第二章 曹華伝二 付き人曹華
傷が完全に癒えると、私は天鳳将軍の付き人として、奇妙な日常を歩み始めた。
将軍の初日の言葉は、私の首にかけられた枷であり、同時に生き延びるための与えられた特権でもあった。
「いついかなるときでも、私を襲って殺しに来ても構わない。お前が父の復讐を果たしたいのなら、試してみろ。だが、私も易々と斃れるつもりはない」
その言葉の真意は図りかねたが、付き人として帯剣を許されたことは事実だ。
剣を携え、将軍に刃を向ける「自由」を与えられていること――それ自体が、敵地での私の存在を際立たせた。
周囲の視線は冷たかった。私が柏林の血筋だと知る者は少数だが、それでも噂は噂を呼び、囁きや好奇、値踏みの目が常に向けられる。
「天鳳将軍の気まぐれだ」「今度の付き人はどんな女か」――そんな声が背後で漏れるたび、私は深く息を吐き、感情を殺して職務に臨んだ。
将軍の言葉――「実力で黙らせろ」――を胸に刻みながら。
私の初めの仕事は、何よりもまず観察だった。将軍の働き方を、彼の判断の速さと精度を、日々の所作を、食い入るように見ること。
ある日、地方の将軍が来訪し、会談が行われた。私は資料をまとめ、茶を運び、書類を手渡すといった付き人の所作を淡々とこなした。だが私の視線は、常に天鳳の一挙手一投足に向いている。
天鳳将軍は徹底した合理主義者だった。私情に流されることなく、軍事資料を緻密に読み解き、兵站の隅々まで計算し、短時間で差し出された情報の核を見抜く。彼の決断は迷いがなく、無駄が削ぎ落とされている。
父がかつて語った「戦を嫌う武官」とは対極にある、戦を勝利のための道具として冷徹に扱う将――それが天鳳の姿だった。
同時にその姿は、私の武への欲望を刺激した。彼の頭の中で働く論理、戦略の組み立て――それを理解し、自らのものとすることが、いつか彼を討つ唯一の道であると感じていた。
天鳳の思考を学び、彼の「強さの根源」を盗む。それが、私の新しい修行となった。
それでも、ふとした瞬間に、離散した姉弟のことを思う。
白華ならば、ここで付き人となって冷静に将軍の参謀に成り上がることもできただろう。彼女の機微を読む才は、天鳳の側近として咲き誇るに違いない。興華ならば、いつか王家の血を力に変え、荒波を切り拓く器となるかもしれない。
私は、二人が生き延びていると信じている。
だからこそ、ここで無為に命を落とすわけにはいかない。私は天鳳という敵地で、生き延び、鍛え、いつか誇れる自分で姉弟と再び会う――そのささやかな誓いが毎朝の糧となった。




