ティムと私
「なんか、改めて言うのもなんだけど、これからよろしくね、ティム」
正直に言えば気恥ずかしい程に今さら感があるけれど、改めて正面からティムに挨拶をする。
ティムと会ってからの私、は、今までの私とは違うのは百も承知。
多分、中身は別人だ、と言われた方が周囲は納得がいくのではないかと思う。
だって、信じられない。
箇条書きにしてシンプルにしたら、怪しすぎて言葉も出ない。
出会ってすぐに恋に落ちて、その翌々日には同居を決めた、なんて。
運河に私の遺体が浮いていた、というオチがついたって文句が言えないくらいの有り得なさ。
側にいたい、その想いだけでここに引っ越すことを決めた。
自分で、自分の行動にびっくりだ。
だけど、そうしなくちゃいけない、というような焦燥感に駆られてしまったのも事実で。
ティムの側にいたい、後悔したくない。
衝動に突き動かされて、今ここにいる。
そう表すのがぴったりなくらい、今までの自分の行動とは違う。
「アシュリーが側にいてくれて、私は本当にこれ以上ないくらいに幸せだよ。
アシュリーが側にいてくれると思うだけで、気力が湧いてくる。
まだ、僕にもこんな力が残っていたのかと思うくらいだ」
その言葉を聞いただけで、ここに引っ越してきたことは正解だったと思う。
彼の憂いを取り除くことが一つだけでも出来るのであれば嬉しい。
一分一秒でも長く、彼と居たい。
会いたい。
触れたい。
声が聞きたい。
こんなにも、彼の全てが私を支配する。
自分の体温以外のぬくもりを感じることが、こんなに幸せだったなんて。
右手でティムの左手をもち、ゆっくりと私の頬に充てる。
優しく頬を撫でるティム。
目が合うと優しく笑ってくれる。
こんなことが、嬉しい。
心が、満たされる。
彼の隣にいるのは私だけ。
彼に触れる権利があるのも。
振れた指先を、愛おしそうに握り返してくれる。
私を全面的に受け入れてくれている人。
この幸せが永遠に続きますように。
そう、願わずにはいられない。
「そういえば、ジョセフは何歳のころからティムの側にいるの?」
ティムの胸に頭を持たれかけながら、ソファの上でゆっくりと会話する。
今はこの広いリビングに二人だけ。
ジョセフは引っ越しが終わると、自分の部屋で仕事をしてくると言って出ていった。
多分だけど、遠慮してくれているのだろう。
いつもジョセフが近くにいるので、中々聞きづらかった質問だ。
ティムは目線で何故だい?という顔をした。
「私よりも先にティムと出会って、私よりも彼がティムを知っているんだもん」
お互いが、勝手にティムを一番心配しているのは自分だと思っている。
私は、自分でいうのもこっぱずかしいが、私にとってのティムは、そしてティムにとっての私は運命の恋人というか、人生の伴侶と決めた人。
だけど。
ジョセフは、違う。
彼は普通の人だ。
いや、もしかしたら何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
それが、分からないから。
思い出せないから。
だから、少し気になるのだ。
断じて嫉妬ではない、と思う。
「アシュリー、君は、ジョセフの事調べたかい?」
「そんな時間ないわ。それに、ティムに聞くのが一番確かだわ。
私は何かティムに関することがあったら、貴方に聞きたい。
貴方の言葉で聞いたら、それがどんな荒唐無稽な事ですら納得できるから」
そう答えると、ティムは苦笑いをする。
「あぁ、年の離れた妹が駆け落ちしてね。
ずっと探していたんだが、中々見つからなくてね。
ようやく居所が分かって迎えに行ったときには、流行り病で、夫婦揃って亡くなってしまったんだ。
孤児院に入るところを、あの容姿だ、運悪く人買いに目をつけられていてね。
偶然引き取りに行ったときに、その場に居合わせることが出来たんだよ。
だから、彼を救出することが出来た。
一歩でも遅ければ、彼とは会えなかっただろうね。
随分と怖いおもいをしたのだろう、可哀そうに」
そこで一拍置く。
「一応これが、世間一般に言われている私とジョセフの出会いだよ」
「でも、違うわよね?」
ジョセフは普通の人間だ、と言ってたから。
「そうだね。
でも、後半はほぼ正しいよ、まぁ偶然が重なって、たまたま助けたことになった、だけどね。
結果的には、全てが良い方向にむかった。
ジョセフは今じゃ私の片腕どころじゃない、全面的に任せられる人間になった。
有難いことにね」
「彼は有能なのね」
相槌を打ちながら、考える。
私も、そのころから一緒に居れたら、なんて夢物語を。
そんな幼いころからではなくてもいい、せめてあと何年か早ければ、更にもっと一緒にいれたのに、という私のあさましい思い。
「本当に、彼の努力には頭が下がる思いだよ。
私に認められたいと常々言ってる。
当の私よりも商会を大きくしているくせにね、全くいつまでたっても子供のような子だよ。
ただ、まぁだからと言ってアシュリーの相手役にするには不服だけどね」
腕を組み、心底面白くなさそうな顔しているティムに吹き出しそうになる。
「でも、私は貴方のもの。
そして、貴方は私のもの。
彼に惹かれるとでも、思っているの?それこそ心外だわ」
子供のように頬を膨らますと、ティムは相好をくずして笑う。
「僕が、存外嫉妬深い男なだけさ。
良い年をして、情けない」
「ううん、そんなことない。
好きな人に嫉妬されるのってちょっと、嬉しいって思っちゃった。
だから、すごい嬉しい、もっと言って」
思ったことを素直に口にしたら、少し恥ずかしくなってしまった。
最後のセリフを冗談めかして言うと、ティムがグッと私を引き寄せた。
「愛してる」
耳に落ちる、ティムの低音が心地よい。
「私もよ」
このまま、永遠に時が止まってしまえばいいのに。




