第一章十三 牙們の憎悪
私――牙們にとって、この襲撃は単なる軍事行動などではなかった。
それは、二十年という歳月を費やして熟成された、個人的な復讐の成就であるはずだった。
忌まわしきあの男――柏林国最後の王族。その男が私の人生を狂わせた。
二十年前、私はあの男の剣によって右頬を裂かれ、顔の半分を焼き潰された。
この醜い傷は、鏡を見るたびに疼き、私の存在を憎悪そのもので塗り潰していった。
この顔こそ、私があの男を呪い続けてきた証だ。
だが、運命は私をあざ笑った。
村へ攻め入ったとき、あの男はすでに同僚の卑しい鼠によって討ち取られていたのだ。
私から復讐の機会を奪い取ったあの鼠を、私はその場で斬り殺してやろうと本気で思った。
だが、命令系統の中でそれは叶わず、私はただ歯を食いしばることしかできなかった。
復讐を果たせぬまま残されたこの身は、怒りと虚無に沈み、もはや人としての感情を失いかけていた。
――そのときだった。
逃げ惑う民の群れの中に、あの男の妻と思しき女と、三人の子どもを見つけた。
女は流れ矢に射抜かれ、あっけなく倒れたが、子どもたちは森の奥へと逃げていった。
その瞬間、私の胸に再び“炎”が灯った。
奴の血を、この手で絶やしてやる。あの男の代わりに、子どもたちを苦痛と絶望の果てに葬り去ることで、二十年の呪いを終わらせるのだ。
私は三人を尾け、川岸までたどり着いた。
焦ることはない。追い詰めた獲物は、逃げ場を失ってこそ最も美しい悲鳴を上げる。
この夜が、私の復讐劇の舞台だ。
特に、あの小僧――興華。
奴の顔には、あの男の面影が濃く残っていた。血筋というのは、これほどまでに忌まわしい。
最初に殺すべきは、こいつだ。父の亡骸の上で泣き叫ぶことさえ許されぬまま、無様に命を絶たせてやる。
残る二人の娘は……どうするか。
あの年頃では、私の復讐心を満たす慰み者にもならぬ。
ならば、あの小僧の目の前で徹底的に嬲り、殺してやる方がよほど意味がある。
絶望の光をその瞳に映させてから息絶えさせる。それこそが、あの男への最上の復讐だ。
「――おやおや。このような場所で、小さな王族の逃げっこ遊びとは、ずいぶん優雅でいらっしゃいますね」
私は、あえて柔らかい声で呼びかけた。
敬語の裏に潜む殺意に、奴らの幼い瞳が怯える。
それを見て、私は嗤った。
恐怖こそ、最も美しい前菜だ。
そして、剣を握って私に立ち向かおうとするあの小娘――曹華。
奴はまるで父の亡霊のように、怯えながらも私を睨み返してきた。
私は愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、徹底的に嬲った。
拳で、足で、剣の柄で。
その身体が地に伏し、嗚咽を漏らすたびに、私は二十年の憎悪が少しずつ満たされていくのを感じた。
恐怖に染まる瞳。震える剣。血に濡れた頬。
その全てが、あの男への復讐の代償として、私に甘美な快楽を与えた。
私は右腕で奴の首を掴み上げ、宙吊りにする。
小娘はもはや息も絶え絶えだったが、それでもなお、剣を離そうとはしなかった。
その根性が、余計に腹立たしかった。
私は左手の剣を掲げ、どこを突き刺せば最も長く苦しめるかを見定めた。
――だが、その瞬間だった。
「ん?……何だ?」
視界の端で、微かな光が揺らめいた。
ほんの一瞬、私の意識が逸れた。
次の刹那、曹華の剣の柄が私の右腕の甲を直撃した。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が骨を砕き、痛みが脳を焼いた。
私は思わず腕の力を緩め、奴を地面に落としてしまった。
怒りで全身が震える。
小娘の一撃で屈辱の炎が再び燃え上がる。顔に刻まれた古傷が、憎悪に引き攣る。
「おのれぇえええ!」
私の丁寧な言葉遣いは、もはや消え去っていた。
殺し損ねた怒り、傷つけられた屈辱、そして湧き上がる狂気。
全てが渦を巻き、私の中でひとつの凶暴な感情となる。
――あの光。あれが、私の獲物を救った「何か」だ。
私は血走った目で森の奥を睨みつけ、唸るように呟いた。
「……逃がさん。絶対に、逃がさんぞ」
牙們の憎悪は、再び燃え上がった。
それは、もはや人の心ではなかった。




