第三章 曹華伝八 五年の軌跡
激流の川岸で意識を失ってから、五年が流れた。
私はあの日、父から託された「護る」という誓いを果たすため、敵の懐で生きる道を選んだ。今、蒼龍国五将軍筆頭・天鳳将軍の側にあって、人々は私を――皮肉にも――将軍の「真の片腕」と呼ぶ。だがその呼称は、私の胸に複雑な重さを残すに過ぎない。
この五年は、復讐に捧げた研鑽の日々だった。
傷が癒えた直後、私は将軍の付き人となり、彼の周囲で生きる術と戦う術を貪るように吸収した。初めは、牙們に嬲られた屈辱と、自分の無力さを埋めるためだけに剣を振った。だが、刃を振るうたびに恐怖は少しずつ雪崩のように薄れ、代わりに冷たい確信が染みていった。
訓練場では、昼は槍の間合いを鍛え、夜は剣の瞬発力を磨いた。父の里での稽古が「遊び」から「殺し得る技」へと変わっていくのを、私は身を以て知った。遠間から敵を穿つ槍術、首筋を狙う鋭い斬り、相手の懐を突く突進──村の庭で誇っていた所作は、いつしか冷酷で効率的な殺法へと昇華した。蒼龍国の精鋭たちを相手に、私は何度も勝利を積み重ね、蔑みの視線は尊敬へと変わっていった。
だが、剣だけでは復讐は果たせぬ。私を突き動かしたもう一つの衝動は、知への渇望だった。
天鳳の執務室は私にとって図書と戦略の宝庫であり、彼の机に積まれた文書は一枚ずつ私の糧となった。兵站の計算、補給線の把握、各地将帥に対する政策判断──将軍の決断は常に合理的で冷徹だった。その思考回路を読み、同じ盤面で考えられるようになることが、私にとっての「剣を超える」修行となった。白華が隣にいれば、もっと早く腹に落とせただろうという悔しさが、夜更けに筆を握らせる燃料になった。
紙の匂い、蝋燭の残り火、将軍の低い指示に含まれた論理――それらを私は丸ごと盗み取り、己の血肉としていった。
五年の間、私を最も手こずらせたのは、想像以上に苛烈な宮廷という場の人間関係である。女官たちの嫉妬と噂は、剣の一突きで切り捨てられるものではない。彼女らの攻勢は言葉と陰謀で、存在そのものを削りにくる。最初は怯え、孤立し、夜が明けるまで眠れぬこともあった。
だが、雷毅や趙将の助言を思い出し、私は戦い方を変えた。天鳳に認められている事実を、あえて公の場で示す。指示を誰よりも速く正確に遂行し、将軍の要求の先回りをして成果を出す。そうしているうちに、女官たちが撒く噂は次第に力を失い、蒼龍の権威という壁が彼女たちの攻勢を押し返した。武と知、両輪で「価値」を築き上げることで、私は「将軍の不可欠な道具」へと立ち位置を固めていったのだ。
五年は、私を十四歳の娘から研ぎ澄まされた十九歳の武人へと変えた。幼さは消え、身体には女らしい曲線が芽生えたが、私はその変化を己の武器にしなかった。女としての幸福や温もりは、私の胸の奥で必然的に遠ざかっていった。与えられた使命――敵の懐で生き延び、いつか討つ――それ以外に、私の道はない。
天鳳将軍は惜しみなく武の機会と知の場を与えた。彼の強さを学ぶことは私の武器であり、同時に毒でもあった。彼の合理と冷徹さに触れるたび、私は尊敬にも似た感情を禁じ得なかった。だがその感情は愛ではなく、むしろ戦術家としての敬意だ。将軍のすべてを借りておいて、いつかその刃を自らに向ける──その日を夢見て、私は磨き続けた。
私の剣の狙いはいつでも一つ。天鳳の命を絶ち、白華と興華と再び手を取ること。その思いが、日々の稽古と夜の学びを支えている。五年の軌跡は、私を変え、復讐へと鋭く研ぎ澄ました。だが道はまだ遠い。終わりなき修練の先に、私は何を見出すのだろうか。




