第三章 曹華伝十一 復讐を超える
天鳳将軍は、冷徹な瞳で私を見据え、二つの道を突きつけた。
「曹華。お前は五年間で、私に『価値』を示した。武術、知略、そして柏林王族の血に宿る“器”としての才。それらすべてが、黒龍宗を討つための切り札となる」
彼は、淡々と続ける。
「――私の駒となり、この闇を共に打ち砕くか。それとも、ここで私を討ち、王族としての復讐を果たすか。選べ」
その言葉を聞いた瞬間、胸に湧き上がったのは、憎悪ではなかった。
正直に言えば――嬉しかったのだ。
父を殺した仇であり、憎むべき敵であるはずのこの男が、五年にわたる私の努力を正面から認めた。そこには侮蔑も軽蔑もない。ただ、冷徹な合理性に基づいた、純粋な評価だけがあった。そして、私ははっきりと理解した。
――父の敵は、目の前の天鳳将軍ではない。私たちの故郷を滅ぼし、王族を根絶やしに追い込み、今もなお大陸全体を内側から蝕む存在。
黒龍宗。
私が討つべき本当の敵は、そこにいる。復讐の矛先が、静かに、だが確実に切り替わるのを、私は自分自身で感じていた。私は椅子を立ち、音を立てぬように天鳳将軍の横へと歩み、跪いた。
「天鳳将軍。私、曹華は――貴方の駒としてその真価を証明し、この大陸の闇を討つために、この命を捧げます」
天鳳将軍は、わずかに口元を緩めた。
五年前、初めて私を拾い上げたあの夜と同じ、整った美貌に浮かんだ笑み。だが今なら分かる。それは冷酷な合理性だけの笑みではない。
――ようやく“使えるもの”を手に入れたという、確かな満足の表情だった。将軍は私をいつまでも跪かせてはおかず、促して再び椅子へと座らせた。そして、静かに語り始めたのは、あの翠林国の村が襲われた真実だった。
「――あの時、牙們が柏林王族の生き残りに関する情報を持ち込んだ。黒龍宗の情報網から得たものだろう」
彼の声は低く、感情を抑え込んでいる。
「もし王族の血筋が奴らの手に落ちれば、仙術の“器”として利用される。それを防ぐには、蒼龍国の将軍である私が動くしかなかった…」
「…表向きは翠林国侵攻の足掛かり。だが実際には、黒龍宗の手先が紛れ込んでいると踏んでいた。だから私が先陣を切った」
そこで、天鳳将軍は一拍置き、重く言葉を落とした。
「……お前の父を討ったのはこの私だ。黒龍宗の手に渡る前に、すべてを終わらせるためだった」
彼は、視線を逸らさず続ける。
「それでも――すまなかった」
父の仇の口から、謝罪の言葉を聞く日が来るとは思わなかった。その声音は冷酷だったが、逃げも誤魔化しもなかった。己の行為を正当化せず、ただ事実として引き受けている――そんな重みがあった。
「誤算は、お前たち子らの存在だ。牙們はそれを先に知り、憎悪に狂って襲いかかった。私は後を追い、あの川岸で――決死の抵抗を見せるお前を見つけた。牙們に殺される寸前だったお前を止めたのは打算だ。お前を“駒にできる”と判断したからだ」
すべてが、結びついた。
父は、命を懸けて私たちを護ろうとした。だが皮肉にも、その父を殺した男の手によって、私は生かされ、研がれ、最凶の駒へと変貌を遂げたのだ。
――これ以上に残酷で、これ以上に美しい皮肉があるだろうか。
(……これで、いい)
私は胸の内で、静かに、自分に言い聞かせた。
父の死を無意味な犠牲にしないため。白華姉さんと興華を、二度とこの汚泥の渦に巻き込ませないため。黒龍宗という根源の闇を絶つために、私はこの歪んだ運命を愛し、呪い、抱きしめる。
天鳳将軍の「片腕」として修羅を征く。
それが、十九歳の私に課せられた、唯一にして絶対の天命。
そして、その果てに黒龍宗を滅ぼした時――私は、初めて自分自身の復讐を完成させるのだ。
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