第四章 曹華伝十三 二十歳の槍と女心
天鳳将軍のもとでの五年の修練に、この一年が積み重なり、私の武は確実に、完全に昇華を遂げていた。剣の間合い、体捌き、重心移動は村の稽古の比ではなくなり、加えて遠距離を制する槍術も体得した。その槍は単なる長物ではなく、呼吸と重心を同気させ、敵の足元を一瞬で崩すための「思想」を伴った武器となっていた。親衛隊の誰もが認める、一目置かれる存在──今の私はそんな位置にいた。
だが、私は同時に、冷徹な現実も深く理解している。純粋な膂力や体躯の大きさで、屈強な男たちに真正面から殴り合いを挑んでも勝てはしない。特に蒼龍国の兵は、黒龍宗の影響で鍛えられた者も多く、単純な力勝負では分が悪い。だからこそ、私の戦い方は洗練された。女性特有のしなやかさを武器に、筋肉は無駄を削ぎ落とし、技と手数、そして天鳳から盗み取った知略を融合させる。相手の心理を読み、誘い、崩し、最後に槍の先で確実に止める──それが私の流儀になった。
外見にも変化が現れていた。母譲りの整った面立ち、くっきりした二重まぶた、そして二十歳という年齢がもたらす程よい凛とした曲線。だが私を魅きつけるのはそれら以上に、鎧越しにも滲む視線の鋭さだった。目の奥に宿るのは、目標を見据える冷徹な意志。周囲はその目に惹きつけられ、畏敬を抱く者もいれば、距離を置く者もいた。
親衛隊の中には、私を女性として意識する者も当然いた。雷毅はその一人だ。初めて模擬戦で私に敗れた彼は、今や私の最も手強い稽古相手であり、互いに限界を押し上げ合う好敵手になっている。稽古後、夕刻の薄明かりの中で槍と剣を払い合ったあと、彼がふと見せる視線には、尊敬だけでは説明のつかない温度が混ざっていることがある。それを私は感じ取れるが、言葉にすることはしない。
確かに、私は若い男たちの好意を無視しているわけではない。人の温もりや優しさに触れることは、時には心を揺らす。しかし私の胸にある感情は、常に重い義務の影に押さえつけられている。父を討たれ、姉と弟と離ればなれになり、仇の懐で生きるという選択をした私に、愛や安息を求める資格があるだろうか──その問いに、私は首を横に振る。
「求めてはならない」──そう自分に言い聞かせるのは、弱さを振り払うためでもある。愛を欲して動けば、私情が判断を曇らせ、父の死や姉弟との再会という使命を裏切ることになるからだ。だから私は、女らしさや好意を道具にすることを許しても、自分の心を委ねることはしない。私の美しさは、天鳳の計画の歯車を滑らかに動かすための一端であり、それ以上であってはならない──そう冷たく納得させてきた。
とはいえ、夜、ひとり槍を磨く時、心の奥で小さな波紋が立つのを無視できないことがある。雷毅が差し出す笑顔、訓練場の片隅で交わした何気ない会話、将軍の前で見せる私の孤高さに同情する者の瞳。人は私を「駒」と呼び、私はそれを受け入れるが、駒でありながら人であることもまた否定できない。
だから、私はさらに鍛える。槍の先端を研ぎ、戦術を磨き、知略の書を夜中に読み耽る。武と知は同じ刃の両側だ。どちらかが欠ければ、私は砕ける。二十歳の今、私が保つべきものは、冷徹な決断力と、必要ならば己の心までも犠牲にできる覚悟だ――それが、父への誓いを果たし、姉弟と再会するための代価だと信じている。
だが、時折、雷毅の眼差しがふと温度を増すとき、私は自分の胸の奥に潜む、かすかな人間らしさを怖れるのだった。それは槍にも剣にも通じない、私だけの弱さであり、いつか黒龍宗のような冷酷な勢力に突かれてしまうかもしれない脆さでもある。だからこそ、私は今日も槍を握り直す。刃は研ぎ澄まされ、心はさらに冷たく、しかしどこかで誰かを思う熱は、消えきれずに残っているのだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白い。期待できそう。など、
少しでも感じていただけたら評価してください。
よろしくお願いします。




