつ葬る――。
それが彼らの描く未来の青写真だった。
泰延帝は再び椅子に腰を下ろし、鋭い眼差しで私と趙将を見据えた。
「蒼龍国は、これからも外征を続ける。
その度に天鳳にもう一人、将軍を同行させる。
戦場の混乱に紛れて“戦死”とするのだ。
将軍一人の死なら、疑う者はいないだろう。
だがその一手一手が、国を救う礎となる」
天鳳将軍も頷き、冷静に付け加える。
「曹華。お前は、その場で確実に刃を振るう剣となる。
親衛隊と共に、敵を討ち取るのだ。
それができるのは――俺ではなく、お前だ」
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言葉の重さに、胸の奥がざわめいた。
父を討った天鳳と、その彼を信じる泰延帝に忠誠を誓うこと。
それはねじれた運命に思えた。
だが同時に、私の中で燃え続ける復讐の火は、別の色を帯びていた。
――父を奪った闇を討ち、姉弟を取り戻すためには。
――そして、この大陸を覆う黒龍宗を斬り捨てるためには。
私自身が、この冷酷な計画に身を投じるしかないのだ。
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趙将は膝をつき、深々と頭を垂れた。
その声には、震えを押し殺した覚悟が滲んでいた。
「陛下、天鳳将軍。親衛隊隊長として、この命を賭してお支えいたします。
国の未来のためならば、我が血を捧げる覚悟にございます」
その姿に胸が熱くなるのを覚えた。
いつも豪放磊落に笑う彼が、ここまで真剣な表情を見せるのは初めてだった。
そして、私もまた、静かに頭を垂れた。
背筋を走る震えを抑えながら、声を絞り出す。
「……曹華、ここに誓います。
私の剣は、父の仇討ちだけでなく、この蒼龍国の未来のために振るわれます。
必ずや、その価値を示してみせます」
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泰延帝はゆっくりと目を閉じ、頷いた。
その表情には、皇帝としてではなく、一人の同志を得た安堵が浮かんでいた。
「よい。これで我々は同じ道を歩む。
黒龍宗を討ち、この国を取り戻すための、隠された同盟だ」
天鳳将軍もまた、口元にわずかな笑みを浮かべる。
それは冷徹な戦略家の笑みであり、同時に、私を真の駒として認めた印でもあった。
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こうして、皇帝と天鳳将軍、そして私たち親衛隊との秘密の共闘関係は、正式に結ばれた。
その場には血の匂いこそ漂わなかったが、未来の戦場を予感させる鋭い刃の気配があった。
私の剣は、復讐のためだけに振るうものではない。
もはや、この国を救うために振るわなければならないのだ。
――父を奪った黒龍宗を討つために。
――そして、まだ見ぬ姉と弟に再び会うために。
私の運命は、この時を境に、大きく変わっていった。
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