第三章 白華・興華伝十一 再会までの試練
動揺を隠せぬ白華と興華に対し、玄翁は静かに、しかし一切の慈悲を排した声で「毒」を投げかけた。
「白華、興華。そなたらは妹であり、姉である曹華と再会したいと、血を吐く思いで願っておるな」
二人は無言で、けれど岩を穿つような決意を込めて頷いた。玄翁はその眼差しを検分するように見つめ、薄く笑みを消した。
「では、問おう――もし曹華が蒼龍の悪しき仙道に魂を汚染され、もはや引き返せぬ修羅に墜ちていたとしたら、そなたらはどうする」
一拍の静寂。
「……曹華を、殺せるか?」
冷水を浴びせられたように、二人の心臓が凍りついた。
白華にとっては、己の片割れとも呼べるほどに愛おしい妹。
興華にとっては、その背中を追い続けてきた、不滅の希望の象徴。
その存在を、自らの手で屠る――。脳がその凄惨な想像を拒絶し、思考が砂のように崩れていく。白華は唇を血が滲むほど噛みしめたが、言葉は喉の奥で氷の塊となって塞がった。
興華は、肺に残った空気をすべて絞り出すように叫んだ。
「……そんなこと……そんなこと、僕にはできません! 曹華姉さんを殺すために修行してるんじゃない!」
だが玄翁は、その激情を嘲笑うことも、叱責することもしなかった。ただ、古木の如き静けさで首を振る。
「では、さらに問おう」
声音は湖底の如く沈み、逃げ場を塞ぐ。
「もし操られた曹華が、大陸そのものを蹂躙し、無辜の民を焼き尽くすための最凶の『器』にされていたとしたら? 肉親の情という小さな天秤と、世界の命運という巨大な天秤。その二つが正面から激突した時、そなたらはどちらを砕く」
白華の背筋を、耐え難い戦慄が駆け抜けた。
それは、父が避けたかったはずの「王族としての宿命」そのものであった。
「……わかりません」
白華の声は低く、枯れ果てた木の葉のように掠れていた。
「今は……私たちには、まだ答えを出せません。答えを出してはいけない気がするのです」
興華も、拳を血が止まるほど握りしめ、項垂れるしかなかった。
沈黙の中、玄翁はふっと息を吐き、二人を見下ろした。
その表情に宿ったのは、落胆ではなく――確かな満足であった。
「それでよい」
玄翁は、慈父のような穏やかさで二人を包み込んだ。
「今、この場で迷いなく答えを出せるようなら、そなたらはまだ『人』ですらない未熟者じゃ。この問いを呪いとして胸に刻み、修行に励むがいい。いずれ、その刻が来たなら――己の血をインクにして、答えを記せばよい」
玄翁は立ち上がり、銀色にきらめく湖面を指し示した。
「そなたらが十分に力をつけた時、儂は『山を降りる二つの道』を示そう」
白華と興華は、弾かれたように顔を上げた。
「一つは、蒼龍国へ真っ向から乗り込み、曹華を奪還する道。そしてもう一つは――北の白氷の地、白陵国へ向かう道じゃ」
「……なぜ、白陵国が……?」
「白陵は、大陸北半分を統べる強国でありながら、古より黒龍宗という影を最も強く警戒しておる国。……曹華を救うことは、そなたらの魂の願い。だが、それだけでは足りぬ」
玄翁の双眸に、神域の如き峻烈な光が宿る。
「真の敵は黒龍宗。その巨悪を根絶やしにするには、蒼龍を越え、白陵の力すらその手で御する必要があるやもしれぬ。情で妹を救うか、知で世界を救うか。あるいは――その両方を食らうか」
玄翁が示した二つの道。
肉親を救うための、愛執の道。
大陸を救うための、覇道の道。
白華と興華の修行は、この瞬間、個人的な再会の旅から、世界の理を塗り替えるための「聖戦」へと昇華した。
再会は、もはや通過点に過ぎない。それは、血で血を洗う試練の序章に過ぎないのだから。
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