第一章二 父母の教え
私たち三姉弟は、父と母の深い愛情に包まれて育った。
父はかつて、小国の武官として戦場に立った人だった。
だが、果てのない争いと、無意味な血の流れに心を痛め、
やがて刀を捨て、故郷を離れ、この静かな山村へと辿り着いたのだ。
それでも、父の背にはなお、戦場を渡り歩いた者だけが持つ威厳と静かな気迫があった。
彼は武に長けながらも、いつもこう言っていた。
「真の強さとは、力で人を従えることではない。
己の恐れや欲に打ち克つ心こそが、本当の強さだ。」
幼い私には、その言葉の意味はよく分からなかった。
けれど、父の眼差しにはいつも確かな信念が宿っていて、
それが何よりも雄弁に“強さ”を物語っていた。
父は今、村の里務所で村長の補佐を務めている。
村の運営や資源の分配、旅人の受け入れ、
そして、来るべき不穏な時代への備え――。
静かな田園の裏で、父はいつも“もしもの時”に備えていた。
かつて武官であったその経験を活かし、
村の警備を指揮し、野盗の噂が立てば、
自ら槍を手に山道を見回ることもあった。
村人たちは皆、そんな父を敬い、
「もし戦の影が迫っても、この村は安泰だ」と信じていた。
だが、父は決して誇ることなく、
いつも穏やかな笑みで言うのだった。
「守るために刀を抜く日は、できるだけ遅い方がいい。」
母は、学のある商家の娘として育った人だった。
家にあっては、三姉弟の面倒を見ながら、
私たちに読み書きを教え、草木の薬効を説き、
ときに都の噂や遠国の出来事を語って聞かせてくれた。
母の話す物語はどれも不思議で、
その声を聞いていると、まるで世界が広がっていくような気がした。
柔らかな手で髪を撫でながら、母はよく言っていた。
「知ることは、生きる力になるの。
たとえどんな嵐の中でも、心が折れなければ道は見えるわ。」
父の静かな強さと、母の温かな知恵。
その二つが、私たちの生きる礎となった。
だが、父母が私たちに遺したのは、
知識でも、技術でもなかった。
彼らが何よりも大切にしていたのは――
家族が互いを想い、支え合うこと。
それこそが、戦乱の時代を生き抜く唯一の光だと、
父母は身をもって教えてくれたのだ。
そして今でも、私は思う。
あのときの父の背中と、母の声がなければ、
私はきっと、「紫電の曹華」にはなれなかっただろうと――。




