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三華繚乱  作者: 南優華
第三章 成長の序曲
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第三章 曹華伝九 五将軍との対面

五年の修練を経て、私は天鳳将軍の「片腕」としての地位を確立していた。名は親衛隊副隊長──任は重く、将軍の側近としての責務は付き人時代の比ではない。親衛隊長は、私を付き人時代から気にかけてくれた古株の趙将であり、彼が人事を推挙したと聞く。趙将の顔に泥を塗るようなことは、私には許されない。


副隊長の役目は、天鳳に同行する機会を飛躍的に増やした。そしてついに、私は蒼龍国を支える他の四将──影雷、土虎、麗月、そして因縁の牙們──と顔を合わせる日を迎えた。


まず心の中に砂を撒かれたように浮かび上がったのは、牙們将軍の存在だった。あの川岸での因縁は、いまも私の胸に消えない火種を残している。


牙們は私を一瞥すると、右頬に刻まれた刀傷を歪めるようにして顔を顰めた。あの夜、彼が討ち損じた“小娘”が、いまや将軍の側に立っている──その事実が、彼の内部で癒えぬ屈辱となって脈打っているのだろう。牙們の視線には、私を見下す嘲りと、五年前に逃がした“血筋”への狂気じみた殺意が混ざり合っていた。


私は表情を動かさず、深く一礼した。牙們の存在は、私がここで生き延び、強くあらねばならない理由を日々喚起する標そのものだ。


ほかの将軍たちも、それぞれに強烈な個性を放っていた。

影雷将軍は、名の示す通り影のように沈着で、冷ややかな刃を内に秘めている。言葉少なに観察し、必要なときだけ言葉を差し込む人物であり、諜報や影の戦術を得意とする印象を受けた。

土虎将軍は豪胆で豪腕、兵を統率する実直な武将であり、地力を背景にした安心感を備えている。


そして、五将軍の中で唯一の女性将軍──麗月将軍がいた。

麗月は、外見は三十代前半に見え、その美貌は厳然たる武器である。だがその美しさは冷たく整えられ、仕草は計算されつくしている。彼女が「女」であることを政治的な道具へと昇華してきたことは、場の空気からも明白だった。噂では彼女が若さと美貌に並々ならぬ執着を持ち、それが彼女の振る舞いの源泉となっているという。麗月の微笑は氷のように鋭く、彼女の存在はこの会合に不穏な緊張をひとつ加えていた。


天鳳将軍の前に並ぶ顔ぶれは、それぞれ異なる勢力と政策を象り、筆頭座を巡る微かな牽制と均衡が場の空気を張らせていた。彼らの間で交わされるのは剣だけではない。視線、沈黙、仕草──あらゆるところに駆け引きが滲んでいる。


趙将の計らいで、私の副隊長昇任は波風をさほど立てずに決まった。趙将は私の働きを端的に報告し、天鳳は瞬時に評価を下した。天鳳は感情を表に出さないが、私を見る目には“試し”と“期待”が入り混じっているのを感じた。


対面の場が終わり、将軍たちが退席する折、牙們が低く吐き捨てるように言ったのを私は聞き逃さなかった。


「…私から逃れられたことを、一生後悔させてやる」


その声は地の底から響くように低く、埋められぬ怨念を含んでいた。私は表情を崩さず、冷ややかに背筋を伸ばした。



---




会合の後、私たちは天鳳の控え室を離れ、親衛隊の小さな談話室へと導かれた。趙将は私の昇任を周囲に報告した後、静かに席に着いた。雷毅と数名の親衛兵が自然な形で輪に入る。


趙将がまず口を開く。声は低く、だが確固たる調子だ。

「副隊長としての初務は、単に将軍の護衛だけではない。閣内の情報を抑え、四将の動向を把握することだ。麗月については注意を払え。女将軍の動きは巧妙で、他所と違う狡猾さがある」


雷毅は刀身の柄に掌を添え、真っ直ぐ私を見据えた。

「曹華。お前は鍛錬で証明した。だが宮廷は剣だけで渡れない。趙将が言うように、麗月の計算と影雷の情報網、土虎の地力には気を配れ。牙們だけが単純な獣ではない。彼は恨みを燃料に動く、もっと危険な存在だ」


私は静かに頷く。趙将が続ける。

「将軍が曹華を試すのは当然のこと。だが、我々はお前を守る。公にはできぬ手段で、お前が不利な立場に追い込まれぬように裏を取る。雷毅、お前は曹華の稽古を続けつつ、麗月側の動向を探れ。必要ならばお前が直接接触し、信用を得るのだ」


雷毅は黙って受諾の頷きを示した。趙将は私に視線を移し、短く言った。

「お主は評判もあるが、孤立しがちだ。だが孤立は弱点ではない。信頼できる仲間を一人二人と増やせ。それが組織で生き残る術だ」


その言葉に、私は静かに礼をした。趙将の配慮は感情的な保護ではなく、戦略的な配慮に根ざしている。私はその重みを理解していた。


談話はさらに、蒼龍国内の諜報網、麗月の嗜好、牙們が隠し持つ部下の配置など、具体的な情報へと移った。趙将は用心深く短い指示を出し、雷毅はそれを受けて細かな任務へ落とし込んだ。私には、これが単なる「護衛」ではなく、将軍の未来のための前線工作であることが腑に落ちた。


密談を終え、趙将は低く続けた。

「お主、曹華。将軍の“価値”を高めることと同時に、己の“網”を作れ。頼りになる者を見極め、必要なときに動ける体制を整えるのだ」


私はその助言を胸に刻んだ。刀だけでなく、仲間という刃を持つことが、自分を守る最大の策略であると悟ったのだ。

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