第四章 曹華伝十五 本音と共闘
謁見を終えた私たちは、宮殿の奥、天鳳将軍に与えられた私的な部屋へと戻った。
簡素な木机に戦術図と兵法書が整然と並ぶその部屋は、煌びやかな宮廷の中にあって異質で、将軍の性格をそのまま映しているようだった。
部屋に入ると同時に、親衛隊隊長の趙将は緊張の糸が切れたように大きく息を吐き、豪快に肩を回した。
「いやあ、曹華。今日は肝が冷えたぞ。皇帝から覚えがめでたいのは喜ばしいが……他の将軍たちの視線、特に牙們と麗月のものは、随分と刺さっていたな」
彼の言葉に、私は答えを探した。牙們が向けてきた狂気の憎悪、麗月が放った嫉妬に満ちた眼差し――あの視線の意味を私は痛いほど理解している。どう返すべきか迷っていると、天鳳将軍が口を開いた。
「気にするな、趙将。麗月は曹華の若さに嫉妬しているだけだ。牙們は、皇帝に覚えがめでたい曹華が憎らしいのだろう」
将軍は、私が柏林王族の血筋であることを隠し、あくまで「皇帝に寵愛を受けた若き武人」として事実をすり替えた。
趙将は納得したように頷き、豪快に笑った。
「ははあ、そういうことですかぁ! 将軍といえど、人間くさい嫉妬はあるもんだなぁ。安心しましたわ!」
その場に小さな笑いが生まれ、張り詰めた空気がようやく和らいだ。
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だが次の瞬間、重々しい声が扉越しに響いた。
「――天鳳、いるか?」
その威厳に満ちた声に、私と趙将は思わず息を呑んだ。
声の主は、この国の最高権力者、蒼龍国皇帝・泰延帝その人だった。
扉を開けた天鳳将軍は、表情一つ変えずに皇帝を迎え入れる。だが私と趙将は、腰が抜けそうになるほど狼狽えていた。皇帝が将軍の私室を訪れるなど前代未聞。しかも随行者すら伴っていない。
私たちの慌てぶりを見て、泰延帝は大きな声で笑った。
「ワハハハハ! 打ち首になどせぬ! お前たちが慌てふためく様子を見たら、逆に面白くてたまらんわ!」
玉座での厳格さとは打って変わった豪快さに、場の空気は一気に揺さぶられた。私と趙将は乾いた笑みを返すしかなかったが、天鳳将軍は静かに口元を緩めていた。
「陛下。冗談が過ぎますな。……しかし、お気持ちはよくわかります」
将軍は軽く頭を下げ、私たちに「下がらずともよい」と目で合図した。
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皇帝は、将軍の椅子に腰を下ろすと、その笑みを収めて真剣な表情を浮かべた。
「天鳳。あの四人の将軍が、私をただの飾りとしか見ていないことは承知している。だが、貴様だけは違う。……今日、曹華という小娘を私の前に出したのも、わざとなのだろう?」
泰延帝は、鋭い視線を私に向ける。その眼差しには、玉座で見せた優しげな色はなく、権力者としての洞察が宿っていた。
「この娘は――貴様が話していた“切り札”なのだな? 天鳳、包み隠さず話せ。ここには余とお前、そしてその娘しかおらぬ」
皇帝の言葉に、私は心臓を掴まれる思いがした。
父を討った仇の片腕として生きる私の存在が、今や皇帝の耳にまで届いている。
そして、この国の頂点までもが、天鳳将軍と共に「黒龍宗に抗う戦い」に巻き込まれているのだ。
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私は胸の奥で静かに息を整えた。
敵国の皇帝、父の仇の将軍――その二人が私に「切り札としての価値」を見出している。
その現実は、憎悪と使命感の狭間で揺れる私の心を、さらに複雑にかき乱していた。
だが同時に悟った。
私の存在は、もはや一人の娘の復讐のためではない。
蒼龍国と、この大陸そのものの未来を左右する――戦局の核心に立っているのだと。




