眼鏡的エピローグ【プリシラ視点⑧】
あれから1年と少し──ジェラルディーン様の御成婚の義が近付いていた。
ジェラルディーン様はベルナルドの従姉妹──それが周知の事実であると知った私は、あまりに無知すぎる自分をほんの少しだけ反省した。
正直なところ、卒業して子爵領に戻ったらのんべんだらりと生きる予定だった私。
特になにかを覚えて帰ろうという気概も持ってはいなかった。
普通スペックの私だけに、日々それなりに楽しく、それなりに悩み、それなりに充実していたし……おそらく平民に生まれていても特別に困難な状況下でない限り、そんな感じで働いていたんじゃないかと思う。
その日々を変えたのは、復活した前世からの眼鏡愛と……ベルナルドだった。
今は、やりたいことがある。
私はその為に美術室にいた。
「……やあ、プリシラはいる?」
「「「ベルナルド様!」」」
彼とは婚約した。
というより既に婚約が決まっていたのだから当然と言えば当然。
ベルナルドとは婚約したが、相変わらずヤツはモテる。ご自慢の顔が不細工になるわけではないので、それもまあ、当然のことだ。
当然でないのは、ベルナルドが何故か私以外に目を向けないこと。
だがヤツに言わせると、それもまた当然らしい。
女の子とは他愛ないお喋りを楽しむだけ。それも、私がいるときしかしない上、話す内容は私のことばかりだ。
「──そのあとプリシラに『誓いの噴水』の前で跪き永遠の愛を」
「おいこら! なにを話してんだ?!」
「ああごめん、これ以上はふたりの秘密だったね……」
そう言ってベルナルドは私に近付き、見せつけるように肩を抱いた。周囲の女子から発せられる、謎の黄色い声。
なんて恥ずかしいヤツだ!
羞恥心とか知らんのか?コイツは。
さりげにきっちり噴水の宣伝もしてるあたりがまたイヤらしい。
「……で? どう進捗は」
「ふふふ……! イッツパーフェクト!」
無事デビュタントを終えた私は、ジェラルディーン様のご成婚パーティにベルナルドの婚約者として参加する事が決まっている。
このパーティは当然ながら、方々から人が祝いに駆け付ける盛大なものだ。
──つまり、顔や商品を売るチャンスの瞬間である。
ここでベルナルドに眼鏡をかけさせるのだ!
ベルナルドは控え目にいっても超イケメン……眼鏡もバッチリお似合い。眼鏡を特権階級に普及させるチャンス!!
ファッションとして一度普及してしまえばこちらのもの。
そんな訳でベルナルドに似合いのとっておき眼鏡を、目下制作中なのだった。
そして、隠れ眼鏡スキーは多かった。
ここにいるご令嬢達……皆私の主張に賛同した隠れ眼鏡スキー達だ。
「私の婚約者にもかけさせたいのですが、嫌がるものですから……」
「似合いの眼鏡は魅力3割増しだということを、自らをもってわからせてやるのです!」
そんな私のアドバイスをもとに、彼女らはまず眼鏡を自らかけるべく、自分に似合う眼鏡を制作中だ。眼鏡姿を披露し、彼に眼鏡のよさを見せ付けるために。
「眼鏡……それはエロス」
「「「わかりみが深い」」」
眼鏡スキー達が賛同する。
最終目標『全人類総眼鏡』の野望にまた一歩近付いた。
満足した私はベルナルドに促されて、少し休憩するため美術室を出ることにした。
サンプルの幾つかが仕上がってきたので、ベルナルドに試着もしてもらいたい。特注のケースに届いたばかりの眼鏡を入れ、持っていく。他の子達も誘ったのたが、遠慮されてしまった。
正直、ホッとしたのは秘密だ。
……眼鏡のベルナルド、ヤヴァイ。
ちょっと、計画を中断しそうになるくらいの破壊力だった。私の前でだけ披露してほしい気もしないでもない。だが、色んな方の眼鏡姿も見たいのだ。
少し不安だが、ベルナルドの気持ちを信じてここは餌に使う。
人目を微妙に避けて、中庭の東屋でお茶をする。
こっそり試着させた結果……
「……かぁっこいいぃぃぃぃぃ
あぁぁぁ、どれもカッコいいよぉぉぉ。
これは冷静に判断できないかもしれない!
もうっ! なんでそんなに似合うんだ!!」
「……そんなにいいかな?」
「最高ですよ! ベルナルドさん!!
あっ、やめて! 近付かないでっ!
ドキドキしちゃう!!!」
「………………」
私の反応に、ベルナルドは呆れたように苦笑する。
「まあ誉められて満更ではないけど、僕は正直わからないかなぁ……眼鏡の魅力」
「なんだと?!」
そう言うとベルナルドはかけていた試作品を外し、私にかけた。腕を組んで、マジマジとこちらを眺める。
……クッソ恥ずかしいが、外すわけにはいかない。
「う~ん、似合うけど魅力3割増しではないかな。 素顔の方が可愛い。 ……眼鏡姿も可愛いから『たまにかけるのは賛成』くらいで」
「ふぐっ……!」
そりゃまあ、私は眼鏡スキーだけど……眼鏡をかけないベルナルドも好きだ。
好きな人に素顔を誉められて、嬉しくない筈はない。
しかもさりげに眼鏡姿も誉められた。
「……っチャラい!! なんてチャラいんだ! だから信じられないんだ!!」
私は既にベルナルドが本当はチャラくないことも知っている。だがヤツがこういうことを事も無げに口にするたび、ちょっとそれを疑わざるを得ない。
なんでこんなに余裕なのかと思う。
でも、ベルナルドは少しムッとした表情で私を見た。
「すぐそういうことを言う…………ねぇ、プリシラ。 君は、眼鏡じゃない僕も好き?」
「!」
「僕はきちんと想いを伝えたいだけ。 ……プリシラの気持ちも、知りたい」
真面目な顔をしてそう言われてしまうと、返さないワケにはいかない。
だけど、思った以上にそれは、ハードルが高い行為だった。
なんであんなにベルナルドが好き好き言えるのか、謎。
「……
…………
…………すき」
超小声になってしまった。
真っ赤になっているであろう、俯いた顔に、ベルナルドの手が触れる。
顔を上げさせられて、気付いた。
…………案外余裕のない顔してるな。
「…………思ったんだけど、やっぱり眼鏡、好きじゃないかも」
「……は?」
そう言ってベルナルドは私の眼鏡を外し、耳許で囁いた。
「キスがしにくい」
「!!」
馬鹿、という前に、もう一回された。
……眼鏡スキーときめきシュチュエーション、逆ヴァージョン。
これはズルい。
でも、ワンパンお見舞いした。
──ここは学校だ、自粛しろ。
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