55話 呪い検証会
呪いを解く方法。僕はそんなの知らないし、知っておく必要もなかった。都合のいい奴隷を解放する意味なんてない。いらなくなったら処分すればいいだけだから。
特にこのダーリア・モンドはよくない。世に放たれちゃいけないクズ。どこにでも寄生して、文字通り血を糧に生きる、畜生にも劣る醜悪な人間だ。
「命ずる。任務完了次第戻れ、ミミカ・ヘルバイヤー」
独り言かと思ったけど、たぶん魔術的に意味のあることなんだろうな。この状況でいきなり独り言はハイレベルだ。
「……ミミカとの主従関係、良好そうだね」
「奴隷化魔術の恩恵を使ってこなかったのを後悔するレベルで便利だよ。奴隷化させたヤツは私の思うがままだし……ミミカってことだけが不満材料だよ」
ミミカは僕からの頼みだけでなく、ダーリアの頼みも引き受けていたらしい。呪いを解く鍵を探しに行っているなら、魔術研究所にいるのだろう。
『パラーチ』も役に立たなかったし、ミミカの使い方ではダーリアに負けた。
そして今でも勝ち目は薄い。このまま正面から正々堂々とやっても間違いなく勝てない。今現在は殺されないけど、もしも呪いをとかれたとしたら厄介極まる。
何度攻撃を仕掛けようとも、ダーリアには掠りもしない。僕の戦闘技術では殺せない。
正々堂々とやるつもりなんかないけどね。
「……それ!」
氷の地面。凍結しかけた肉片が散乱しているこの場所には、戦士達の残骸が山盛りになっていた。好都合。武器が選び放題。
落ちていた短剣を手に取る。ナイフよりも大きければ何でもよかった。
ダーリアは僕の様子を伺っていた。攻撃できない呪いのせいで、僕が何をしていようとも阻止しにくいのだろう。
「ふはははは、僕が有利!」
「剣持った程度で、私より有利とか笑わせないでよ。君のポンコツ加減はよく知ってる」
「余裕ぶってさ!」
実際、ダーリアの言葉は強がりだ。僕だって、いくらなんでも無抵抗の女くらい斬り殺せる。
短剣を振りかざし、突っ込んでいく。なにも考えずの突進。それで充分なはずだ。変に策を練るより早い。
……ガンッ
「はへッ!?」
僕の頭上にそこそこ大きさの氷が降ってきた。脳天に直撃して、僕は間抜けな声をだしてしまった。
どうしてこんなことが起きたのか。理解できない。雹も降っていないのに。ありえない。
僕は傷ついた頭をさすりながら、ダーリアをみた。ニヤニヤと、ムカつく顔をしていた。
「私は君より、リムフィを知ってるよ」
「あぁ? 意味わかんない」
「君の呪いについて、考えを止めたことはないということだよ」
何が言いたい? と聞いてやろうと思った直後に、またもや氷が僕の頭に降ってきた。それも次々と。
雹に打たれるよりひどい。体が砕けそうなほどに大量に降り注いでくる。
「君が『パラーチ』を看取ってる間に、いくつか氷を魔術で空に浮かべておいたんだよ。その魔術を今、解除した」
「いだだだだだだ!?」
氷に肉も骨も砕かれ、脳ミソまで氷が食い込んできている気がする。文字通りの雨あられ。雹よりも形が歪で、尖っている氷が多い。鈍器と刃物が同時に降ってきてるようなものだ。
「君へ斬りかかるのが不可能と実証された時に思い付いたんだよ。君への攻撃とは、どの程度を指すのかを試してみようって」
落ちている氷を拾って、手のなかで転がす。血に濡れているが僕はすでに無傷となった。
「君に物を投げることはできなかった。いろんな時に試してみたけど、状況によって呪いの制約が外れることはなかった。それで、攻撃を経由することを思い付いた」
氷をポンポンと投げて遊ぶ。余裕が伝わってくる。説明しているのは、僕との格の差を思い知らせるためだろう。
「私から直接、君に危害を加えられない。そういう呪いだからね。意思に干渉してくるから直接手は下せなかった」
「だから、一旦どっか別のところに置いておこうとでも?」
「そういうこと」
……誰が一番驚いてるって、僕だよ。ずいぶんと半端な呪いだな。その程度の工夫で突破されるのか、悲しいぞ。
「私は誰かからの襲撃にあうと懸念しながら氷を浮かせて準備した。そんで君への攻撃だけど、たまたまそこに君がいたから当たっただけ。そういうことなら、この通り呪いは発動しないらしい」
「そんな馬鹿なことあるわけないだろう、偶然だコノヤロー」
「偶然なんてことが発生することを認めるんだね? 君の呪いはその程度だということだよ」
心底憎たらしい。今すぐ腹を捌いて臓器を地面に並べてやりたい。
それにしても、ダーリアの分析力には恐れ入る。それに異常なまでの警戒心。未来予知でもしているのかと思うほど、様々なことを想定して準備している。外出するときに念のため傘を持っていくのと、何ら変わらないのだろう。この程度のこと、ダーリアにとって。
「さて、良い結果となったことだし……反逆させてもらうよ?」
「飼い犬やってりゃいいんだよクソビッチ!」
なんかすごい小者の雑魚っぽい台詞吐いちゃったような。感情に任せて口を動かした結果だ。
「君には生憎、中継地点に飛ばせる凶器はいくらでもここにはある。君の運動神経でどれだけ痛みを感じずにいられるか、興味深いよ」
「……待ってタイムッ!?」
僕の懇願は受け入れられず。
ダーリアは次々と魔術で空に武器を浮かべていく。僕の方に投げているが目標は上空。僕自身に投げている訳じゃない。だから投擲できているようだ。ふざけた理由だ。
これじゃ、『失敗作』と言われても仕方ないじゃないか。強豪の魔物である吸血鬼が混じってるはずなのになぁ。不死身で苦痛が増すだけだ。
殺人鬼は嬉々として、僕の頭上から凶器の雨を降らせてくる。
中継を通してようやくできる攻撃のはずだが、ダーリアの手際がよいらしい。雨が比喩にならないレベルで続々と降ってくる。
氷だけでない。剣や盾。斧や矢。そこらへんにあって、僕を苦しめられそうな物ならすべて。ダーリアは浮かべて落とす。
それをとても嬉しそうにやっている。女の子が喜んでいる顔ってこんなに邪気が含まれてるなんて知らなかった。もっとピュアというか、淡い夢だったのだろうか。
女の子が泣いてる、だから助けようなんて考える良い奴に問いたい。
ダーリアを救ってくれますか?
「ああああッ……もうぐあっ……やめっ……!?」
「やめてあげないよ。いくらでも投げて落として繰り返す。投げるのに力いるし、魔術で空中に固定するのも疲れるけど、リムフィを痛めつけられると思えばとても楽しい労働だよ」
僕はしばらく、今広がっている青い空をみることができないだろう。落ちてくる武器を直視する勇気がないからだ。
ズドズドと僕の肉体に刺さってくる誰かの剣や矢。ガンガンと僕の肉体に響きを与えてくれる盾やハンマーなどの鈍器。
慣れるには時間がかかりそうだ。様々な痛みをランダムに休むことなく浴びせられる。
でもさすがは僕、痛みそのものには慣れてきた。不意によくわからない痛みがこない限り、思考する余裕も出てきた。
ここで考えるべきことは決まっている。
僕にとっての勝利とはダーリアの殺害。
ではダーリアにとっての勝利とは……なんだろうか?




