第一章九 辿り着きそうな真実と望まぬ客
興華の表情が変わった。
それは、怯えでも戸惑いでもない。
何かを思い出した者の、確信を孕んだ目だった。
「白華姉さん、曹華姉さん。……父の言葉を思い出したんだ」
興華は息を整え、ゆっくりと語り始めた。
「柏林国は内乱で滅びたけど、その裏には“簒奪者”がいたんだ。
王家を滅ぼすために、蒼龍国を手引きした内通者が。
でも蒼龍国は、目的を果たした後、その簒奪者も殺して柏林国を占領した。
その混乱の中で、ただ一人――王家の血を引く者だけが逃げ延びたらしい」
白華と私は、同時に息をのんだ。
「……ちょっと待って。興華、その話、私は聞いてないわ」
白華の声にはわずかな震えが混じっていた。
「父は、あなたにだけ話していたということ?」
「私も覚えがないよ。さすがにそんな大事な話、聞いてたら忘れないと思うけど……」
私は困惑を隠せなかった。
興華は眉を寄せ、何かに気づいたように続けた。
「……その逃げ延びた王族が父なのかどうか、父ははっきり言わなかった。
でも、ある日急に“柏林国の……?”って呟いたことがあって。
あのときの父の顔、今になって思えば、何かを思い出していたんだと思う」
白華の顔色が、見る間に蒼白になっていく。
聡明な彼女は、点と点を繋ぎながら、恐ろしい結論にたどり着きつつあった。
「……もし、その逃げ延びた王族が父だったとしたら。
蒼龍国がこの村を襲ったのは――柏林国の最後の血を絶やすため……?」
あまりに突飛な推測。
だが、現実がその憶測を裏付けるように思えてしまう。
白華の声が低く震えた。
「そうだとしたら……興華、あなたは王族の末裔。
父が死んでしまった今、柏林国最後の男子――亡国の王子ということに……」
胸の奥が、冷たく締めつけられた。
私たちの家族は、ただの村人ではなかった。
二十年越しに追われる、滅びた国の残党だったのかもしれない。
普段なら妄想で終わるはずの話が、
焼け落ちた村の惨状と、父の最期の言葉によって、いやでも現実味を帯びていく。
――亡国の血筋。
蒼龍国が今なお追う理由。
そして、父の沈黙。
三つの影がひとつに結びついた。
「……白華姉さん。もし本当に私たちが柏林国の末裔なら、きっと殺される。早く逃げなきゃ」
私は震える声で言った。
白華はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
「……そうね。いずれにしても、ここに留まるわけにはいかないわ。
山を降りて、麓の街へ行きましょう。誰か、助けを――」
「うん……僕、生き延びるよ」
興華が涙を拭い、真っ直ぐに前を向いた。
「僕まで死んだら、父は本当に無駄死になってしまうから」
その言葉に、私と白華は顔を見合わせた。
三つの命は、いま運命という鎖でひとつにつながっていた。
――逃げる。生き延びる。父の真実を、この手で確かめるために。
私たちは覚悟を決めた。
だが、その決意を嗤うかのように――闇の奥から声が響いた。
「……おやおや。こんなところで、小さな王族の“逃げっこ遊び”とは」
私たちは凍りついた。
声の主は、木立の影からゆっくりと姿を現す。
川岸にたどり着いた安堵は、一瞬にして粉々に砕け散った。
夜風が、血の匂いを運んでくる。
そしてその匂いの向こうに、冷たい殺意があった。




